7-4 裏方達のぼやき
神社の裏山奥にある洞窟入口前にて、伝声管から伝わる激しい打撃音と男の悲鳴を聞きながら、女と青年が脱力していた。
黄泉門キナと、HMDを外さない青年、ジョン=スミスである。
「ゴウも大概ね。やっぱり最後はこうなっちゃったか……」
「そうですねぇ……。姉さん達を【妹】扱いしたら、そりゃ怒りますよ」
伝声管からの騒音は続く。男は必死で謝っているが、打撃音は止まらない。
「アンタも多少ズレてるわね。でもまぁ、【竹刀】で済ますあたり、あの娘達なりの慈悲を感じるわ」
「殴るよりひどいと思いますが。あれが慈悲ですか?」
洞窟前はキナとジョン=スミスの二人きり。
洞窟上側の斜面からは、轟音と共に空中にガスが放出されている。
「3人で半トン持ち上げるぐらい体幹を鍛えちゃったからね。あの娘達の拳は殺傷力あるのよ」
「うわぁ。それなら確かに【竹刀】のほうが慈悲ですね」
「どちらにしろ、出てきたら4人共ぶん殴ってやるわ」
ジョン=スミスの破壊は第三次世界大戦勃発の危機に繋がる。故に、洞窟の外側では、ゴウがマオを拒絶した場合に備えて、非常手段を準備していた。
【お見合い破談】と判断した場合は、マオがジョン=スミスの【破壊コード】を出す前に、洞窟上にある換気口から炭酸ガスを注入して、洞窟内に居る全員を瞬時に窒息死させる作戦。
マオは騙し討ち的にゴウを呼び出したので、準備する時間は限られていた。そんな状況下でも、ゴウの意思を最大限尊重するために、洞窟内の換気装置や住環境の施工を行ったアンナ主導で準備を行った。
ガス注入作業の実行担当は、コメディアンに偽装して国内で活動していた【アマテラス機関】の外交部メンバー、【太平洋野郎共】。
割り当てられた【源氏名】を伝えに来たところで、この緊急作戦に参加。今は作戦終了の合図を受けて、予熱した液化炭酸ガスを大気中に廃棄する作業を行っている。
作戦決行の合図はミナの持つ【犬笛】だったが、実質それは偽装。その判断を担っていたのは、内部の会話を伝声管から【地獄耳】で傍受していたキナだった。
3人娘は、ゴウの意思と【世界】と【弟】を守るために、実の親に自らを殺す判断を委ねていたのである。
「ぬはははははは。確かに親不孝な娘さんですね」
「笑い事じゃないわ。二度と御免よこんなマネ。それでも、仕事は済ませたんだから、約束は果たして頂戴」
「岡下カナさんの件ですね。特定していますよ。今は東北の養護病院の特別病棟ですが、やっぱり転院歴がえげつないですねぇ」
「すぐに近くに運べるかしら」
キナにはカナという双子の姉が居る。出産時の医療事故で姉だけ脳性麻痺を患い、寝たきりのまま医療施設を転々としながら歳を重ねていた。
カナの重度な障碍を起因として、姉妹が1歳になる前に父は蒸発。母はシングルマザーとして数年耐えたが、最終的に家庭は崩壊。
カナは施設へ、キナは養子縁組で病院を経営する黄泉門家に引き取られていた。
恢復の見込みのない障碍者は、施設でもひどい扱いを受けることが多い。岡下カナも、長年に渡る医療機関の間でのたらいまわしで厄介者扱いを受けていた。
キナは、作戦を引き受ける条件として、姉の保護を求めていたのである。
「街の市民病院に転院させます。そんなに時間はかかりませんよ」
伝声管からの騒音は続いている。しかし、男の声はもうしない。
「しばらく出てきそうにないわね。せっかくだから聞きたいことあるけどいいかしら」
「ツッコミですか。ハリセン無しで、ゴウさんみたいに順序良くお願いします」
洞窟入口前の伝声管近くに木箱を置いて、作業服姿の中年女性とHMD装着の青年が座って雑談を始める。
「米中のバブル崩壊で3年以内に第三次世界大戦が起きるって、アレ、アンタのせいでしょ」
「ぬはははは。バレてましたか。まぁ、【アニキ】に煽られたとはいえ、殺りすぎましたからねぇ」
全面戦争の抑止のために国富を垂れ流していた日本の【売国奴】、世界経済を牛耳り富を巧みに再分配していた世界の【大富豪】。
ジョン=スミスは、世界中のコンピューターシステムをハッキングすることで、交通事故に偽装してそれらの要人を数百名程消した。これが世界経済の混乱を生み出し、第三次世界大戦勃発のリスクを引き上げていた。
「ちゃんと後始末しなさいよ」
「分かっています。後に続く人達の幸せのために、【アマテラス機関】で世界平和を守る仕事に尽力しますよ。まぁ、それが父の遺志でもありますし」
伝声管からの打撃音は消えた。【けじめ】はついたらしい。
「それに、戦争を防ぐために国を貧しくするって、本末転倒な気がするわ」
「確かに、貧しくするというのは語弊がありますね。正しく言うなら、【侵略】で奪えない形で幸せな生き方を実現するということです」
「分かるようにお願い」
「獣や天災から女子供を守るために、男達は知恵を絞って【文明】を創り出しました。【技術】や【経済】も【文明】を構成する手段です。現代人は【経済】の部品に過ぎない【お金】をやたら神格化しますが、それ自体が原点を忘れた本末転倒です」
「【お金】はそれなりに大事でしょ。それに、原点って何処よ」
「社会の目的は、育つ子供と育てる親を守る事。日本人がかつて男女の役割分担で完成させていたこの原点に帰るんです。外来文化の取り込みが得意なのは長所ですが、結局誰も幸せにしない【男女平等】なんてマネする価値はありません」
「それで本当に戦争は防げるの?」
「野蛮な欧米人が世界で好き勝手するのは止められませんが、日本を放置していた方が世界経済にとって好都合な形を維持すれば可能です。ボクの中にある【サルタヒコ】がそのシナリオを描いています」
洞窟内から人が出てくる気配は無い。
「そういえば、【アニキ】って何なの? ゴウのお見合い相手でしょ。確かに名前だけは男っぽいけど」
「まぁ、ボクから見れば【アニキ】ではあるんですよ」
伝声管から女4人の声が聞こえる。酒盛りを始めたようだ。
「なんか、ズタボロにしたゴウを囲んで【誕生日パーティー】を始めたみたいね」
「あー、今日は【アニキ】の22歳の誕生日でしたね。いいプレゼントがもらえたみたいで何よりです」
伝声管から伝わる楽しそうな声を聞きながら、二人で待ちぼうけ。まだ日は高い。
「ジョン=スミス。結局、アンタ何者なの?」
「今更ですね。ボクは、知的障碍児の身体とクラウド上で動く人工人格を結合して【神】に近しい形を創り出そうとした、父の夢と執念の成果物ですよ。まぁ、ここまで完成できたのは【アニキ】と太田さんのおかげでもありますが」
「それで、本当にあの3人娘の【弟】なの?」
「ここだけの話、人違いです。ボクの実年齢は12歳。歳が合わないでしょう」
「そうなのね……」
キナは、かつて【減数手術】で切り離した男児の事を思い出していた。
【輪廻転生】を信じているわけではないが、一度身に宿した命の事は忘れられない。どうにもならないと理解はしつつも、心の片隅で救いを求めていた。女の哀しい性である。
「いいじゃないですか。今は4人揃って酒盛りしてるんだから」
「アンタ、【神】に近しいとか自称する割には、たまにズレた事を言うわね」
「そうだ。キナさんに頼みたいことがあるんですよ」
「何? 安くないわよ」
「市民病院の近くに二世帯住宅用意したので、そこで母と同居してもらえないでしょうか」
「アンタ、母親居たのね。それで、どんな人なの?」
「身体は健康ですが、鬱病を拗らせたところで未亡人になってしまって大変なので、キナさんみたいな元気な人に近くに居て欲しいんです」
「簡単に言うけど、鬱病の人間の相手って大変なのよ」
「分かりますよ。そこを何とかお願いします。住宅名義はキナさんにして、住居費と生活費を仕送りしますから」
「……まぁ、それなら悪くないわね」
娘達が家を出て、ゴウが結婚して夫婦で【株式会社針山加工】を経営するなら、そこに同居するのは確かにつらい。街なら程よい距離だし、病院が近いなら姉の世話もしやすい。
子供達の帰省先としても丁度いい。鬱病患者との同居込みでも、キナにとって悪い話ではなかった。
「築2年目の3階建て独立二世帯住宅でなかなかの豪邸ですよ。なんと、駐車場も2台分あります」
「それは楽しみね」
ガスの放出作業を終了した【太平洋野郎共】が、機材を持って下山を始めた。
洞窟内でのパーティは続いている。
「これはもう出てこないわね。殴るのは後日にして、今日は帰るわ」
「じゃぁボクも帰ります。彼等のトラックに乗せてもらいましょう」
キナとジョン=スミスは木箱から立ち上がり、洞窟の斜面を登り出した。
「夕食はどうしようかしら。今夜はアンタと私だけになりそうだけど」
「ボクは鯖カレーが食べたいです」
「人工人格だか神だか言う割には、アンタは人間臭いわね」
「そりゃどうも」
●オマケ解説●
GDPをKPIとした経済成長にはカラクリがあります。
乳飲み子を保育園に預けて母親が働いたり、慢性疾患の病人を増やして薬で治療したりと、そういうのが増える程に指標が上がるという。
【お金】は、不幸を補う手段という側面もあるので必然と言えば必然。
追いかける指標を間違えた経済政策は、内需の行き詰った国内市場を盛り上げるために、完治しない慢性疾患や障碍は無限に医療費を浪費することに着目。
薬を使って病人や障碍者を増やして、【人道】の美名の下で福祉とか療育とかで公金じゃぶじゃぶと増税コンボで経済も回して利権組織もウハウハ。
人の不幸を原動力にお金を循環させるシステムは、医療の力で病人を作り出すところまで行きついてしまい、社会保障費の名目で国家予算の大半を食い潰すまでに膨れ上がった。
世界に渦巻くその連鎖を断ち切るために、お嬢様は怒りに燃えるジョン=スミスを煽ってジェノサイドを誘発。その流れで世界滅亡の危機を創り出して、【言われた通り】を達成し【誕生日プレゼント】をゲット。
女って、本当に恐い。
太田さんが倒れるわけです。
<第七章 参考図書>
・美しい国へ 安倍晋三 ISBN978-4166605248
・新しい国へ 美しい国へ 完全版 安倍晋三 ISBN978-4166609031
・かけがえのない国 武田邦彦 ISBN978-4295205074
※ポイントクレクレ記述
男の結婚が決まる流れで母親係の別居先が決まるご都合主義展開がひどいと思った、ワンオペ育児と姑との同居と住宅ローンに苦労する共働き主婦の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者はこの二世帯住宅の裏事情を描いたひどい番外編を見直してほくそ笑みます。
【ひどい】は最高の誉め言葉!




