6-1 インダストリー4.0の光
最初の大型物件【鋼鉄の喪女】を納品してから3カ月。紆余曲折あったけど、【株式会社針山加工】の一人社長として経営を軌道に乗せることができた俺は、社長兼、加工職人。
金切ゴウ 27歳 そろそろモテたい8月生まれ
【鋼鉄の喪女】の後も、アンナが散発的に取って来る受注により、借入金の毎月の返済を賄うことができた。
特に、例の【金型鋼】の試験片から作った【スローイングナイフ】は高く売れた。凶器になり得る物の製作は躊躇したけど、販売先の安全はアンナが保証するとのことだったので、最終的に5本作って納品した。
それとは別に、元勤務先の【山田工業株式会社】からも、継続的な仕事がもらえた。
【山田工業株式会社】は6月末の株主総会の直後、株価が3分の1まで暴落。そして7月初旬に製造業からの撤退とメンテナンスサービスへの特化という事業転換を発表。
競合他社とメンテナンスサービスを請け負う形で提携という、前代未聞の方針転換で市場を驚かせた。
それを可能にした新技術が【行動支援型AI】。
AIと連携した専用のHMDを装着することで、機械弄りをある程度できる人ならだれでもベテランメンテナンス員になれるものだ。
別件で打ち合わせに行ったときに俺も試させてもらった。
対象機械を視野に入れるだけで、内部構造や整備方法案と必要な補修部品の価格と納期が表示される。整備作業中も、作業指示や注意が必要な場所がリアルタイムで表示されるので、指示に従っているだけで整備と点検ができてしまう。
それはそれですごいと思ったけど、それ以上にオマケ機能としてついている【会話支援】機能が面白かった。相手を視野に収めると、表情と、その人の前後のスケジュール情報と、過去の会話記録から、この場での望ましい発言の台本が瞬時に表示されるというものだ。
口下手な新人が、機械を修理した後の説明でお客様を怒らせないために付けたそうだけど、カスハラ予防の効果もあり好評だとか。
正直、【お見合い】の時にこれが欲しかった。
そして俺の【株式会社針山加工】が、メンテナンス事業に舵を切った【山田工業株式会社】から貰った仕事は、各社の旧型機械の補修部品の製作。
工業製品が運転を続けるためには消耗部品や補修部品を定期交換する必要がある。だから、製品メーカーは製造を終了した旧型の製品に対しても補修部品を供給し続ける。
しかし、そんなことをいつまでも続けていると、旧型製品の補修部品製造維持で利益を圧迫するので、何処かで打ち切る必要がある。
だいたい、製品の製造終了後十数年ぐらいで打ち切る場合が多い。
でも、その旧型製品を気に入っていて長く使いたいお客様が居る場合もある。
メーカー各社は、そういうお客様への対応が悩みの種であったが、【山田工業株式会社】は【インダストリー4.0】の概念をメンテナンス事業に応用することで、その課題を解決した。
補修部品の設計情報をメーカ各社から集めて整理し、製造業時代に培った協力会社とのネットワークを駆使して、必要な時に必要な部品を必要な数だけ製造する体制を造り上げたのだ。
【株式会社針山加工】が受託するのは、特に精密な加工が必要な鋼鉄製の部品。
システムは高度にIT化されており、端末で製造依頼を確認し、それの受託処理をすると、加工データと材料が届く。俺は届いた材料で【マシニングセンタ】か、手加工で加工して製作し検査する。
検査結果と共に製作完了連絡を入れると協力物流会社が引き取りに来るので、引き渡して次の加工、鍍金か塗装か熱処理の工場に運ばれる。
俺は加工に専念できるし、売れる分しか作らない分加工単価も高い。補修用部品は安定して需要があるから、借入金返済と会社の運営ができるぐらいの収益が得られるようになった。
今日納期の分の引き渡しを終えて明日の仕事を確認していたら、一応定めた終業時刻が来た。
ちょっと息抜きでもしようと、太田さんの投稿小説の新着分を確認。
------------------------------------------------------
【魔法喪女は大空を彷徨ってばかりはいられない】
世界を守るために、婚期を逃してまで日々人生の不条理と戦う【魔法喪女】。
デキ婚する後輩の結婚式に出席した時に言われた一言【先輩はなんで結婚しないんですか?】に無い胸を深く抉られ、帰宅後に泣き崩れた。
その時に吐いた【しないじゃなくてできないんだ】という禁断の呪詛の力により、新たなる喪奥義【喪女心の翼】に覚醒。
空を飛べるならば、やらねばならないことがある。
そう決意した【魔法喪女】は、狭い心と反比例する広い翼で大空へと飛び立ち、巡航中の小牧空港発沖縄行きの小型旅客機を追尾。
新婚旅行に向かう後輩夫婦にあの一言のお礼をすべく、喪奥義【喪女迷走詰み人生】を航空機の航法装置に対して発動。
目的地を勝手にハワイに変更。進路を東に変えた小型旅客機の追尾を継続し、南鳥島北北東100kmの太平洋上に燃料切れで墜落するところを見留けた。
「【喪女】にアレ言って、【産休】取れると思うなよ」
洋上に浮く機体の残骸を見てニヒルな笑みを浮かべながら【魔法喪女】は帰路に就く。日本列島から随分離れてしまったが、【喪女心の翼】に航続距離の制約はない。
【喪女】は何時までも飛び続けることができる。
何故なら、【喪女】の人生に、着地点なんて無いのだから。
ありがとう【魔法喪女】。
------------------------------------------------------
相変わらず無茶苦茶だ。
でも、このエピソードからPVが急上昇してランキング上位に入ってる。共感できる人多いのかな。
感想欄に、【あの決め台詞】を絶賛する自称喪女からのコメントがあふれているところに【闇】を感じる。
モテないと嘆いて【喪女】とか自虐する前に、身近な出会いから交流を深める努力が必要だろうとツッコミたい。
そんな感じで休憩していたら、事務所にアンナが来た。
「ゴウさん。鋼鉄を錆びないようにする方法って、何かないかな」
「うーん。塗装するとか、鍍金するとかかなぁ。何を加工したいんだ?」
アンナが持ち込む仕事も結構儲かるので、加工以外のことでもできる範囲で相談に乗ることにしている。
「前作った【スローイングナイフ】だけど、防錆加工が欲しいって頼まれた」
「あー、あのナイフかぁ。確かに、ナイフとして使うなら、防錆油を塗らないと錆びるのは不便だな」
ナイフに使うなら、防錆塗装は剥がれるから不向きだ。
使える方法の心当たりを探していたら、急に窓の外が暗くなってきた。
また夕立かな?
今年はなぜだか、この地域で線状降水帯が頻繁に発生して、落雷や洪水がたびたび起きている。そのうち土砂災害に繋がらないか心配だ。
「あと、オタさんに納めたアレも」
ドゴォォォォォォォォン ガシャァァァァァン
「!?」
アンナが何かを言いかけた時、窓の外から閃光と同時に轟音。そして停電。
「何? 落雷?」
「停電した! ヤバイ! 【マシニングセンタ】が!」
…………
外はとんでもない大雨で、日没まで時間はあるはずなのに空は真っ暗。
停電が復旧せず真っ暗になったダイニングに、バッテリ式のカンテラを置いて皆で集まり夕食を食べる。
キナさんと、3人娘とジョン=スミスと、俺と。そして、さっき事務所に来た太田さん。
「アンタ、加工の方は大丈夫だった?」
「えぇ、非常停止が正常に機能したので、ダメージありません。復電したら再開できます」
全員無事に集まった後で、対面に座るキナさんが仕事の心配をしてくれた。
「でも、さっきの雷近かったね。何処に落ちたんだろう」
「あー、ウチです。倉庫建屋の避雷針に直撃雷を喰らいました。それで、ジョン=スミスが心配になってこっち来ました」
マナの疑問に太田さんが答える。近いと思ったら太田さんの所に落ちたのか。
「ボクは、大丈夫。ですよ。ちょっと回線 ほそいけど、支障ありません」
「それは良かった」
HMDを付けたジョン=スミスがいつもよりも片言で応える。もしかしてコイツ、最初から【行動支援型AI】の【会話支援】機能で喋ってたのか?
よく見たら、HMDも【山田工業株式会社】のアレに似てるし。
「オタさん。なんか酒臭いけど、雷が落ちた時。何してたの?」
アンナが謎の質問を投げた。確かに太田さんからは微かに酒と油の臭いがする。
「激安で買ったお酒を飲みながら【鋼鉄の喪女】を磨いてたよ。今日はお尻のあたりを念入りに」
キナさんと3人娘が震えだした。
「まさか、6月からの異常気象って……」
「考えたくないけど、あの【金型鋼】から作ってるから……」
「これは、ちょっと、何とかしたほうがいいかも……」
もしかして、【鋼鉄の喪女】の祟りとか、そんな話かな。
なにそれこわい。
夕食を食べ終わったアンナが、太田さんの席の近くに行った。商談モードだ。
「あの、オタさん最近忙しいよね。磨かなくても錆びなくなる加工とか、どうかな?」
「えー。うなじとか胸とか腰とかお尻とかの【まろみ】を堪能しながら磨くのが、毎日の楽しみなんだけど」
なんか、本当に祟りな気がしてきた。
「オタさん……。それ、【セクハラ】に近いんじゃぁ……」
「フィギュアに【セクハラ】は適用されないよ。ミナちゃん」 キリッ
バチィィィィィィィィィン ドシャァァァァァ
あー、太田さんまた間違えて平手打ちで椅子ごと吹っ飛ばされたー。
「アンナよ。なんで私を間違えるかな。一緒に居る時間一番長いでしょ」
「ご、ごめん。アンナちゃん……」
「それで、【防錆加工】と私の【拳】。オタさんどっちがいい?」
「【防錆加工】でお願いします」 ガクッ
アンナは【鋼鉄の喪女】の【防錆加工】を受注した。たぶんその仕事は俺の所に回って来る。
だとしたら、一応聞いておきたいことはある。
「アンナ。まさかとは思うけど、太田さんとの商談って毎回こうなのか?」
「【拳】は万能。商談にも使える」 シャキーン
どぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
●オマケ解説●
産業用機械の寿命は30年を超えることもある。大事に長く使ってくれるのは製造する側としては嬉しいけど、補修部品の供給を考えると頭が痛い。
歴代の商品の補修用部品を全部在庫なんてしていたら、倉庫パンパンで物流部の部長は激おこに。それに、ゴムや樹脂部品は経年劣化もするから、何十年も在庫しておくのは難しい。
その反面、補修用部品なら部品単価ある程度上がっても問題ない場合が多いので、協力業者の力をITで束ねて互換部品を都度製造というブレイクスルー。
樹脂部品は切削でいける。ゴム部品は、使い捨てのゴム金型で都度製造。
社長が公開リンチされていたこの会社。そんなシステム構築する技術が一体何処から出てきたのやら。
※ポイントクレクレ記述
鋼鉄の像に【セクハラ】をするオタがひどいと思った、もはや【セクハラ】の対象としても見られない勤続年数の長いアラフォー喪独女の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は【セクハラは 家に帰って 妻にする】と、一句読むかもしれません。
【ひどい】は最高の誉め言葉!