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5―4 義理堅い社長とひとり総会屋

 最寄駅前の催事場の大会議室で行われている山田工業の株主総会。一通りのプレゼンが終わった後で、壇上に立つ山田社長に対し株主の一人から厳しい指摘が出た。


「社長! 御社の経営方針と中期目標が激しくイミフです」

「えーと、どのような点で、意味不明でしょうか」


 株主席で起立しマイクを受け取り喋るのは、大きなHMDヘッドマウンドディスプレイを装着した、スーツ姿の身長170cm程度の細身の青年。


「御社の主力事業は、工場向けのコンプレッサとその技術を応用した移送機械の製造販売。あとは、メンテナンスサービスで、主要な商圏は国内ですよね」

「その通りです」


 青年は威圧交じりのよく通る声で社長に対して堂々と話す。

 それに応える社長は少し物怖じしている。


「国内市場が縮小する中で、売上は右肩上がりの成長を描いていますが、これはどのように実現するおつもりでしょうか」

「主力事業において、我が社のシェアは国内第6位で5%程度。市場全体が縮小したとしても、営業戦略次第でシェア拡大すれば成長余力は十分にあります」


「営業でも商品でもガッツリ負けて、国内6位のシェア5%なんですよ。それを勝ちに持っていく具体策何かありますか?」

「先程も説明しました通り、開発部にて市場投入を目指した新技術開発を進めています」


「その技術開発がチグハグってこと、気付いていますか? 公開された御社の特許がもうテラヒドスです」

「特許が?」


 当然社長は特許の意味は知っている。製品に搭載される新技術を期間限定で独占できる、製造業にとっては非常に重要な物だ。

 だから、ここ数年は開発部に出願件数のノルマを課して出願数を増やす活動を行っていた。


「ノウハウとして秘匿したほうがいいモノが出てたり、違う発明者から似たような内容が同時期に出願されたり、同じ発明者が年度単位で違う分野の出願したりと、開発体制がヒドスなことが社外にもバレバレです。そして、有望な技術の発明者がここ4年で17名も他社に引き抜かれてること気付いてますか?」

「え……と……」


 特許というのは、公開と引き換えの独占利用権。出願した特許は、権利化有無にかかわらず1年半後には公開される。だから、製造に関するノウハウなど外に出す必要のない技術については、出願をしないのが一般的である。


 また、発明の内容と共に発明者の氏名も公開される。つまり、その発明に関する開発テーマに投入された人数や担当者が社外からも分かる。そして、複数の特許を照合すれば、中心人物も分かってしまう。

 技術者の引き抜きは、そのような情報から行われるのである。


「それに、競合他社も技術開発はしてるんです。少しづつ効率や機能も商品面で進歩してるんです。なのに、御社の主力機種。モデルチェンジ何年前ですか?」

「最新のフルモデルチェンジは6年前です。でも、産業用機械は寿命が長いので、民生品ほど頻繁にモデルチェンジはしないものですよ」


「では、シェア一位のメーカーの最新機種発売はいつですか?」

「えーと……」


「把握してないんでしょうね。今年の4月ですよ。シェア上位の会社はね、コア部分は流用する場合多いけど、整備性向上や遠隔監視機能の追加等で付加価値を高めつつ、性能を維持した形での細かいコストダウンを組み込んだマイナーチェンジを絶え間なく行っているんです。そこからシェア取る具体策ありますか?」

「それは、現場密着のメンテンナンス員への信頼と、営業の改善と努力で対応します」


「その現場も御社が製品で負けてるのを知って愛想尽かしてますよ。この2年で、営業担当者が9名、メンテナンス員が30名が転職したこと把握してますか?」

「現場の離職率の高さは問題視しているので、先程も説明しましたが、定着率向上のための福利厚生を」


「違うでしょ! 御社は元々福利厚生は充実してて、給料水準も業界他社と比べて高いです。それでも人が辞めていくってことは、どういうことかよーく考えてください」


…………


 HMDヘッドマウンドディスプレイを付けた青年による社長の公開リンチは、株主総会終了の時間まで続いた。

 げんなりした株主を見送って会場を片づけた後、山田社長とHMDヘッドマウンドディスプレイの青年と鈴木部長は、料亭の個室に集まっていた。


「率直に聞く。君は、一体何者だ?」

「通りすがりの【株主】ですよ」


 疲れ切った山田社長の問いにしれっと応える青年。HMDヘッドマウンドディスプレイは着けたままだ。


「その、HMDヘッドマウンドディスプレイ。もしかして弊社の機材じゃないのか?」

「まぁ、兄弟機種ではありますね。そこはあまり突っ込まないでください」


 急遽呼び出された鈴木部長の指摘を、青年はしれっとかわす。


「その……。結局、我が社はどうすればいいんだ……」


 社長らしからぬ発言をするほどに、山田社長は疲れ切っていた。


 株主総会の場で、このままの経営路線だと2年以内に赤字転落、6年以内に倒産すると断言された。示された明確な予測値とシナリオに対して全く反論ができず、参加した株主達から白い目線を浴びた。

 動画配信サイトでライブ配信もしていたから、週明けには株価が落ちることは確定だ。


「マトモに経営すればいいんですよ」

「はぁ? 今まで経営はマトモにして来たぞ」


「株主の前で6年以内に潰れると言われて、反論できないような経営がマトモなわけないでしょう。まだわかりませんか?」

「うっ。確かに、その通りだ……」


 うなだれる社長。

 自宅から公開リンチのライブ配信を見ていた鈴木部長も、かける言葉が見つからない。


「方針転換ですよ。コンプレッサ事業を始めとする製造業からの撤退と、メンテナンス事業への特化」

「そんな! 主力事業を捨てて、どうやって稼げと」


「御社はもう商品技術では稼げません。社長交代以降の無計画な人事で、貴重な人財と共に創業以来蓄積されたノウハウは逸散してしまいました」

「確かに、【現場第一主義】や【多能工育成】の方針で、技術者に現場を経験させる配置転換を行っていた。それが裏目に出ていたんだな……」


 そんな中で先月中旬に発生した【ワイパー型マルウェア】事件は、密かに【山田工業株式会社】の技術開発能力に止めを刺していた。


 社内混乱収束のため、開発部に居るベテラン社員を製造や販売業務の支援に配置転換した。その結果、データを全て失った開発部に、即戦力にならない若手社員だけが残された。

 それから1カ月。開発部は転職組と社内ニート組に二分されて機能不全となった。


 株主総会よりも前に、【山田工業株式会社】は製造業としての未来を失っていたのである。


「デタラメ無計画な場当たり経営の中で、イレギュラー的に産まれた技術、【行動支援型AI】があるでしょう。アレを応用すれば、メンテナンス事業でワンチャンスあります」

「【行動支援型AI】? なんだそれは」


「社長。開発部に居た神槍かみやり氏が開発した、メンテナンス支援用AIシステムです。あれを応用すれば、新人でもベテランメンテナンス員になれるというアレです」

「あー……。あの大男か。何か作っていると聞いてはいたが、休み明けにでも担当者を呼び出して、概要を確認しよう」


 神槍かみやりソウスケは社内発明表彰を直近6年連続で受賞していたため、表彰式に毎回参加していた社長は覚えていた。


「社長。神槍かみやり氏は退職しています。そして、先日亡くなりました」

「なんだと! それで、技術を引き継いでいる後任者は居るのか?」


 鈴木部長は【行動支援型AI】の可能性に気付いていた。だから、秘密裏に退職済みの神槍かみやりソウスケとコンタクトを取ろうともしていた。しかし、神槍かみやりソウスケは自宅の火災で死亡。

 誰かが技術を引き継いでいないかと、社内を探っていたが、どういうわけか彼と一緒に仕事をした人間は軒並み退職していた。

 技術資料はイレギュラーな方法で入手はできたが、社内にそれを理解できる技術者は居なかった。


「残念ながら、彼の技術を引き継いでいる者は居ません。育てた部下は多かったのですが……」

「あの大男。やりたい放題やった上に引継ぎもせずに退職したのか! 開発部は何をしていたんだ!」


 社長の発言を聞いて、青年は笑い出した。


「ぬはははは。ぜーんぶ社長のせいですよ。営業所で欠員出た時、若くて優秀だからって、あの人の部下を何人も転勤させたでしょう。彼等はスキル高いから、本社離れた後すぐに転職しましたよ」

「なんてこったぁぁぁぁぁ!」


 若者に原因を指摘され、社長は頭を抱えた。

 営業所で欠員が出ると営業活動にも支障が出る。そうなると、直近の売上目標達成が難しくなる。

 開発部の欠員は当面の売り上げに影響は出ないから、開発部から営業所への欠員補充は仕方ないと考えていた。しかし、その繰り返しが有望な技術の継承を断ち切り、会社の未来を脅かしていたことまで考えが及んでいなかった。


「まぁ、でも、アレの技術資料を解読できる人に心当たりがあります。社外になりますが、アポ取りますか?」

「社外か……。やむおえんだろう。よろしく頼む」


「では、月曜日の午後3時半に、御社に向かうように手配します」

「了解した。人を集めておこう」


 社長はその時間予定が入っていたが、全部キャンセルして打ち合わせに参加しようと決めた。


「そして、今更だが、君の名前を聞いてなかったな」

「ボクの事は【ジョン=スミス】とでも呼んでください」

●オマケ解説●

 上場している株式会社っていうのは、売り上げが下がることは許されない。だから、市場全体が縮小していても、シェア拡大と新市場開拓で右肩上がりの売り上げ目標を立てるのが常である。


 だからって、できる見通しの立たない数字を出しちゃいけないのが経営者。責任取れない数字を出した社長の末路は株主総会でフルボッコ。


 経営者ってのは大変なんです。


<第五章 参考資料>

・わかる! 使える! マシニングセンタ入門-<基礎知識><段取り><実作業> ISBN978-4526077722

・カラー図解 鉄と鉄鋼がわかる本 新日鉄住金株式会社 ISBN978-4534038357

・わかる! 使える! 熱処理入門<基礎知識><段取り><実作業> 田原 譲 ISBN978-4526079177

・経営の失敗学: ビジネスの成功確率を上げる 菅野寛 ISBN978-4532319519

・「経営の定石」の失敗学 傾く企業の驚くべき共通点 小林忍 ISBN978-4799320181

・「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする? 上村紀夫 ISBN978-4295403951


※ポイントクレクレ記述

 場当たり的な人事異動を繰り返していた社長がひどいと思った、各部署をたらいまわしにされている、勤続年数が長い正社員の高齢独喪女の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は【こんな作品を書いてるのが勤め先にバレたらどうしよう】と真面目に怯えるかもしれません。


【ひどい】は最高の誉め言葉!

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