5-3 鋼鉄の喪女 誕生
【鋼鉄の喪女】計画が始動してから4日後の夕方。切削加工全体のGコードが完成し、【マシニングセンタ】の2号機は初仕事を開始した。
複雑な形状のGコードの作成は難儀だったけど、太田さんの呼びかけに応じた多くの技術者達の協力により、短期間で完成することができた。
参加してくれた技術者の中には、マシニングセンタのメーカーや、CADやCAMソフトのメーカーの人も混じっていたようで、メーカーの垣根を越えた共同開発の副産物として、オープンソースのCADとCAMができてしまったとか。
加工開始を確認した太田さんが帰った後。
連日の深夜残業の疲れがどっと出て、5人で事務所でぐったりしていたらキナさんが帰ってきた。
「ただいまー。って、皆疲れてるわね。仕事は順調?」
「おかえりなさいキナさん。なんとか加工開始までいけましたよ。丸10日がかりで削ります」
端末の画面に【鋼鉄の喪女】の3Dプレビューを出したら、キナさんはそれを見て驚いた。
「まるで【女神像】ね。こんな形の削り出しができるなんてスゴイじゃない」
「【5軸マシニングセンタ】の性能と、太田さんの執念の賜物ですよ」
このプロジェクト。リモートで参加した人加えたら、延べ人数100人超えるな。
「でも、権利関係大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。このキャラクターは太田さんの投稿小説のキャラクターですから」
「【著作権】じゃなくて【肖像権】の方よ。コレ、明らかに実在の誰かをモデルにしてるでしょ」
「あっ……」
マシニングセンタは、通常より遅いペースでワークの粗削りを続ける。
切削完了まで10日。【喪女神様】にされてしまった誰かが、鋼鉄の姿で顕現する。
◆◇◇◇
鉄というのは、身近でありながらすごくオモシロイ材料だ。異なる金属を混ぜて合金とすることで、いろいろな性質を得ることができる。
ニッケルを混ぜればステンレス、クロムを混ぜれば金型鋼、タングステンを混ぜれば高速度工具鋼のように、多種多様な鉄系合金は生活や産業の中で活用されている。
でも、大切なのは成分だけじゃない。必要な性質の得るために重要なのが【熱処理】だ。
炭素を含む鉄は、適切な条件で加熱と冷却をすることで、結晶状態を最適化して硬度や強度を上げることができる。通称【焼き入れ】というもので、そうやって処理した鉄は【鋼】と呼ばれる。
【鋼鉄の喪女】は彫像なので、本来なら【焼き入れ】は不要。なまくらで完成でも良かったけど、とことんこだわる太田さんの意向により【熱処理】を行う流れとなった。
でも、素性の分からない材料の熱処理は危険を伴う。下手をすると変形したり割れたりする。だから俺は、加工前の【金型鋼】から【試験片】を切り出して、前職でお世話になった隣町の熱処理専門会社【吉野熱処理有限会社】に処理条件の設定を依頼していた。
定年退職直前の熱処理職人さん達がこの鉄に興味を示してくれて、短期間で成分分析と処理条件の作成をしてくれた。
この辺ではちょっと有名な熱処理職人さん。ゲンさん、ゴンさん、ガンさん。
通称【熱い三連星】
お代はいいから試験片が欲しいと言われたので、板状に切り出した試験片を各一枚進呈した。
切削加工よりも前に熱処理条件の準備ができていたので、削り出した【鋼鉄の喪女】を【吉野熱処理有限会社】に引き渡したのが3日前。
熱処理終了の連絡を受けて、レンタカーのトラックとバンに分乗して皆で引き取りに来たら、トラブル発生。
「熱処理炉の扉が開かねぇ!」
「なんでだ! ロックは解除されてるだろ!」
「圧力も均圧。温度も常温。開くはずなのに!」
【熱い三連星】のおじいちゃん達が、【鋼鉄の喪女】が入っている大型の熱処理炉の扉を開けようと四苦八苦しているが、どうやっても開かない。
【吉野熱処理有限会社】の社員24名が総出で奮戦するも、開かず。
「これは、【宴会】をすればいいんじゃないでしょうか」
連れて来たジョン=スミスが無体な事を言い出した。
コイツは相変わらずHMDは外さないけど、最近は普通に喋るようになっていて、当たり前のように針山家に居候している。
「あぁ、【女神様】が出てこなくなった時にするアレかぁ。案外いいかもね」
注文主の太田さんも同調。それは何処の【女神様】だ。
でも、全員手詰まりだし、炉を空けないと次の仕事もできない。
半ばヤケクソで【吉野熱処理有限会社】は臨時休業として、熱処理炉の前にテーブルを並べて全員で【宴会】をすることに。
…………
3人娘が巫女服姿で祓串を持って、熱処理炉の前で舞っている。
その姿を皆で見ながら、定年退職する【熱い三連星】の送別会となった宴会を楽しむ。費用は全部太田さん持ちだ。
ゲンさん、ゴンさん、ガンさんがそれぞれ、長い社歴での思い出と、会社への感謝と、若い人達へのメッセージを語り、会場から拍手が上がる。
そんな昼間の飲み会に参加しつつ、テーブル対面に居るキナさんに、今更だけど気になっていたことを聞いてみた。
「加工開始前に出かけていましたが、何処に行ってたんですか?」
「病院よ。ペースメーカーを交換してきたの」
ペースメーカーって心臓が悪くなった時に入れるっていうアレか。そんな物入れてたんだ。
「もしかして、それも妊娠中の無理の影響ですか?」
「そうよ。1回交換してたけど、前入れてた機械は1年前に耐用年数が切れててね。動作が不安定になってたの」
たびたび息切れしていた原因はそれか。
「そんな。何で早く交換しなかったんですか? 危ないでしょう」
「お金が無かったのよ。まぁ、娘達も成人したし、会社も社長を交代できたし、もうギンジさんの所に行ってもいいかなと思ってたけど、アンナが手術の手配をしてくれたおかげで間に合ったわ」
アンナが【個人事業主】で得た利益をどうしていたかは密かに気になってはいたけど、キナさんのペースメーカーの交換資金を貯めていたのか。そして、太田さんから【鋼鉄の喪女】を受注したことで、必要額が集まったのか。
俺の知らないところで、俺以上に重大な仕事をしていたんだな。
「お金のことは俺が何とかするから、長生きしてください【師匠】」
「……私の【維持費】は高いわよ。次は腎臓が危ないってね」
そのぐらい、なんとでもしますよ。
「開いたぞ!」
声のする方を見たら、大型熱処理炉のスライド式のドアがゆっくりと開いていくのが見えた。
扉の前で3人娘が横一列に並んで祓串を掲げて頭を下げている。
そして、扉が全開になり、会場から歓声が上がる。
【鋼鉄の喪女@熱処理完了】爆誕。
足にはブーツ、上下はニットのセーターとサルエルパンツと着用し、胸に一升瓶を抱き締めた、お団子ヘアのカジュアルコーディネートな日本人女性の1/2スケールの彫像。
慈愛と達観に満ちた微笑みで何処か遠くを見つめる御顔は、神々しさの中にも憐れみを含む。
その御姿は崖っぷちを象った台座の上に直立しており、台座の下部には【選ばれないからこそ喪女なんだ】という謎の文言が刻まれている。
熱処理炉の中で鋼色に輝く神々しい御姿を前に、誰に言われるまでもなく、会場内全員が起立して深く頭を下げた。
…………
重量98kgの鋼鉄の彫像【鋼鉄の喪女】。
3人娘の手により炉内から運び出され、【吉野熱処理有限会社】の検査部メンバーにより浸透探傷試験とショア硬さ測定による品質検査。
複雑な形状ながらも、ひび割れなしで【熱処理】は成功。表面硬度は高速度工具鋼を越える超硬度に達していた。
そして、【木枠梱包】して注文主の太田さんに引き渡し。ガンさんから太田さんに注意事項の伝達があるとのことで、現物を前に説明会。
「焼き入れで工具よりも硬くなった。もうドリルの刃も立たんからな。追加工は無理だぞ」
「どんな男にも貫けないぐらい【身持ちが固い】ということですね」
「……この材料は錆びやすい。このまま飾るなら、防錆油で頻繁に磨く必要があるから気を付けてくれよ」
「【女を磨く】必要があるんですね。それを怠ると【女が錆びる】んですね。僕、頑張って毎日磨きます」
「…………まぁ、後生大事にしてやってくれ。処分しようにも破壊自体困難だし、コレは、どこのスクラップ屋に頼んでも間違いなく引き取りを拒否するからな」
「【引き取り手が無い】ということですね。【喪女】としてこの上なくスバラシイ仕上がりです。僕だけの【喪女神様】として一生大事にします」
何処がツボなのかわからないけど、太田さんはすごく嬉しそう。
ガンさんは、げんなりしつつも説明を終えたようだ。
だったら、俺からも【社長】として伝えるべきことを伝えておこう。
「引き渡しに際して、【著作権】や【肖像権】に関連する免責について【同意書】に一筆サインを頂けないでしょうか」
当社では【責任】を取れないぐらいの【喪女】に仕上がってしまった。
●オマケ解説●
ついに姿を現した【鋼鉄の喪女】。太田さんの投稿小説【魔法喪女】シリーズの主人公を象った鋼鉄製大型フィギュア。
でも、フィギュアって拝むものじゃないよね。
あと、それのモデルは一体誰? ちゃんと許可取った?
疑問はいろいろあるけれど、注文主は満足して、一筆頂いて検収は完了。まぁ、初の大型物件としては成功なんじゃないでしょうか。
※ポイントクレクレ記述
注文主の太田さんが語る【喪女】のイメージがひどいと思った、女磨きを続ける身持ちが固くて錆びかけの引き取り手が無い喪女の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は責任は取れないけど心の中で拝みます。
【ひどい】は最高の誉め言葉!




