表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/39

1-2 サラリーマン社会の闇

 会社近くの公園のベンチで、食後の日課としてネット掲示板で【妖怪(はい)スぺBBA(ババァ)】を駆逐していたら、背後から【借金持ち四十路独身女】に声をかけられてしまった。


「会社の制服姿で公園のベンチに座って随分悪趣味な事をしているのねぇ。社会人として感心できないわ」


 そう言って、【借金持ち四十路独身女】を名乗る、身長160cmぐらいの華奢なオバサンは、当たり前のように俺の隣に座った。


「ここまで残念な奇行に走るなんて、よっぽどモテないのね。経験豊富なオバサンがアドバイスをしてあげましょうか」

「はっはっはっ。アドバイスって言うのは【成功した人】から聞くものですよ」


 子持ちの既婚者からなら聞きたいかもしれないけど、人生に失敗してる【借金持ち四十路独身女】から学ぶことなんて無いさ。

 なんか顔が引きつってるけど、怒らせたかな。


 まぁいいや。午後一で打ち合わせ予定があるからそろそろ会社に戻りたいし、あんまりこういうのと関わらない方がよさそうだし。


「社会人っていうのは、仕事外でも対人関係に気を遣う物よ。年長者を見下すんだったら、アンタの素晴らしい婚活履歴とやらを語ってみなさい」


「えーと、やっぱりなかなか出会いが無くて、お見合いを1回したぐらいかな」

「そのお見合いで、ちゃんと相手の女性をエスコートできたのかしら?」


「育ちが良くて大人しいお嬢様でしたが、大学卒業前に結婚して【専業主婦】になりたいとかナメた夢を語りだしたんで、価値観が時代遅れだと説教しておきました」


 スクッ


「アンタ そこ座んなさい」

「座ってますが」

「ベンチの上に正座!」 クワッ

「ハイ」


 なんか正面に仁王立ちされて有無を言わさず命令。

 迫力に負けてベンチの上に正座する俺。


「婚活でしょ。お見合いでしょ。結婚相手探してたんでしょ。なんでそこでそんな意味不明な説教するのよ! しかも社会に出る前の年下の女の子相手に!」


「いや、なんか箱入りっぽかったので、社会人となるための心構えの教育を……」


「それはお見合い相手がする事じゃないの! 相手の女の子の身になって考えてみなさい! 紹介受けたお見合いで、初対面の相手からいきなり説教。意味不明すぎるでしょ! トラウマになったらどうするのよ!」


 今まさに初対面の相手から説教を受けている俺は理解した。

 確かにこれは意味不明すぎる。若い娘ならトラウマになるかもしれん。


…………


 結局、小一時間ほど正座で説教を受けた。


「俺が。俺が間違ってました……」

「しっかり反省して、次会うことがあったらちゃんと謝るのよ」

「ハイ」


「まぁ、多少は理解したようだから、このコーヒーをあげるわ」

「あ、どうも」


 説教オバサンが保温水筒からアイスコーヒーを出してくれた。

 直射日光下の説教で喉が渇いていたのでありがたく頂いた。


 気持ちが落ち着いたので、腕時計を確認。


「あっ。休憩時間終わってる! そろそろ戻らないと」

「ちなみにアンタの会社。勤務中の飲酒は許されるかしら」

「当然駄目ですよ。バレたら懲戒処分です」

「じゃぁ戻れないわね。今のコーヒー、アルコール入りよ。気付かなかった?」


「どぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 謎のオバサンと意味不明な説教でいっぱいいっぱいだったから全く気付かなかった。確かに酒臭い。

 俺は酒に強いから2時間もあれば臭いは抜けるはずだけど、今会社に戻るのは確かにマズイ。


 午後の打ち合わせどうしよう。

 新しい取引先候補との最初の打ち合わせなのに。


 新規取引先の開拓も購買部の仕事だ。

 研究開発部門から、高度な加工を短納期でできるところを探してほしいと頼まれてる。

 試作だから単価高くていいと言われているけど、高度な加工をできる設備はどこの工場も予定を詰めて動かしているから突発短納期の対応ってなかなか難しい。


 そんな中で部長がコネで探してきてくれた有望な取引先。


 すっぽかしたくない。

 どうしよう。


「申し遅れましたが、ワタクシこういう者でして」


 説教オバサンが名刺を出してきたので、名刺交換。


 【株式会社針山加工 代表取締役 黄泉門よみかどキナ】


「あっ。午後から打ち合わせ予定の会社の方でしたか」

「そうよ。会社戻れないならウチの工場で打ち合わせしましょう」

「そうですね。じゃぁそれでお願いします」


 俺は社用携帯で部長にダイヤルした。

 今日はこのまま直行直帰。報告は明日と言うことで了承を頂いた。


…………


 【株式会社針山加工】は公園から徒歩五分の近所にあった。


 家族経営規模の小さな町工場。俺の実家と同じぐらい。

 そういえば親父オヤジ元気にしてるかなぁ。


「ただいまー。お客様連れてきたわよー」

「あっ。いらっしゃいませー」

「お世話になります」


 工場の事務所の玄関前で事務員さんが掃除をしていたので挨拶。

 俺と背丈同じぐらいだけど、随分若い娘だ。新入社員かな。


 事務所の中に入り、キナさんと応接室に入る俺


「まぁ、時間はあるしゆっくり話しましょうか」

「そうですね」


 今日はもう会社に戻れないから、この工場をゆっくり見せてもらった方がいい。

 仕事を頼める場所かどうかじっくりと確認させてもらおう。


「失礼しまーす」 ガチャ


「どうぞ」

「どうも」


 ガチャ


 事務員さんがアイスコーヒーを出してくれた。

 さっき掃除をしていた人だけど、でもなんか違和感がある。

 とりあえずコーヒーを頂く。


「どうしたの?」

「えー、さっきの方……。いや、なんでもありません」

「そう」


「失礼します」 ガチャ


 事務員さんがケーキを持ってきてくれた。

 掃除をしていた人、コーヒー出してくれた人と同じ人にしか見えないけど、違う気もする。

 どう聞けばいいのか分からないけど、ちょっと聞いてみるか。


「この会社、事務員さんが3人も居るんですか?」


 キナさんとケーキを出してくれた事務員さんが驚愕の表情で固まった。

 なんかマズイこと聞いたかな。


「……驚いたわ。初見で気付いたのはアンタが初めてよ」

「どういうことです?」


「アンナ。全員集合よ」

「ラジャー」


 ケーキを出してくれた事務員さんが応接室の外から2人連れてきて、同じ顔、同じ服装の若い女性が応接室内に3人並んだ。


「紹介するわ。右側からマナ、ミナ、アンナ。三つ子の娘よ」

「娘って! 独身じゃなかったのかよ!」


「【独身】だけど【未婚】とは言ってないわ。これでも実質バツ2よ」

「そっくりな三つ子って、もしかして一卵性か!」

「そうよ。私も産んだ時驚いたわ」


 一卵性の三つ子は相当珍しい。

 でも本人を目の前にしてそれを言う必要は無いのでスルーだ。

 気になるところは別にある。


「えーと、じゃぁ旦那さんは三人娘を残して離婚とかでしょうか?」

「……夫は先日心筋炎で急逝してしまったの」

「それは、大変ですね……」


 四十路独身と聞いて喪独女と思っていたけど、結婚出産育児完遂後の未亡人の方でしたか。

 だとしたらずいぶん失礼な態度をとってしまった。

 ちょっと反省。


「この娘達も21歳で適齢期だから先週お見合いパーティ参加させたんだけど。出入り禁止にされちゃって……」

「出入り禁止ってよっぽどだと思うけど、何をやらかしたんでしょうか」


「ミナを口説いていた男が途中から私に切り替えた。ひどい扱いされた」

「それ切り替えたんじゃなくて間違えたんだよ! どうせ今みたいに3人同じ格好で行ったんだろ! 同じ顔って分かっているんなら服装なり髪型なり変えて行けよ!」


「頭に来たから、3人連携の【ジェットストリームビンタ】でぶっ飛ばした」

「婚活だよな! 結婚相手探しに行ったんだよな! なんでそこで相手をドン引きさせるようなことをするんだ! トラウマになったらどうしてくれる!」


 先週のお見合いパーティで西川をぶっ飛ばしたのはこいつらか!


「鼻血噴いて吹っ飛んだあの男が医務室に運ばれて、私達は【痛い三連星】とか呼ばれて出入り禁止にされた。でも、あの男誰だったんだろう」

「吹っ飛んだのはウチの西川だよ! そこそこハイスぺなんだぞ! 婚活なんだから相手を確認するの基本だろ!」


「口説いている相手を途中で間違える男にも問題あると思うわ。その点初見で識別したアンタは有望ね。ちなみにアンタから見て、この達どう見える?」


 どう見えるか。

 この3人娘。外見そっくりだけど性格はバラバラに見える。


「えー、マナさんは正確さが求められる作業、事務処理とか得意そう」

「だいたい合ってるわね」


「そして、ミナさんは組み立てとか検査とか、そういう細かい作業が得意そう」

「まぁ、間違ってないわね」


「アンナさんは……。仕事させちゃいけないタイプですね。悪気なく皆の努力の成果を台無しにするようなことを普通にやらかしそう。そして一番母親似」

「最後の部分が気になるけど、まぁその通りよ。そこまで分かるなんてアンタある意味すごいわ」


「職業柄、人の顔覚えたり、仕草から適性予測するのは得意です。ハイ」


 まぁ、自営業の家で育つと子供の頃からいろんな人に会う。だから、表情や仕草からなんとなく人となりを予測する癖がついてしまった。

 【払い渋り】や【踏み倒し】をしそうな奴を初見で見抜くのは大事だ。


「でも、この流れで私が聞きたかったことはそこじゃないっていうのは気付いてる?」

「なんか違ってましたか?」

「モテないわけね」


 そしてそのまま応接室のテーブルを囲んで5人でケーキを食べて一服。

 食べ終わったら、工場を見せてもらおう。

●オマケ解説●

 外見で区別がつかない三つ子の娘を識別する能力。ある種の才能と、自営業の家庭で生まれ育った経験により培われたレアスキル。

 それがあればモテる男にぐらいなれそうな気はするけど、たぶん無駄遣いしてるんだろうなぁと。


※ポイントクレクレ記述

 年下娘にお見合いで説教かましたのを得意げに語るこの男がひどいと思った、お見合い破談数2桁を越える婚活喪女の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をぶち込んでもらえると、作者は狂喜乱舞します。


【ひどい】は最高の誉め言葉!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ