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4-2 人生設計の闇

 アンナは昼から外出中。マナとミナは突如逃走した【弟】を追いかけたまま帰らず。キナさんと夕食を食べた後、いつものようにダイニングで一緒に軽くビールを飲む。


 夕食を作ってくれたキナさんには悪いけど、味がしなかった。

 今飲んでいるビールも味を感じない。


 今日見た神槍(かみやり)さん親子のことで頭がいっぱいだ。


「珍しく元気ないわね。資金繰り、うまくいかなかったの?」


 そういえば、資金繰りの事を忘れていた。それよりも神槍(かみやり)さんが言っていた言葉の意味が気になる。思い切ってキナさんに聞いてみることにした。


…………


「あー、そういう人に会っていたの。確かに、アンタみたいな素人が重度の【自閉症】の患者を見たらキツイでしょうね」


「神槍(かみやり)さん、父親として何もかも一人で背負っているみたいだったから、親族に頼れないのかって聞いたら、【想像力の欠如】だって笑われました」

「それは確かに【想像力の欠如】ね。ちょっと考えなさい」


「困っている時に助け合うのが家族でしょう」

「考えなさい。例えばアンタが仮に奇跡的にモテて、彼女ができて、結婚前提でその彼女の家に挨拶に行くという実現しなさそうな状況を想像してみなさい」


「仮にとか奇跡的にとか実現しなさそうとかその呪詛必要でしょうか。まぁ、彼女の両親や親族との挨拶ですね。スーツ着てお土産持って、彼女の実家にお邪魔しますね」

「そこで、下半身裸で床に糞尿垂れ流して紙を食べながら飛び跳ねている成人の重度自閉症患者を従弟(いとこ)として紹介されたら、その彼女との結婚に前向きになれるかしら」


 俺は、神槍(かみやり)さんの言っていた【想像力の欠如】の意味を理解した。


 せっかくモテたとしても、彼女ができたとしても、俺は、その彼女とご両親とその親族を自分の親に紹介できる自信がない。その従弟(いとこ)と、親族として生涯関わる覚悟ができない。


 そうか。重度の障碍者(しょうがいしゃ)は、つながりを持つことで親族の未来まで縛ってしまうんだ。

 だから、神槍(かみやり)さんは親族とのつながりを自ら絶っていたんだ。


「ようやく理解したようね。残酷だけど、神槍(かみやり)さんのような人にとってはこれが普通よ。ああいう人達は親族に頼れない。だから、わざわざ遠方に引っ越す人も居るわ」

「キナさん、随分詳しいですね。これも前職の経験ですか?」


「……そうよ。看護師として障碍児(しょうがいじ)向け児童養護施設の支援に行ったこともあるの。そこでその神槍(かみやり)さんみたいな親子をたくさん見たわ。親族を頼ろうとした人は居なかったし、一族から絶縁された人も居た」


 神槍(かみやり)さんは、真面目に生きていた。若い頃から着実に努力を重ねて、社内でも一流の技術者として活躍していた。かつては技術部門の出世コースに乗っていたらしいし、長身だからモテてもいたんだろう。

 そこで、普通に好きな女性と結婚して、子供を授かった。


 その先があったはずだ。その先に、幸せな未来を夢見ていたはずだ。

 それが許されても良かったはずだ。

 なのに、何故……。


「アンタ、顔に出てるわよ。可哀そうと思ってるでしょ。【他人事(ひとごと)】と思ってるでしょ」

「えっ?」


 テーブルの対面で缶酎ハイを開けたキナさんの目が怖い。何を言い出すつもりだ。


「【自閉症】は、原因不明で予防法も治療法も無い。つまり、アンタもそういう子供を授かる可能性があるってことよ。【他人事(ひとごと)】じゃないのよ」


 血の気が引いた。

 俺が、モテて、彼女ができて、結婚して、子供を授かって……。

 でも、生まれた子供が【自閉症】で、糞尿垂れ流しながら、奇声を上げながら飛び跳ねる。

 未来への希望も親族とのつながりも断ち切られて、し尿臭にまみれながら孤独な余生を送る。


「そんな、そんな人生……」

「イヤでしょうね。だけど、アンタがそうなる可能性は消せないのよ。それが、子供を授かるってことなの」


 考えたことも無かった。モテて、結婚した先には、当たり前のように普通の子供を授かって、母になった妻と一緒に子供を育てて、いずれその子が独り立ちするのを見送って。

 そんな未来が当たり前だと思っていた。

 もしそれが叶わないというなら、子供を産むのは母親なわけだから……。

 

「母親が障碍児(しょうがいじ)を産まないように努力すべきなのでは?」


「口を慎(つつし)めこのクソガキ!」 スパァァァァァァァァァァン


 何処からともなく出て来た特大ハリセンで脳天に強烈な一撃。

 今回はかなり痛い。


「だったら、男に、俺に、何ができるって言うんですかぁ!」 ベチィィィィン


 不条理を感じたので、テーブルの下にあったハリセンで反撃。

 そしてハリセンバトルへ。


「子供が欲しいと思うなら、そのぐらいの覚悟をしろと言ってるの! 努力が報われることを期待していいのは子供の頃だけよ!」 バチィィィン

「幸せに生きるための努力を否定するなぁぁぁぁ!」バコココココン


「努力は必要よ! それが裏切られても裏目に出ても折れない覚悟が大人の心よ!」 パコォォォン

「一発で人生台無しになるような裏切りなんて、限度超えてるだろうがぁぁぁ!」 ベチィィィン


 ガシャーン パコーン スパーン ベシーン ドサッ ブン ヒョイ ガシャーン パリーン ピョイーン ドタトダ バタバタ ゴン ガン ベキッ バサバサ バリバリ ガシャーン


…………


 酒を飲んだ後にハリセンバトルをしてはいけない。

 そんなことを毎回思うけど、またやっちゃった感を出しながら、床で仰向けに倒れる俺達。


「男はいいわよね……。何をしても逃げ道があるから」

「逃げ道?」


 息が上がってぐったりするキナさんが、珍しく弱音を吐いた。


「障碍児(しょうがいじ)を授かった母親はね、子供ごと夫に捨てられることも多いのよ。男は逃げてやり直すことだってできるの。外道に徹すればね」

「母親も、子供を施設に預けるなり、手段はあるのでは?」


「行政の支援としてはそういう選択肢はあるわ。でも、入所施設に預けたとしても、母親はね、自分の産んだ子供は忘れられないの。育てられないと分かっていても、育たないと分かっていても、捨てられないの」


 普段の言動は残念だけど、子供を3人育てた母親でもあるキナさんの言葉が、今は重い。


「女の身体はね。【黄泉の淵】から【命】を汲み上げるつるべのような物よ。【命】を汲み上げるためには、自分が【黄泉の淵】まで降りないといけない。正しく汲み上げる事ができないことも、抱えた【命】をこぼしてしまうことも、そして、自分が落ちてしまうことも普通にあるわ」


「キナさんも落ちかけたんですか?」


「今だから言うけどね。あの娘(こ)達には、弟が居たの。私は4つ子を妊娠したのよ」


 虚ろな目線でキナさんが怖いことを言い出した。


「その弟さん、どうなったんです? 幼少時に病死されたんですか?」


 だとしたら、あの3人娘がブラコンというのも分かる気がする。


「一卵性の3つ子と、もう1人男の子。全員産みたかったけど、私の身体は耐えられなかった。【妊娠中毒症】が悪化して、妊娠継続したら全員死ぬところまで追い詰められたわ」


「それで、どうしたんですか?」


 聞きたくないけど、気になる。


「【減数手術】よ。一番発育が遅れていた男の子を、私の意思で選んで、私のお腹の中で殺したの」


 言葉が出ない。


「出産の時。弟の亡骸を抱いて出て来たのはアンナだった。産声を上げてからも、なかなか放さなかったって聞いてるわ」


「あの3人は、それを知っているんですか?」

「教えてないわ。でも、物心ついた時から3人で【弟(おとうと)狩(が)り】を続けているあたり、無意識に知ってるんだと思う」


 あのヘンテコな趣味、【弟(おとうと)狩(が)り】は子供の頃からしていたのか。

 そして今、あの【弟(おとうと)】に執着しているのも。


「あの3人が、頑(かたく)なに同じ格好にこだわっているのもね。私が取りこぼした【弟(おとうと)】の【魂(たましい)】を、ああやって呼び戻そうとしているのよ。たぶん」


 3人で同じ姿形で居ることで、【弟(おとうと)】を呼び戻す目印にしていたのか。


「じゃぁ、【弟(おとうと)狩(が)り】で連れて来たあの【弟(おとうと)】は、亡くなった弟さんの【魂(たましい)】が入っているんですか?」


「そんなわけないでしょ。実際あれが誰なのかも分からないし。だけど、娘達と同じで、私もあの【弟(おとうと)】を傍に置いておきたいと思ってしまったのよ」


 それが【初動(しょどう)】を間違えた原因か。


「この話をあの娘達に話すかどうかは、アンタに任せるわ」


 話せるはずがない。


「アンタは、女の人生は男に比べて楽だと思っている節があるけど、よく考えて頂戴。当たり前のように子供を産めと言われるけれど、一度お腹に子供を宿したら、どうやったって女は逃げられないのよ」


 確かに、男だって仕事とか、社会的責任とか、借金とか、いろいろ重い物を背負うことはある。だけど、それだけで命を落とすようなものは無い。割り切ってしまえば、捨てて逃げることはできる。

 それに対して、女は当たり前のように、逃げられない命の危険に挑んでいる。


「婚活女がやたらと【高望み】したくなるわけだ……」

「少しは分かったようね。モテたいと思うなら、女が命を賭けたいと思えるぐらいの【強い男】になりなさい」


 モテるための道筋がちょっと見えた気がする。


「ちなみに、毎回このハリセンどこから出してるんですか? 俺の分も」

「このテーブルに仕掛けがあるのよ。ギンジさんが本業活用して作ってくれた力作よ」


 床に転がりながらテーブルを下から観察してみると、確かに木製の天板の裏側に精巧に隠されたカラクリがある。キナさんがハリセンを取り出すと、もう1本のハリセンが俺の足下に落ちる仕組みらしい。


「えーと、日曜大工と加工業は違うと思いますが」

「ギンジさんの本職は【宮大工】よ。加工業は副業。言ってなかったっけ?」


 聞いてませんよ。


 【宮大工】がなんで【マシニングセンタ】を買ったのか、仕掛付きテーブルを作るのが【宮大工】の本業に含まれるのか。

 疑問は増えたけど、まぁ、それは、今はいいか……。


 俺は俺の仕事をしよう。簡単な仕事を。

●オマケ解説●

 意外と見落としがちな人生設計の盲点。生まれてくる子供が健常では無かった場合。人生はボードゲームではありません。詰んでも続きはあるんです。

 神槍氏も言ってましたが、【自閉症】と【ダウン症】は違います。着床前診断でも、羊水検査でも発見することはできません。


 高齢出産でなければ大丈夫かって? そんなの神様にでも聞いてください。


 嗚呼、なんて【ひどい】。


※ポイントクレクレ記述

 神槍さん一家の抱えた境遇がひどいと思った、交際相手が結婚に踏み切ってくれずにイライラしている高齢出産になる前に子供が欲しい独身女が居たら【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は人生を頑張った夫婦が健常児を授かれるように祈りを捧げてみようかな。


【ひどい】は最高の誉め言葉!

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