6―3 国家存亡の危機 誕生
仕事の収入も安定し、6人暮らしの生活の快適さに幸せを感じている俺は、【株式会社針山加工】の一人社長。
金切ゴウ 27歳 モテたいけど、今も充実。
俺は楽しく生活しているけれど、世界はなんだかキナ臭い動きを見せている。
2週間ぐらい前から始まった大手通販会社へのサイバー攻撃は続いており、散発的にいらない書籍があちこちに届いてる。
アンナは近所からいらない書籍を集めて処分する仕事を続けているけれど、そこにはマナとジョン=スミスの好きなジャンルの本が多いらしく、二人がダイニングの隣の小部屋に【図書室】を作ってしまった。
そして、東京で暴動が起きているという噂が、動画投稿サイトやSNSに流れてはすぐに消されたりしている。テレビや新聞などでは全く報道されないからデマだと思うけど、気味が悪い。
欧米では、この1週間で飛行機の事故が相次いだ。
大富豪が所有するプライベートジェット機が、離陸後に海上に出て消息を絶つという事件が20件以上連続で発生したという。
国内でも、3日前の夜に大事故が起きた。
岡山県と鳥取県の県境にある高速道路のトンネルで、【液化塩素】を詰んだトレーラーが事故を起こして、山中に大量の塩素ガスが漏洩したという。
トレーラーは【無人運転車】で現場は人里離れた山奥。だから人的被害は無いと報道されたけど、近くに他の車は本当に居なかったのか気がかりだ。
どのニュースも、SNS上では不穏な噂が流れているし、テレビや新聞の報道内容も断片的で歯切れが悪い。
………………
…………
……
ちょっと不安な日常を過ごしていた日の夕方。納品予定の加工品の梱包を終えたら、事務所入口から来客。
「ごめんください。【太田無線製作所】の太田です」
【北の将軍様】コーディネィトの太田さんだ。
なんかちょっと痩せて、スーツがブカブカになってる。
「お久しぶりです。アンナなら2階に居ますよ」
「今日は商談じゃないんだ。父から最新情報が入ったから、ゴウ君が東京に行かないように共有しようと思って来たんだ」
「東京に行かないように?」
別に、行く用事は無いけどな。
…………
皆で2階のダイニングに集まって、太田さんの話を聞く。
「SNSはデマじゃない。東京では本当に暴動が起きてる」
東京で仕事している太田さんの親父さんが撮影したという音声ナシの動画を、ダイニングの大画面テレビで再生。
そこには、日本とは思えない光景が映っていた。
省庁前に集結して登庁する職員に詰め寄ろうとする暴徒。それに向けて放水砲やガス弾で応戦する機動隊。カメラを向けた人や倒れた暴徒を捕まえて連行する警察。
テレビや新聞では全く報道されなかった、最近の東京の様子。
動画に写る暴徒の大半が妙齢の女性のようだ。
高望みして行き遅れて生活苦に陥った【就職氷河期】世代の【無職四十路喪独女】の反乱だろうか。
【結婚】は幸せに生きるための手段に過ぎないんだから、行き遅れるまで【白馬の王子様】を待つんじゃなくて、適切な時期に吊り合いの取れる相手と世帯を持つ決断が必要だったんじゃないかな。
「でも、何でこんなことになってるんですか?」
「どうやら、大量にばらまかれた本が原因らしい」
「本が?」
何で本が原因で暴動になるんだ?
「あっ。もしかして、あのジャンルの本かも」
「マナ、何か心当たりあるのか?」
「えーと、確証はないんだけど……」
「状況を把握したいから、該当する本を持ってきてくれないか?」
…………
マナとジョン=スミスが【図書室】から本を持ってきた。
【救世主ウラジィさん】
【日本を弱体化させるグローバリストの陰謀】
【書いたらあきまへん】
【書かずに死ねへん】
【グローバリストに抗したアドルフの真実】
【この世界の狂気の果てに―グローバルディーポステートの野望】
【医学が病をつくる】
【予防接種と知的障害】
【日本全滅 ~売り払われる日本と売国奴の正体~】
【恐怖の健康診断】
【6Gストップ? 電磁波過敏症患者達の訴え】
ざっと中身を確認して、頭が痛くなった。
「マナ。なんなんだこの本。内容がとんでもないだろ」
「コレは私が蒐集している【トンデモ本】。耐性が無い人が読んだらイケナイ、とっても大人の趣味なの」 ハァハァ
マナは3人娘の中で一番マトモだと思っていた。
だけど、ぶっ飛んだ内容の本を抱えて目を輝かせるマナを見て、そのイメージが崩れた。
「【トンデモ本】もね。【陰謀論】、【オカルト】、【危険思想】、【歴史歪曲】いろいろあるけどね。なんといっても今アツいのは【陰謀論】!」 ハァハァハァ
マナが語り出しちゃったよ。
ミナとアンナがげんなりしてる。キナさんは怖い顔してる。
太田さんは気になる本があったようで、読みふけってる。
ジョン=スミスは楽しそうだ。
「世界中の富の独占を狙う秘密組織【ディーポステート】が、外交圧力で日本の産業発展を阻害しつつ、医療や農業までも利権化して世界をカオスに変えちゃう話なの。日本の官僚と政治家は【おぶっち現象】でアメリカから脅されてるから、言いなりの【売国奴】なの! アツいでしょ!」 ハァハァハァハァ
チラッと読んだけど、うっかり信じちゃいそうな書き方してるから厄介だ。
なるほど。【就職氷河期】が【売国奴】の陰謀とか書かれたような本がばらまかれたから、信じちゃったその世代の人達が集まって暴動が起きたのか。
「太田さん。どう思います?」
「うーん。OS開発チームが乗った旅客機を撃墜させたとか、外国債に言及した現職首相を暗殺したとか、ブロックチェーン技術の礎を創った天才を裁判の末に消したとか、万能細胞の利権をアメリカに売るために研究者に捏造の冤罪を着せたとか。時事ネタからめたデタラメとしてかなり悪質だねぇ。フィクションは皆が楽しめるように書かないと」
人気作品【魔法喪女】シリーズの作者なだけに、創作に対してポリシーがあるようだ。
確かに、読んだ人が暴走するようなデタラメなんて、傍迷惑なだけだ。
「いえいえ、決してデタラメではありませんよ」
楽しそうにしていたジョン=スミスが立ち上がって語り出した。
「この国に【売国奴】は確かに存在します。豊かだった日本を政治的にダメにして【就職氷河期】を創り出し、国民の富と生命を白豚共に売り渡した許されざる者共が」
やたらと饒舌に熱く語るジョン=スミスに皆ドン引き。
さっきまで目を輝かせていたマナが冷や汗を出している。
「あの、ジョン=スミス? この本は、デタラメを楽しむためのモノであって、信じちゃダメなやつだよ」
最近図書室で一緒に読書してること多かったけど、まさか、このジャンルの本を一緒に読んでたのか? ジョン=スミスの正体は分からないけど、長身なだけでコイツは実年齢中学生ぐらいの子供だぞ。
「マナ姉さんのおかげで、ボクは【真理】を悟ることができました。【神】なんて居ません。人を苦しめるのは人でしかないのです」
真理を語る奴に限って、なんかこう歪んだ思想を持ってたりする。
「医療マフィアは狂人です。血圧やらコレステロールやら、人種差個人差無視してテキトーに作った基準値と検査結果を比べて診断下せば、病人様の出来上がり。際限なく薬が売れるいいお客様です。健康診断なんて行ったら殺されますよ」
スパァァァァァァァァァン
キナさんの特大ハリセンがジョン=スミスの脳天に炸裂。
「アンタ! 元・看護師の私をバカにしてるの? 医療の現場も知らないくせにデタラメ語ってんじゃないわよ!」
キナさんが怒った。
でもキナさん、健康診断で親父を殺しかけましたよね。
「ぬはははは。そういう感情論を前面に押し出せば、大衆はデタラメを信じて暴走する。偉い人は言いました【信じる者は足元をすくわれる】と。銭ゲバ医者は今日も病人様を大量生産でまいどありです」
「いい加減にしなさい! そんな常識はずれな事を言ってたらブッ叩くわよ!」
ブッ叩いた後でそれ言うか。
「【常識】を崇拝するとは愚かな。【真実】と【常識】は違う。【常識】は【支持者の多いデタラメ】でしかない」
ハリセンで叩かれたジョン=スミスが、ふらつきながらも暴走を続ける。
なんて痛い。完全に【陰謀論】に染まってる。【中二病】か?
コイツ実年齢いくつなんだ。
「外道を生かすのは罪! マスゴミが【報道しない自由】で大衆を狂わすなら、怒れる民衆は【生かさない自由】で未来のために1人1殺ショットガン。奴等も心臓は唯一つ。刃渡り10サンチで十分だぁ!」
アブねぇ! ジョン=スミスがとってもアブない子だ!
キナさんがマナを睨む。
「マナ! なんでこの子にそんな本読ませたの! そして、いつから読ませてたの!」
「えーっと、人に言えない趣味を共有できる【弟】が欲しかったから、連れてきた時に……」
初日から本を読ませてたけど、あれも【トンデモ本】だったのか!
「ミナ! アンナ! なんで止めないの。あの子は子供だって教えたでしょ!」
「えーっと、まさか信じるとは思わず……」
「まぁ、悪趣味だけど、ファンタジーとして読めばそこそこ面白いし……」
いやいやいや、マナだって大人の趣味って言ってたよな。
面白いからって、子供に見せていい内容じゃないだろ。
「【アニキ】から授かったこの力で屑共はあらかた消した! あとは、【黒幕】を引きずり出して【神】の名の下に裁いてやるのだぁぁぁぁ! ぜんしんしょうりぃぃぃー!」
「…………」
>キナはハリセンを装備した。
>マナは逃げ出した。
>ミナは逃げ出した。
>アンナは逃げ出した。
>しかし、回り込まれてしまった。
ブン ヒョイ ドタドタ ドガッ ガシャーン ピョイーン バタバタバタバタ グシャッ ジタバタジタバタ ドタタタタタ ブン スカッ ヒョイ スパーン ピョーン シャカシャカシャカ
3人娘とハリセン装備のキナさんがダイニングを縦横無尽に駆け回り跳び回り、逃げ遅れて巻き込まれた太田さんが踏んだり蹴ったりでボロボロになり、最終的に3人娘は隣の【図書室】に追い込まれた。
「フフフフ。アンタ達、身体が大きくなっても逃げ方は変わらないわね。おイタをした子は【お仕置き】よ」
「まさかその構えは【急所狙い尻叩き】!」
「やめて母さん! 私達もう大人よ!」
「お嫁に行けなくなる!」
「子供にデタラメ教えるバカが大人なものか! 嫁にも出せんわ!」
ドタバタ バサバサ ゴン ガシッ ズルッ ベロン
「万能の拳!」
ズバコォォォーン
「まぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ズバコォォォォーン
「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ズバコォォォォォーン
「あんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
変な打撃音と断末魔の悲鳴。
そして、なぜか上半身ずぶ濡れになったキナさんが出てきて、風呂場の方に行った。
【図書室】からは3人娘のすすり泣く声が聞こえる。
「おいジョン=スミス。お前が無茶苦茶言ったせいで、可愛がってくれた姉さん達が【大切なモノ】を失ってしまったぞ」
「……ゴメンナサイ」
ジョン=スミスは反省したようだ。
子供は大人を信じる。身近な大人の言うことを正として育つ。
だから、子供に軽々しく嘘やデタラメを教えてはいけない。それは世代を超えて恐ろしい結果を招く。
子供相手の時こそ、真剣に、真摯に向き合う。これが大人の責任だ。
いずれ親になるであろう俺は、大切な事を学んだ。
●オマケ解説●
社会は【常識】を共有する人間の集まり。そこで生きていくには、正しい【常識】を身に着けることは大事な事です。
デタラメを【常識】にして大人になった人間は、社会を滅ぼす脅威となり得る。だからこそ、子供が【常識】に反する行為をしたならば、親として厳しく躾けることも必要です。
だからって、成人女性に【急所狙い尻叩き】はどうかと思うけど。
そして、東京で暴動が起きてるのに全く報道されないなんて事、あるか?(笑)
あと、妙齢の女性を見て【喪独女】扱いする癖、そろそろやめようか。
※ポイントクレクレ記述
太田さんの創作ポリシーが作風に反映されていないのがひどいと思った、創作趣味の喪女の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は喪女の創作センスを応援します。
【ひどい】は最高の誉め言葉!