7―3 喪男と喪女の夫婦 誕生
ジョン=スミスを破壊して、世界を滅ぼそうとしている【アニキ】とやらに会うために、3人娘の案内で洞窟の奥まで来てみたら、そこに居たのは4月に【お見合い】をしたお嬢様、矢場居マオさんだった。
【お見合い】の時は【箱入りお嬢様】と思っていたけど、盗撮男をぶっとばしたり、会社を潰しかけて立て直したり、海外で銃撃戦に巻き込まれて特別機で帰国して生還するような人間が【箱入りお嬢様】なわけがない。
何が何だか分からないけど、俺は説明を求める。
「えーっと、じゃぁ、【お見合い】の時は、帰ってきた直後だったと? そんな風に見えなかったけど……」
「目覚めてから1週間後でしたね。機関銃の銃弾なだけに掠っただけでも衝撃は大きくて、一命は取りとめましたが、左側頭部の【言語野】の損傷で【運動性失語症】になっていましたわ」
「いやでも、あの時、普通に喋ってましたよね」
「リハビリで多少回復していましたが、不十分でした。自由に喋れないし、視力も落ちていたので視点も定まらず、見苦しい姿をお見せしてしまいました」
なんてこった。【お見合い】の時のどことなく虚ろな【箱入りお嬢様】風の挙動は、素じゃなかったということか。俺が人物像を読み違えたのはそのせいか。
でも、今なら分かる。素のマオさんは【修羅】だ。
関わるだけでも命懸け。敵に回したら明日は無い。そんな種類の人間だ。
「この日本では、安全な水も食料も安く買えます。明日生きてるか心配することなんて稀です。でも、世界の何処かでは、飢餓だったり紛争だったりと日常的に生命の危険に晒されている人達が多く居ます」
なんか壮大な事を語り出したぞ。
「金融業の家系の一員として、苦しむ人の居ない世界を実現するのが使命と考えていました」
確かに、矢場居家って金融業で有名な名家だけど、そういう使命感もあるんだ。
「でも、銃撃で脳をやられて心が肉体から離れた時、亡くなった祖父に会いまして。世界の未来を担う優秀な子孫を残す事こそが女の責任であると諭されました」
【幽体離脱】だよ! 【臨死体験】だよ! 本当にあるんだ!
「祖父の言う責任を果たすため、未来を託せる子供を育てる【専業主婦】になりたいと思い、目覚めたと同時に【婚活】を始めました」
【専業主婦】にこだわっていた理由はそこか!
そして、復活してから【婚活】始めるタイミング早過ぎだろ!
デスク越しにマオさんが俺を見上げる。
表情は微笑んではいるが、その視線には強い威圧感が込められている。【蛇に睨まれたカエル】状態で、嫌な汗が背中から噴き出すのを感じる。
「でも、初めての【お見合い】でその想いを伝えたら、泥水飲んだことも、死体の山を見たことも、塹壕で這いつくばったことも無いパンピーから【甘え】とか言われまして」
うわぁぁぁぁぁ!
俺だ! それ俺だ! 若かったんだよ! 俺も若かったんだよ!!
「私が生還するための費用を【無駄遣い】と言われた時、私の中で何かがハジケまして」
もしかして、怒らせた?
あの時点ですでに無茶苦茶怒らせてた?
「その節は、大変申し訳ありませんでした!」
必死で謝る俺。
「でも、男性からここまでひどい扱いを受けたのは初めてだったので、心から好きにしていいと思える人に出会えたと、激しくときめいてしまいまして」
【好きにしていいと思える人】って何だよ!
もしかしてアブないスイッチ入れちゃったのか?
どうされるんだよ、俺!
「この洞窟と【電波暗室】を往復する生活の中で、運よく世界を牛耳る手段も手に入れまして」
それはジョン=スミスの事か。
「手始めに、言われた通りにしてみました」
「言われた通り?」
えーと、俺、何言ったっけ?
「【逃げたら世界を滅ぼす】ぐらいの脅しができれば【専業主婦】になれるんですよね。私がジョン=スミスの破壊指令を出せば、第三次世界大戦は不可避です。どうです? 言われた通りでしょう」
……言葉にならない。
「やっぱりゴウさんのボケが発端だったかー」
「【お見合い】にそのボケ必要? なんでそんな危ないこと言うかな」
「マオっちにそういうボケなんて、世界規模で危険な事してくれて……」
俺の後ろで三人娘がぼやく。
分かってる。俺が危ないことしたって、今なら分かる。なんとかしないと。
「あの、マオさん。えー、俺の不適切発言が悪いんですが、それだけのために無関係な人を90億人ぐらい巻き込むのは、やりすぎではないでしょうか」
マオさんが天井をチラ見した後で、真剣な表情になった。
「ミナさん。【犬笛】をかまえるのが早いですよ」
「!!」
マオさんの一言で、部屋中が緊張感に包まれる。
そして、俺の背後に居たミナが1歩左に動いた。一体何なんだ。
「僅か数時間で捨て身の対処法を準備するなんて、流石です。そうまでして守りたいのは【世界】ですか? それとも【弟】ですか?」
マオさん何言ってるんだ。捨て身って何だ?
「守りたいのは両方。まぁ、【世界】はついでだけど」
「天井にミラーがあったのね。しくじった」
「マオっち相手は、捨て身でも無謀だったかぁ」
カラン カラン カシャン
マオさんが、デスクの上に金属製の何かを並べた。
【漆黒のナイフ】だ。しかも、3本。
あれの注文主もマオさんだったか。
「胸部には厚い防刃板を入れているのでしょうが、首元はガラ空きです。下手に動くと笛も吹けなくなりますよ」
マオさんの一言を聞いて、後ろに並ぶ3人娘が硬直したのが分かる。
俺を挟んで女達の緊迫感桁違いのやり取り。一体何なんだ。
「ゴウさん。私は、日常的に男に間違えられるうえに、女神ですらない【ツクヨミ】の【源氏名】を頂くぐらいの【貧乳喪女】ですが、今は世界を滅ぼしてでも叶えたい夢があります」
ジョン=スミスの言う【アニキ】ってマオさんの事だったのか。
いや、確かに女性にしては多少長身だけど、どう見ても男には見えないよ。
それに、3人娘は胸に防刃板なんか入れてないぞ。
もしかして気にしてるのか? めんどくさいな。
でも、そのめんどくささに微妙に親近感を感じる。
「ゴウさん。分かってると思うけど今はツッコミはダメだよ」
「これ以上、罪の無い90億人を危険に晒さないで」
「マオっちは本当にやるから。そういう娘だから」
背後に並ぶ3人娘が恐い補足説明。
でも、俺にだってわかる。マオさんは本気だ。
「私は【専業主婦】になりたいのです」
マオさんが真っすぐ俺を見る。
後ろに並ぶ3人娘は動かない。
ここで【世界】を救えるのは俺だけのようだ。
正直、このマオさんが好きかどうかは分からない。
でも、【喪男】はそんなことは気にしない。
【結婚】は幸せに生きるための手段に過ぎない。
そう割り切ってしまえば、【嫌い】でなければ【夫婦】になれる。
ここはもう一択だ。
何も準備が無いけど、準備をする猶予もない。
俺は直球で挑むことにした。
背筋を伸ばして、腰を直角に曲げて頭を下げる。
「マオさん。俺と、【結婚】してください!」
「結婚生活は、どのようにしましょうか」
「【専業主婦】でお願いします!」
「わかりました。不不束者ですが、よろしくお願いします」
顔を上げてみると、マオさんはすごく満足そうな表情をしていた。
「あーあ。これで私ら【負けヒロイン】確定だぁ」
「でも、【弟】には代えられないね」
「マオっち相手なら、負けはやむなしだよ」
俺の後ろに居る3人娘から、脱力感を感じるボヤキ。
世界を救うためとはいえ、人前でプロポーズとか【公開処刑】に近い。
俺もどっと疲れが出て、【結婚】とは両立できない俺の夢を思い出し、寂寥感を感じてしまう。
「結婚前に、一度でいいから、モテたかったなぁ……」
3人娘が【殺気】を出してきた。
「あの、ゴウさん。ちなみに聞きますが、そちらの3姉妹は貴方から見てどういう位置付けなんでしょうか」
なんか呆れたような声でマオさんから質問。俺は正直に答える。
「【妹】みたいなものです」
俺が答えたと同時に、巫女服姿の3人娘がデスクに座るマオさんに詰め寄った。
「【負けヒロイン】は覚悟してたけど、コレは無い!」
「ふっ切れた! むしろブチ切れた!」
「マオっち、私ら友達だよね! 分かってくれるよね!」
さっきまでの一触即発の緊張感は何処へ行ったのか。よくわからないことを必死で訴え始めた。
「アレはもう私のモノですよ」
マオさんが当たり前のようにモノ扱いするのは、俺か?
「分かってる! アンタ達はすごくお似合い!」
「二人とも似た者同士! 手に負えないところが!」
「私ら家を出る! だからケジメだけはつけさせて!」
「まぁ、御三方にはお世話になりましたし、たしかに【ケジメ】はつけないといけませんね」
マオさんは落ち着いて応えながら、デスクの下から細長い何かを取り出した。
【竹刀】×3本
「着衣で隠れる部分だけですよ」
>マナは竹刀を装備した。
>ミナは竹刀を装備した。
>アンナは竹刀を装備した。
>ゴウは逃げ出した。
>しかし、回り込まれてしまった。
●オマケ解説●
日本では外国人への迫害なんて実質ないけど、世界に出れば国や地域次第で余所者の扱い何て大概ひどい。【野蛮】でできてるそんな世界に出てしまった【日本人】の命綱は、パスポートに記載された下記文言。
『日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。 日本国外務大臣』
これは、【日本国民に対してひどい事をしたら、日本政府がタダじゃ済まさねぇぞ】という脅しであり、金持ちで不用心な日本人が現地で【殺されない理由】の根幹にある物。
もちろん書いただけで効力が出るわけもなく、政府の威信をかけて在外邦人を守るという断固たる姿勢を常に示し続ける必要がある。それが、海外在住の日本人の生命を守るために必要な国の責務。
そういうところに掛けるお金を【無駄遣い】と言っちゃったら、まぁ、怒られるよね。
外交費や国防費を無駄遣いと言う国民の皆さんは、一度【難民】になってみればいいと思うよ。
これが国際感覚か。なんて、ひどい。
初対面で3つ子を識別した、何かとポテンシャルの高い男。成長していく姿を見て少なからぬ想いを抱いたが、いつも一緒だった3人姉妹。誰かが想いを遂げたなら失う物は大きい。
選ばれるわけにはいかない。選ばせるわけにもいかない。男の前では個性を殺して【3人娘】を演じ続けた儚い想いの結末は、男のあんまりな一言。
これが若さか。なんて、ひどい。
モテたいとぼやく人間に限って、【モテる】の定義を持っていない。だからモテない。定義の無いモノを議論すること程危険な物は無いんですよ。
何はともあれ、世界を危機に晒した修羅なお嬢様の望みは叶うようです。
※ポイントクレクレ記述
共働きがスタンダードな令和の時代に、世界を滅ぼすという脅しを使ってまで【専業主婦】になりたいと主張するお嬢様がひどいと思った、働くのイヤだから結婚で楽になろうとして交際相手に捨てられた【怠惰喪女】の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は、交際相手が居た人を【喪女】扱いすると後ろから刺されるんだっけと密かに怯えます。
【ひどい】は最高の誉め言葉!




