1-1 ハイスぺ婚活男の光
月曜朝に早めに出勤し、始業時刻前のメールチェックをしながら、昨日の【お見合い】の達成感の余韻に浸る俺は、モテる事を夢見て働くサラリーマン。
金切ゴウ 26歳 モテたい独身。
サラリーマンをしている俺だけど、実家は家族経営の町工場で、親父は一人っ子の俺を跡取りにするために中学生の頃から技術を伝授してくれた。
でも俺は【大企業の正社員】となるため、大学卒業と同時に就職で県外に飛び出した。親不孝かとは思ったけど俺は人生の夢を叶えることを優先した。
【モテたい】という夢を!
収入や社会保障が不安定な【自営業】よりも【大企業の正社員】の方が確実にモテる。そう考えて、知名度の高い大手機械メーカーに応募して新卒採用。
俺の配属先は購買部。製造下請け会社から製品に使うための部品や材料を購入する部署だ。町工場出身で機械加工の実務経験もある俺はこの仕事に向いていた。
取引先の社長さんとは馬が合うし、図面を見れば加工が難しい場所も分かるから、設計者にコストダウンのアドバイスもできる。そうやって楽しく仕事をしていたら、勤続4年で係長に抜擢されてちょっと出世コースな感じにもなった。
役職手当込みで年収も500万を超えて初級の【婚活条件】を満たしたので、人生の夢を叶えるべく上司から紹介された女性と【お見合い】に挑戦した。
交際とかそのへんはよくわからないけど、若い娘を【昭和ボケ】の価値観から救うことが出来たから、初戦の戦果としては上々だろう。
「先輩。おはようございます……」
「ああ、おはよう西川って! どうしたその顔!」
後輩の西川が事務所に入ってきたが、顔面に包帯を巻いて【不審者】みたいになってる。
「お見合いパーティで、ひどい目に遭いました……」
「いや、どんなパーティだよ。何したんだよ」
「僕にも、何が何だか……。なんか、【妖怪】みたいなものを見た気もします」
席に座った西川が、なんか遠い目をしてる。
「【専業主婦】希望の借金持ち40代にでも捕まったのか?」
お見合いパーティには、40代にもなって【専業主婦】を希望して高収入なイケメンを追い回す【妖怪廃スぺBBA】 が出没するという話も聞く。そんな怪物に遭遇してしまったのだろうか。
「なんだろう……。なんかもうよくわかりません……」
「今の時代、【専業主婦】の嫁が欲しいとか言っているから罰が当たったんじゃないか?」
後輩の西川はちょっと変わった男だ。
【男女平等】や【女性活躍推進】がスタンダードな今の時代、夫婦の共働きに対して否定的な意見を持っている。俺より年収が低いはずなのに、嫁は【専業主婦】がいいらしい。
女性から【働く権利】を奪うようなこと言ったら、いろんなところから怒られそうだと思うのだが。
「罰なんですかねぇ……。でも、現実的に、共働きって、戦艦二隻で艦隊編成するようなものですよ」
「例えが分かりにくいぞ。戦艦二隻なら強くていいじゃねぇか。最強夫婦だ」
「先輩……。戦艦って、弾も燃料も最低限しか積んでないんですよ。序盤の火力は強いけど、すぐに弾切れとガス欠ですよ」
「そんなの、たくさん積めばいいだろう」
「燃料と弾薬満載した状態で被弾したら誘爆ですよ。それに、過積載で重くなったら足が遅くなって標的ですよ。だからあえて積まないんですよ」
「じゃぁどうすればいいんだよ」
西川はミリヲタというわけではないが、たまに分かりにくい例え話を出してくる。でも、最終的には分かりやすくまとめたりするので侮れない。
「戦艦には補給艦が必要なんです。前線の後方に燃料と弾薬を積んだ補給艦を待機させておいて、戦闘終了後にはそこで補給を受けるんです」
「あー、その補給艦が、【専業主婦】という例えか?」
確かに、戦艦二隻って編成は補給を度外視しているな。序盤の火力は強いけど、弾切れとガス欠で自滅はあり得そう。これは夫婦に例えるとどうなるんだ?
「戦艦が補給艦を失ったら自滅する。戦闘力皆無な補給艦が前線に出てきたら足手まといになる。だから、信頼の下でお互いの適材適所で役割分担をする。それが【夫婦】のあるべき姿なんです」
「えらく【昭和】な理屈を力説するけど、弾切れガス欠で全滅した夫婦が身近にいるのか?」
「そうなんですよ。姉夫婦がまさに補給艦ナシの戦艦二隻編成状態で、高収入なのはいいんですが、二人バリバリ休みなく働いて……」
「そういえば、西川は実家暮らしだったな。姉夫婦の状況とか聞いてるんだ」
「仕事に家事に育児に、無補給で戦い続けたら姉が過労で倒れて、今、2歳になった子供と一緒に帰ってきて療養中なんです」
「戦艦、ドッグ入りしちゃったか。それで、もう一隻はどうなった?」
「共働きが続くこと前提で住宅ローン組んだとかで、旦那さん、返済資金工面のために仕事増やしたそうですが、無理が出てきているみたいで……」
「沈没寸前だな」
家事育児と仕事の両立なんてそんなに難しいことじゃないと思うけど、最近の女性はヤワになったのかな。
それに沈没寸前になったのは、艦隊編成よりも住宅ローンの借り方の問題だと思う。収益と有利子負債のバランスは大事だ。
「あれじゃぁ、【共働き】じゃなくて、【共倒れ】ですよ……」
キーンコーンカーンコーン
「始業だ。今日は社長朝礼だから、食堂行くぞ西川」
…………
月一回ぐらいのペースで、社長が全社員に近況や方針を含めた訓示を行う【社長朝礼】がある。いつもならリモートだけど今日は珍しく社長本人が来ていた。
生で社長を見たのは何カ月ぶりだろう。
『えー、皆さん、おはようございます』
壇上に立つ社長がマイクで挨拶。たまに面白いことを言う山田社長。今日はどんな話が出るかな。
『いよいよ新年度になりました。昨年度の業績の方は皆さんの頑張りのおかげで、目標を達成しました』
勤め先の山田工業株式会社は工場向け設備のメーカー。主力商品であるコンプレッサは国内シェア5番目で、頑丈さと定額制のメンテナンスサービスが主な売りだ。
購買部目線で見ると、昨年度は材料購入量が少なかったので売上動向がちょっと不安ではあったけど、目標達成できたなら安心だ。
『しかし、国内市場は縮小の方向。海外事業も拡販を進めてはいますが、もう少し時間がかかります。事業環境は厳しいので、社員皆さんは、より一層、経費節減、コストダウンを進めつつ、スピード感を持った仕事を心がけてください』
海外進出の方はあまり良い噂を聞かない。海外に工場が無いからどうしても競合他社と比べて不利になる。少子化の延長線上で国内市場の見通しは暗いから、これは密かな懸案意向だ。
40年以上も出生率低下が続いているのは、やっぱり女が我儘になったからだと、俺は思う。
…………
そして、昼休み。
取引先の町工場での打ち合わせが終わったら昼休みになったので、コンビニで弁当を買って会社近くの公園で食べてる。
午後からも別件の打ち合わせの予定があるから、あんまりゆっくりできない。
わりと忙しい俺。これも働いている実感。モテる男になるためにがんばるぞ。
「……ゴチソウサマ……」
上げ底容器のコンビニ弁当を完食。
正直ちょっと物足りないけど、物価上昇が激しい現在、コンビニだって原価低減が大変なんだ。理解しないとな。
容器を片づけながらも、今朝【不審者】みたいになっていた西川を思い出す。
お見合いパーティで【妖怪】を見たと言っていた。結局どんな【妖怪】だったのか聞けずじまいだったけど、ハイスぺイケメンを狙うアラフォーの【妖怪廃スぺBBA】に違いない。
そう考えて今日も食後の【日課】を始める。
弁当を片づけて私物のタブレットPCを取り出し、いつもの掲示板を開く。
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【最近の若い男は見る目が無い。女は40代が輝ける】
0001 20代に見られる40代婚活女子
20XX/04/13(月) 12:31:11.10 ID:NaNaSHI
無職40代の女です。専業主婦になりたいです。
婚活していますが、若い男から相手にされません。
本当に見る目が無いです。
借金して結婚相談所に通っているので、早く結婚して
夫に返済してもらわないといけないのに、どうすれば
若くて高収入なイケメンを捕まえることができるでしょうか。
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ターゲット確認! 西川の敵だ。駆逐してやる!
婚活市場で四十路BBAに需要無し! >書き込み
先ずは仕事しろ、世の中舐めんな >書き込み
男はBBAのATMじゃねぇ >書き込み
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0102 20代に見られる40代婚活女子
20XX/04/13(月) 12:45:28.37 ID:NaNaSHI
みんなひどいです。私は幸せになりたいだけなのに。
もう落ちます。
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「うはははは! 敵は取ったぞ西川! 【借金持ち四十路独身女】なんて俺の敵じゃねぇ! どこからでもかかってきやがれ!」
「呼んだ?」
「うぉっ!」
タブレットで掲示板に書き込みして達成感を味わっていたら、後ろからいきなり声をかけられた。
振り向いたら、スーツ姿の細身の女性。
「えー、どちら様でしょうか」
「【借金持ち四十路独身女】よ」
どぎゃぁぁぁぁぁぁぁ
●オマケ解説●
若い男の日常会話。人生観は人それぞれ。時代がどうあれ、自分が望むように生きたいと思う心は尊重されるべき。
夫婦というのは二人の間で納得ができるなら、どんな形でも成立する物です。そこに損得勘定は要りません。
だからと言って、40代で初婚狙うのは確かに厳しいけどね。
※ポイントクレクレ記述
育児をナメてるこの男がひどいと思った地獄のワンオペ育児経験者の方は、【ひどい】の証として★1評価をぶち込んでもらえると、作者はひどく喜びます。
【ひどい】は最高の誉め言葉!