6-2 ソサエティ5.0の闇
アンナの【拳】により【鋼鉄の喪女】の【防錆加工】を受注してから10日後。俺達は県外の業者に加工を依頼するため、レンタカーで借りた大型のバンに乗って移動中。
運転はミナ。ナビゲーターはアンナ。
同乗するのは、俺とマナとキナさんと太田さん、そしてジョン=スミス。
後部の荷室には、木枠梱包された【鋼鉄の喪女】。
泊りがけでの外出なので、【株式会社針山加工】の加工業の方は臨時休業。
補修部品製造の仕事は多数の加工業者で分担して供給体制を維持しているから、短期ならわりと柔軟に休みが取れるのだ。
「着いたよー」
長距離ドライブで半分寝かかってたけど、アンナの到着宣言を聞いて外を見る。
【伊勢神宮内宮 関係者用駐車場】
「違うだろアンナ! 近くではあるけど、何故ここに停めた!」
「なんか、カーナビの目的地を何度修正してもココになるから、一度来ないといけないのかなぁと……」
「入る前に、停める前に相談して! 寝かかってた俺も悪いけど!」
許可証なしで入ってはいけない場所に無断で停めてしまったので、関係者の方々に囲まれてしまい、責任者の俺がお叱りを受けた。
関係者の方々が、荷室に入っている【鋼鉄の喪女】を見つけて拝んでいた。
本職の方々でも拝みたくなるのか、アレは。
…………
途中寄り道があったものの、目的地である金属表面処理の専門会社【モスクハン有限会社】に到着。予定時刻に遅れたことを詫びつつ【鋼鉄の喪女】を引き渡した。
【鋼鉄の喪女】の【防錆加工】として採用したのは、乾式メッキの一種である【窒化チタンコーティング】だ。
工具の表面処理などにも使われるほど頑丈なコーティングで、耐食性も強くなり、元から高い表面硬度がさらに高くなる。
大きくて複雑な形状への加工は難しいものだが、前職のつてであちこち探したところ、この会社に引き受けてもらうことができた。
今回使用するのは、IP法とCVD法を組み合わせた、【モスクハン有限会社】オリジナルの特殊多層コーティングで、【エターナル☆コーティング】という。
洗浄を含めて、工期は4日。
色合いは太田さんの希望通り【黄金色】に仕上がる予定。
俺達はその間、泊りがけで皆で近隣を観光。
ちょっとした【社員旅行】だ。【雇用】はしてないけど。
◇◇◇◇
「処理炉の扉が、どうやっても開かないんです」
「やっぱりか」
4日後。工場から呼び出されて来てみれば、社長のハン博士を筆頭に社員総出で【鋼鉄の喪女】の入った処理炉の前で悪戦苦闘。そうなるんじゃないかと思っていたけど、やっぱり扉が開かない。
「また、宴会の用意する?」
「それもいいけど、今回は助っ人を呼んでみましょう」
太田さんの提案に対して、珍しくマナが先陣を切って応えた。
「助っ人って、誰を呼ぶの? アンナちゃん」
バチィィィィィィンン ベシャァァァァァ
やっぱり間違えて、平手打ちで吹っ飛ばされる太田さん。
あんまりな吹っ飛び方に工場の皆さんがドン引きしてる。
「マナです。付き合い長いんだから、いい加減見分けてください」
「ゴメンナサイ……」 ガクッ
姿は同じでも性格はバラバラな3人娘。
だけど、わざと区別がつかない【3人娘】を演じているようにも見える。
ジョン=スミスを捕まえて以来【弟狩り】はしていないから、【弟】以外にもこだわる理由があるのだろうか。
…………
マナが何処かに電話を掛けた数十分後。助っ人が到着した。
【衣冠】を着用した神職の男達十数名。いつの間にか巫女服姿に着替えていた3人娘も混じり、工場内の処理炉の前が神社のような雰囲気に。
臨時休業となった【モスクハン有限会社】の工場内。処理炉の前で宮司と見られる御方が祝詞を読み、その後ろに神職の方々と巫女服姿の3人娘が並ぶ。
さらに少し後ろに、【モスクハン有限会社】の社員全員と、俺と、太田さんと、キナさんと、ジョン=スミスが並ぶ。
一体何の儀式だよ。
祝詞を読み終えた時、観音開きの処理炉の扉が開いた。
金色の光の中から【永遠の喪女】爆誕。
崖っぷちを象った台座の上に、胸に一升瓶を愛おしそうに抱きしめて直立する、黄金色に輝く女神像。慈愛と達観に満ちた神々しい微笑みの後ろからは、後光がさしているようにも見える。
処理炉の中で金色に輝くその御姿の前で、誰に言われるわけでもなく、全員が深く頭を下げた。
…………
神職の方々が【永遠の喪女】を【ご神体覆布】で包んで、何故か神社に運ぼうとしたので、慌てて止めた。
なんかもう、神社に奉納したくなる仕上がりだけど、太田さんから受注した追加工だから、検収頂くには納品しないといけない。
同時に、【スローイングナイフ】の処理もお願いしていたけど、こっちは何故か真っ黒に仕上がった。ハン博士は首をかしげていたけど、SEMで観察したらコーティング自体は成功とのことだったので、よしとした。
この【漆黒のナイフ】も、神職の方々がやたらと欲しがった。でも、これも持ち主が決まっている。譲渡の交渉についてはアンナに任せた。
木枠梱包された【永遠の喪女】の前で、注文主の太田さんに仕上がりの感想を聞いた。
「これはもう迂闊に触れないね。男を寄せ付けない【不可侵の喪女】に進化した気がするよ」
太田さんがコレに何を求めているのかは、もはや分からない。
でも、満足してもらえたなら、いいや。
◇◇◇
【永遠の喪女】を納品した3日後、アンナが何処からともなく貰って来た【ジビエ肉】で肉沢山の夕食を頂いた後、ダイニングでテレビを見ながらくつろぐ。
夕食後にこうやって皆で揃ってダラダラするのが毎日の楽しみだ。でも、今日はマナとジョン=スミスだけは別の事をすると言って倉庫に降りている。
ちびちびとビールを飲みながら、皆で太田さんから貰った大画面テレビを見る。
最近流行りの芸人のコント番組だ。
------------------------------------------------------
『太平洋野郎共 見参!』 ジャジャーン
『侵略能力ナンバーワン! 西部開拓は終わらない! 星条旗のドナルド!』
『世界の中心! 真ん中だけは譲れない! 絶対的中華のジンピン!』
『広い北国! 凍らない港が欲しかった! 寒い所のウラジィ!』
『仲良し三人組! 喧嘩始めたら世界が終わるぐらいの仲良し野郎共さ!』
ギャハハハハハハハハ
『ドナルド、立ち位置ズレとる。そこ立ったら、我が中心でなくなる』
『すまんジンピン。バランスとるわ』
『ジンピン、本当に中心にだけはこだわるなぁ』
『ウラジィ。我は中華であるから、中心であることだけが大事なのである』
『ジンピンよ。自分が中心だったら他はなんでもええんか?』
『ええよ。なんせ中華だからな。中心でありさえすれば、ほかはどうでもええ』
『ええんかい!』
ギャハハハハハハハハ
『我はそれほどの中華であるからこそ、ハワイの領有権すら主張できるのである』
『でもそれしたら中心ズレないか?』
『だからこそ、ウクライナあたりまで領有権を主張してバランスを取るのである』
『やめてや』
ギャハハハハハハハハ
------------------------------------------------------
アメリカと中国とロシアの代表者のそっくりさん達が、シャレにならないアブないネタでハジケるトリオ。グループ名【太平洋野郎共】。
笑えないけど面白いと、最近テレビで大人気。
くだらないと思いつつも、つい見てしまう魅力がある。
「マナと、ジョン=スミスは何してるの?」
「倉庫で本の仕分けです」
寂しそうにしているキナさんの質問に俺が応える。
3人娘とジョン=スミスは最近夕食時に家に居ないことも多い。だからこそ、針山家の母親係であるキナさんとしては、家の中に居る時はなるべくダイニングに揃っていて欲しいそうだ。
そして、何故倉庫にそうまでして仕分けるほどの本があるかというと、数日前に起きた大手通販サイトへのサイバー攻撃のせいだ。
資金源は不明だけど、日本中のご家庭に注文していない書籍がランダムに大量に配達されるという珍事件が発生。利便性を追求した社会の脆さとして、ニュースで話題になっている。
この近所のご家庭にもいらない書籍が大量に届いており、処分を引き受けたアンナが軽トラで集めてきた。
古紙業者にまとめて売るつもりだったけど、書籍の中にはマナの好きなジャンルの書籍が多数あるとのことで、コレクションに加える分を仕分けするまで処分を保留にした。
マナの趣味がどんな本なのかはよく分からないが、ジョン=スミスもそのジャンルが好きなようで、二人とも山ほどある本に夢中だ。
仲が良いのはいいことだ。
相変わらずHMDを外さないジョン=スミス。実質【誘拐】してきた正体不明の青年だけど、今のところ問題は起きていない。
仕事も生活も順調。充実した日常。
こんな日々がいつまでも続けばいいなぁ。
そして、いつかはモテたいなぁ。
そういえば、あのお嬢様は今何処でどうしてるんだろう。
何時会えるか分からないけど、次会った時にはあの時の失礼を謝ろう。
●オマケ解説●
【モスクハン有限会社】の所在地は三重県らしい。観光名所はたくさんあるよ。
そして、窒化チタンコーティングの一般的な色合いは金色。
鋼色であった【鋼鉄の喪女】は、黄金色に輝く【永遠の喪女】へと進化した。
最初は鋼鉄製フィギュアのはずだったけど、何処に向かって進化したのかは不明。
売上もそれなりに上がって、社長も助かった。これでしばらく安泰だ。
仕事も生活も順調に回り出した、楽しくて平和な日常。そういう時には忘れていたことを思い出したりする。
さて、あのお嬢様はどうなっているのやら。
※ポイントクレクレ記述
今更になって【お見合い】相手を思い出す男がひどいと思った、思い出す人も思い出してくれる人もいない【孤独喪女】の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は誰にも思い出されず孤独に消える【喪女】の皆さんを心の中で供養します。
【ひどい】は最高の誉め言葉!