番外編01:西川マサシの至高の一枚(挿絵アリ) (3.4k)
「開け5Gの回線……すぐに至高の一枚をクラウドストレージに転送してやろう」
(by 西川マサシ@盗撮任務中)
………………
…………
……
女性の写真を撮影することを至高の楽しみとする男。
西川マサシ 24歳 独身。
神社の裏山で女の歌声が聞こえるという噂を聞き、至高の一枚の予感を感じてサバゲー【夜戦装備】で侵入。
持久戦を見越して夜食を持参したが、現場到着と同時に素晴らしい光景に遭遇。
月明りの下、池の端で全裸で水浴びをする若い女性。
至高の一枚に相応しい絵を我が物とするため、躊躇なくシャッターを切った。
西川マサシは狡猾な男だ。
【盗撮】は現行犯でないと捕まえることはできない。万が一見つかっても、裸で水浴びしている女性がすぐに追いかけてくることは無い。
それに、捕まったとしても、カメラから写真を消せばごまかせる。それで今まで何度もごまかしてきた。
でも、せっかく撮った写真をそんなことで失うつもりは毛頭ない。彼のカメラにはスマホと連動して、撮影直後に撮影データをクラウドに上げる機能が備わっていた。
だから、カメラ内のデータを消しても写真はクラウド側に残る。
シャッターを切った瞬間。西川マサシは勝利を確信した。
今日の至高の一枚。
過去最高の傑作。
これはもうマイコレクションに加わる。
そのはずであった。
しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
ベストショットを捕らえた瞬間、カメラのWifi機能が起動し、スマホへの写真データ転送を開始。
【電磁波過敏症】を発症していた矢場居マオは、突然背後から発信されたWifiの電波に気付き、60m離れた木陰でカメラを構える西川を発見。
【戦場帰り】の矢場居マオは、瞬時に事態を把握。
とっさに手元に置いてあった強力ライトを西川の顔面に照射して視界を奪う。
同時に、水から上がって足だけ拭いて靴を履き、アーミーナイフを咥えて突進。
目が眩んでふらついている西川に駆け寄り、胸ポケットに入っているスマホの基板部分を服の上からアーミーナイフで突き刺し破壊。その流れでカメラのネックストラップを切断、咥えた鞘にナイフを納めながら傾いた西川の腹を踏み台にして高く跳び上がり、顔面目掛けて両足ドロップキックを叩き込みぶっとばす。
静かに着地した後、草むらに落ちたカメラを奪取して逃走。
画質にこだわる西川はデータ容量が大きくなるRAWデータモードで撮影していたため、クラウドへのデータ転送は終わっていなかった。
シャッターを切ってから僅か8.6秒。
西川マサシは、自分の身に何が起きたのか理解する間もなく、カメラもスマホも至高の一枚も失った。
…………
洞窟に逃げ込んだ矢場居マオは、カメラを抱き締めて静かに泣いた。
カメラから出る僅かな電磁波に苦痛を感じるが、それ以上に心が痛かった。
銃撃による【運動性失語症】の回復が不完全で、口から【怨嗟】を吐くことすらままならないが、頭の中にはやり場のない想いが溢れていた。
傷心の【貧乳喪女】になんてことするんだ。
スカート履いても女装男子と間違えられる【洗濯板】に需要なんて無い。
どうせ【珍獣】発見と思ってシャッター切ったんだろ。
望み通り【珍獣】の恐ろしさを身体に教えてやったぞ。
パンピーが【戦場帰り】にナメたマネするのがいけないんだ。
中学入ってもクラスで自分だけ膨らまなかった。
そして、ブラしたこと無いまま成人した。
発育遅れとかそんなチャチなもんじゃねぇ。
もっと恐ろしい【母親譲り】の遺伝子の片鱗だ。
おかげで足だけは速い。人前で全速力出せないぐらい。
【貧乳】の数少ないメリットだ。主な用途は逃げ足だけど。
そんな【貧乳喪女】だから、【結婚】なんて無理とあきらめていた。
だから、自分にできる形で金融業の一族の役割を果たそうとした。
国の発展、世界の平和。それをライフワークにしようと世界中走り回った。
でも、銃撃で黄泉の淵に落ちた時、子供が居ない事にだけ未練を感じた。
世界とか役割とかどうでもよかった。
この世界に自分の子供が居ない。ただそれだけが悲しかった。
女の人生、どう生きても子無しで死んだらカスである。
死んだの初めてじゃない気がしたけど、このままじゃ死ねない。
再会した祖父に泣きついたら、【専業主婦】になれと言われた。
逆縁は親不孝だと竹刀でぶっとばされて、集中治療室で目が覚めた。
次はいつ死ぬか分からない。その時に悔いなく死ぬため子供が欲しい。
だから、【専業主婦】になりたい。
目覚めてから、それしか考えられなくなった。
父に【婚活】すると言ったら、【お見合い】を手配してくれた。
相手は、ハイポテ男だった。
2年間の戦場暮らしで、生き残る男と死ぬ男を嗅ぎ分ける嗅覚を習得した。
その嗅覚で感じた、今まで見た誰よりも生存力の強い男。
日本というぬるま湯環境で育ったせいで経験値は残念だけど、世界を学べば【王】にすら届くぐらいのポテンシャルを秘めている。
うまく出ない言葉を駆使して、何とか捕まえようとした。
でも、言いたい放題言われた。
ここでも【貧乳】が足枷になるのかコノヤロウ。
頭の中で何かがハジケて、【コイツもう好きにしていいや】と確信した。
サラリーマンをさせておくのが勿体ない逸材なので、横取り防止も兼ねて3姉妹の所に送り込んだ。
好きかどうかは分からないが、【喪女】はそんなことは気にしない。
【嫌い】でなければ【結婚】はできる。
【お見合い結婚】はそんなもんだと祖父から聞いている。
あとは、【言われた通り】にしてやれば【専業主婦】は達成だ。簡単な話だ。
しかし、その先に立ちはだかる問題の解決策がどうしても浮かばず、あまりのストレスで【電磁波過敏症】を発症した。
電磁波を浴び続けると頭痛と倦怠感で倒れてしまう。
電波が溢れる街中では生活できなくなったので、父親の私有地である裏山の洞窟に引きこもった。
洞窟で暮らしながら、難しい問題の解決策を考える日々。
考え続けていたら、心が荒んだ。
見知らぬ男を【貧乳喪女全裸ドロップキック】でぶっとばすぐらいに。
…………
ひとしきり静かに泣いた後、カメラのデータを確認することにした。
【珍獣】の写真が出回ったら、【珍獣ハンター】が押し寄せてきてここに住めなくなる。データの転送が阻止できたかどうかは、わりと死活問題だ。
電磁波遮蔽布で作った合羽を羽織ってからカメラを確認。
転送エラー表示により、写真の流出を阻止できたことに一安心。
ついでにどんな【珍獣】が撮られたのかと、カメラのモニタに写真を表示。
【素で男に間違えられる貧乳喪女なのに、後姿の色気マジパネェ】
矢場居マオは人生観が変わるほどの衝撃を受けた。
【専業主婦】達成の先にあった難しい問題。それは【色気】が無いことだった。
子供を授かるには、相手をその気にさせないといけない。
【貧乳喪女】故に、それに必要な【色気】が出せない。
逃げたら世界を滅ぼすという脅しを用意するよりも、難しい問題であった。
写真の撮影場所、撮影日時、手術時に坊主にされた頭に巻いたタオル。
これは間違いなく先程撮影された自分の後姿。
でも、そこらの女優にも負けないぐらいの強烈な【色気】を感じる。
今まで気づかなかったけど、単純な事だった。
【色気】が無いのは【貧乳】のせいなんだから、【後姿】なら戦える。
【貧乳】コンプレックスに蝕まれていた心が【自己肯定感】で満たされた。
【貧乳喪女】の呪縛から解き放たれて、全てが世界に許されたと感じた。
矢場居マオは確信した。
これだけ濃い【色気】が出せれば、野球チームぐらい作れる。
地球3周ぐらいさせて鍛えたハイポテ男の子供を1チーム分ぐらい残せたら、今度こそ悔いなく死ねる。
今の自分には、それをする権利がある。
【ブラのいらない超貧乳は、背中開きトップスの着こなしにアドバンテージ】
矢場居マオは思考がぶっとんで、洞窟内を転がり回った。
………………
…………
……
矢場居マオは父親曰く、ちょっと直感が強くて、少々思い込みが激しくて、若干行動力が高い子。
銃撃で損傷した大脳の修復過程で体感した強烈な【自己肯定感】は脳内に深く刻み込まれ、彼女の行動原理を大きく変えた。
気が済むまで転がり回った後、着替えて向かった先は【電波暗室】を借りている【太田無線製作所】。
目的は【言われた通り】の達成と、【色気】アリと認識して無断でシャッターを切ったあの男への【適切な指導】。
こうして、世界の危機は静かに始まったのである。
めでたし めでたし。
●オマケ解説●
写真に写った後姿の【色気】が女優に勝る根拠は無い。見た目の薄さと裏腹に厚い【需要】を持つ【貧乳】に【劣等感】を持つ意味もない。
結局のところ、【劣等感】も【自己肯定感】も根拠なんて無い。本人の気の持ち方、それだけなのである。
※ポイントクレクレ記述
【貧乳喪女】の結婚観の拗れ方がひどいと思った既婚の【元・喪女】の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は、独身時代の貴女も傍から見たら似たようなものだったんじゃないですかと、心の中で突っ込みます。
【ひどい】は最高の誉め言葉!




