7―2 こじらせ喪女の闇
世界を救ってくれと言われてトラックに乗せられ、神社の裏山奥の秘密基地みたいな場所に連れてこられた俺は、どこにでもありそうな町工場の加工職人兼一人社長。
金切ゴウ 27歳 モテなくてちょっと現実逃避中
池を中心とした窪地。なかなか幻想的で綺麗な場所だ。
自宅の近所ではあるけど、なんか異世界に来た気分だ。
「ゴウさん。現実逃避している時間はないですよ」
ジョン=スミスに呼び戻されて現実に帰ってきた。
「えーっと、なんで日本人が【黒幕】で日本経済を破壊するようなことをしてたんだっけ」
「話せば長くなるのですが、第二次世界大戦が【核兵器】という最悪な遺物を残して終結したところまで遡ります」
「いや、ぶっ飛びすぎだろ。時間が無いんだろ」
「まぁ、聞いてください」
第二次世界大戦終結後、核兵力による全面戦争を阻止することが世界の最重要課題となった。その解決策として当時の【東京都千代田区千代田一丁目在住 HN アマテラスの末裔さん】が提唱した方法。
日本を要として、アメリカ、中国、ソビエトの3極構造を創り出し、そのミリタリーバランスの均衡で全面戦争を抑止するというもの。
「ぶっ飛んだ話だな。それこそ【陰謀論】じゃないのか?」
「日本に居ると平和ボケしますが、世界は【野蛮】で出来ているんですよ。地球儀を見てください。【西側勢力】と【東側勢力】の境目にある国とその状況をよく思い出してください」
ジョン=スミスが足元の木箱から小さめの地球儀を出してきた。
俺の部屋にも地球儀はあるから珍しいものではない。
でも改めて見ると、西側と東側の境目に紛争地帯は集中していることがわかる。そして、その配置に不自然な点があることに気付いた。
「勢力の境目が集中している日本が何で平和なんだ?」
「さすがに気づきましたか。アメリカ、中国、ロシアという【野蛮3大国】に囲まれた日本で、何十年も紛争が起きていないのには仕掛けがあったんです。これが【アマテラス機関】の仕事の成果なんですよ」
「そうだったのか。でも、それで何で日本経済を破壊する話に繋がるんだ?」
「要が大きくなりすぎても3極構造は安定しません。1980年代は本当に危なかったんです」
戦後の高度経済成長で日本経済は世界第二位の地位まで達した。
これは、3極構造で保っていた世界平和を危機に晒した。
【戦争】は経済活動。アメリカ、中国、ロシアの3国のうち1国でも日本を侵略すれば残り2国を敵に回す。それが不経済であるからこそ3極構造で戦争を抑止できた。
しかし、3国共同で侵略しても元が取れる程に日本に金融資産が集まってしまったら、それをしない理由は無くなる。
【歴史】は戦勝国が創るのが世の常。蹂躙して山分けした後で日本を【悪者】に仕立て上げればいい。もとより世界史の教科書はそんな【創作】で満ちている。
そして、日本を分割植民地化した後は世界は核抑止力を失い破滅に向かう。
「結局のところ、日本人が優秀すぎたんですね。焼け野原から半世紀で経済大国になったのはいいけど、地政学的にこの場所に豊かな国を築いたら弾薬庫になってしまうんです。実際に、当時あの3国に開戦から分割統治のシナリオまで作られてしまいまして」
「確かにあの3国ならやりそうだな。それで、どうしたんだ?」
「世界の滅亡を避けるため【アマテラス機関】は苦渋の決断を下しました。侵略する価値が無いぐらいに国を貧しくしてしまおうと」
【プラザ合意】【日米半導体協定】【日米構造協議】等、1980年代中盤から始まった、日本の実体経済を痛めつける数々の外交政策。急激な円高と国が国内産業の保護を放棄したことによる国際競争力の低下。
実体経済にブレーキがかかっているにも関わらず、バブル経済を放置後に最悪な形で崩壊。これにより【氷河期世代】が誕生し【失われた30年】と言われる不況が始まった。
国を貧しくしたこれらの国策は全て【アマテラス機関】の指揮によるものであった。
「経済破壊に一番効いたのは【男女雇用機会均等法】でしたね。日本人の優れた力の源泉は信頼に基づいた男女の役割分担。【専業主婦】の【内助の功】によるものでした。これは足元の経済成長と優秀な次世代の育成を両立させる世界に類を見ない優れた仕組みだったんです」
なんだろう。西川からも似たようなことを聞いたな。
専業主婦は正解だったんだ。
「全方位土下座外交により国富を垂れ流すことで世界平和を保っていましたが、今度は中国とアメリカが自前のバブル経済で危機に陥ってまして」
日本が自己犠牲で世界平和を保ってたのに。何やってんだあの2国。
まぁ、らしいといえばらしいけど。
「ボクの中に作った環太平洋経済圏デジタルツイン【オモイカネ】によるシミュレーションでは、遅くとも3年後には両国の経済バブル崩壊の余波で【第三次世界大戦】が勃発します」
「なんだって! 大変じゃないか!」
「そうです。大変なんです。それを防ぐため、同じくボクの中に作った平和維持経済政策ナビゲータ【サルタヒコ】を使って、【アマテラス機関】を中心に戦争回避プロジェクトを始動しようとしたんですよ」
「しようとした? 何か問題でも発生したのか?」
「……プロジェクトの準備分科会のリーダーでもあった【アニキ】が、今日ですね。【源氏名】を受けとった途端に、ゴウさんを連れてこなければボクを【破壊コード】で破壊すると言い出しまして、世界の危機なんです」
「な、なんだってー!」
…………
ジョン=スミスからトンデモ話を聞いていたら、洞窟入口の伝声管からの声を聞いていたマナが【時間切れ】を宣言。伝声管の前にジョン=スミスを残して俺達は洞窟内に。
【ツクヨミ】の【源氏名】を持つ【アニキ】とやらに会うために。
巫女服姿の3人娘に連れられて洞窟内を奥に進む。薄暗い通路の天井には白熱電球による電灯と、さっき使った伝声管が通っている。
それらの部品の状態を見ると最近施工されたもののように見える。
「マナ。ここは一体何なんだ? そして【アニキ】って誰なんだ?」
「この山は矢場居家の私有地。あとは、中に居る人が教えてくれるよ」
一体誰が居るというのだろう。
西川じゃないよな。
通路をさらに進み、突き当りになっているカーテンを開けたら12畳ぐらいの部屋があった。そして、その奥のデスクに若い女性がこちらを背にして座っている。
マナに促されて前に出る。3人娘を背にしてデスクの人物と対峙する形だ。
「マオっち。連れて来たよー」
アンナが呼びかけると、若い女性は椅子を回転させてこちらを向いた。それは、4月に【お見合い】をしたお嬢様。矢場居マオさんだった。
「お久しぶりです。金切ゴウさん」
ダークブラウンのワンピースにストレートセミロングの茶髪。前回会った時と同じ服装。同一人物であることは分かるけど何か違和感がある。
「えー、お久しぶりです。矢場居マオさん。でも、何故こんなところに?」
「【お見合い】の後で【電磁波過敏症】を発症して街中で暮らせなくなったので、大学を中退してここに住んでますの」
マナの【トンデモ本】コレクションにそんな病気が書いてある本があったけど、実在したんだ。
「山を下りるときは【電磁波遮蔽布】で作った合羽を着たり。行動拠点として【電波暗室】を借りたりと大変でしたわ」
この一帯で人が入れる規模の【電波暗室】は【太田無線製作所】にしかない。ということは、太田さんの言ってた【座敷童】ってマオさんの事か。
「ここに住んでいたということは、もしかしていつぞやの裏山から歌声が聞こえる噂は……」
「私ですわ。リハビリを兼ねて歌ってみましたが、思っていたより声が届いてしまったみたいで。見物人が来てしまい困りました」
「まさか、裏山で西川をボコボコにした【妖怪】は……」
「それも私ですわ。日没後に池の端で水浴びしている所でカメラを向けられたので、ぶっとばしました」
あのアホ。部長に散々説教されたのに懲りてなかったのか。
「あー、それは俺の元後輩が申し訳ないことを。だったらカメラ返さない方がよかったのでは?」
「人に見せられない姿をキレイに撮ってくれたお礼として、カメラに【マルウェア】を仕込んで返しましたわ」
容赦ねぇ! 山田工業のサイバー攻撃騒動はそれか!
あの事件、西川にカメラを返した日が起点になってるのが気になっていたんだ。
「いや、確かに【盗撮】は重罪ですけど、それで会社を壊滅させるのはちょっとやりすぎなのでは? そして、そんな危険なものを何処から持ってきたんですか?」
「まさかアレを勤め先の端末に繋ぐとは思いませんでした。あの会社を潰すわけにはいかないので、【マルウェア】作者の太田さんの協力で、会社存続のための事業転換のシステムを作って提供しました」
確かに、盗撮画像入り私物カメラを会社の端末に繋ぐなんてダメ行動だな。
そして、【山田工業株式会社】の事業転換はマオさんと太田さんが絡んでいたのか。太田さんがやたらと羽振りがいい理由はそれか。
あの時のお嬢様、矢場居マオさん。何処で何しているのか知らなかったけど、こんなに近くに居て俺の日常に大きな影響を与えていたんだな。
そして、3人娘や太田さんとは普通に会っていたんだな。
そうだ。世界の危機とのつながりは未だよくわからないけど、再会できたらすることあったんだ。
去年のお見合いの件を謝らないと。
「暑くなってきたので、コレ外しますね」
マオさんがストレートセミロングな茶髪のウィッグを外した。
するとその下には、ベリーショートの黒髪と左側頭部に前後に走る太い傷跡。
「その傷は一体?」
「昨年度末に海外渡航したとき銃撃戦に巻き込まれまして。12.7mmのNATO弾が掠って瀕死の重傷を負いましたの」
ナニやってたんだこのお嬢様! でも、昨年度末って言うことはもしかして。
「まさか、特別機で搬送された邦人っていうのは」
「えぇ、私ですわ」
どぎゃぁぁぁぁぁぁ
●オマケ解説●
ジョン=スミスの正体はクラウド上に構築された人工人格。その設計コンセプトは【インターネットとダークウェブとシームレスに連携した人を越えた頭脳を持つ一貫した意思】。
つまり、【神】に匹敵する存在。
【アマテラス機関】がスポンサーとなることでスケーラブルな能力を大幅に拡張。世界に干渉する能力を手に入れるだけにとどまらず、内部に構築した【タカマガハラ】プラットフォーム上に仮想神格【オモイカネ】と【サルタヒコ】を構築。米国と中国のバブル経済崩壊を世界共同で軟着陸させる政策検討を行うまでになっていた。
でも、扱いを間違えれば危険な存在ではあるので、暴走抑止用として【破壊コード】、所謂【バルスコマンド】も実装していた。
どうやら、それが悪用されてしまったようだ。
ずっと気になっていた【お見合い】相手のお嬢様と久しぶりに再会。初対面での失礼を詫びようとしたけれど、失礼で済んでいたようには見えない。
どうなることやら。
※ポイントクレクレ記述
呼び出した4人を立たせたままデスクに座って話を進めるお嬢様の横柄さがひどいと思ったパワハラ気質な上司の下で働く【下っ端喪女】の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は、彼女が男の前で敢えて立たないのは1センチの身長差を気にしての【長身女子あるある】だよと、ちょっとだけ庇ってみます。
【ひどい】は最高の誉め言葉!




