第一話 ep.5 美術部
美術部には変な奴が多い。
おとこの娘好きには変態が多い。
不思議。
1-5
「ここが、私の所属する美術部です」
開け放たれた教室の扉から溢れた絵の具の苦いにおいとカリカリと何かを削るような音が二人を包み込む。
桜子は目の前に広がる光景に「おぉ……」と取り繕うのも忘れて感嘆の声を漏らす。
そこは、例えるなら戦場といったものだった。
ある者はイーゼルに特大のキャンバスを乗せ、ある者は膝をつき床に広げられた画用紙に覆いかぶさり、またある者はナイフで器用に胸像を形作っていく。
その誰もがジャージに身を包み、汚れることを厭わず真剣な表情で自らの作品と向き合っており、つぎはぎのような情景の奥底にたった一つの熱意がたぎっている様子は、まさに命を懸けた戦いの場であった。
「広いですよね。B棟の数ある部室の中でも三番目に大きい教室なんですよ」
二人がいるのはB棟三階。
この学園には主な校舎が五つあり、それぞれにA棟B棟、C棟などと分けられていて、このB棟はというと様々な部活動の部室が含まれた校舎であった。
その中でも大きい部室であることをどこか誇らしげに語る千尋に「へぇ~」と感心していると、一人の女性が近づいて来た。
「おォ~…君が見学に来たって娘かァ…」
「あ、部長」
部長と呼ばれた女性は気だるげそうに「アイアイ、部長ですよォ~…」と応える。
「か、狩森桜子です。突然見学すみません」
「いいよいいよォ~……特になんもできんけど好きに見て行ってェ~」
「あ、ありがとうございます。…えっと、その……すごいピアスですね……」
「あァ~……これなァ……」と低い声で呟きながら、プリン色の毛髪から見え隠れするおびただしい量のピアスをなでる。
「この学校こういうの自由やし、ストレス発散やなァ~……」
「ストレス?あぁ、やっぱり絵をかくのって疲れるんですね…………」
「いやァ…………それもあるんやがなァ~……」
「まぁ見てればわかると思いますよ…………」
「…………?」
どこか悟ったように言う二人に桜子が首をかしげていると、「ぶちょお~~~~!」という声が教室の奥から響いた。
「みてくださ~~~い!作品ができました~~~!!」
「ばか!御猪口走んな!!」
「ぶちょお~~~―――お“ッッ”つ“」
見事にコードに足を引っかけ、コードの先にあったタブレットを吹き飛ばしながら走ってきた勢いのまま自らも吹き飛んだ少女は、まず手に持っていたキャンバスを弾丸のごとき速度で射出し、解き放たれた凶弾はイーゼルの上のキャンバスと向き合っていた女子の頸椎に着弾した。
「わああああああああ―――ぶべっ!!」
「―――え?」
それだけで終わるはずはなく、汚い声を響かせて少女が墜落したのは、不幸にも床に広げられた画用紙の上。もちろん、人の質量がぶち当たって画用紙が無事に済むわけがなく。
「いたた…………ありゃ、破れてる(笑)」
「な、なにしてくれてんのよ!!!」
「わ“っ!あぶなッ!!」
怒りのままにぶん投げられた筆洗いは少女の頬を掠り宙を舞い、完成間近であった胸像を粉々に打ち砕いた。
この間、わずか7秒。
「なに避けてんのよ!!」
「えぇ!?当たってたらわたしの頭が粉々になってたんだけど!」
「私の液タブぅぅぅ!!!」
「おい、なんであたしの胸像が粉々に」
「ねぇ!!やばい!私の液タブが!!」
「わたしのキャンバスは……うわ、この子首が変なことになってる(笑)」
「なぁ、こいつ刺せばいいのか?」
「あれ、この子息してない」
「私の液タブも息してないんだけど!!ねぇ!!」
「………………」
えぇ、うそやろ………?
先ほどまでの真剣な空気が嘘のように消え去り、文字通りの戦場と化してしまった部室を桜子は呆然と眺める。
「あ、無視してもらって大丈夫ですよ?」
「…………まァ……こういうことなんだなァ~……」
遠い目で微笑む千尋と、明らかに吐きそうな顔をする部長に、桜子はただ「えぇ…………?」と困惑する。
「狩森さん……やっけ?ここはうちがやっから好きに見たらえェよォ~……」
「あ、はい」
「じゃあ私は着替えてきますね」
そう言い残し千尋が部屋の隅につけられた扉の中に消えていく。
「着替え?」
「んァ?あァ……作業すん時基本的にジャージに着替えんのよ……汚れんでなァ~。そんためにこの部室には更衣室と簡単なシャワー室があんのよォ~」
「へぇ~、いろんなものがあるんですね」
「その代わり……いろんなもんがなくなっけどなァ~……まァ、避難所だな、更衣室は」
「あー…………」
ギャーギャー!!と騒ぎ、組んず解れつする部員たちに「お前らァ~……なんかあったらうちのせいになんだぞォ~」とやる気なさげに仲裁に入る部長を見送り、桜子は一人取り残される。
「でも部長!こいつ私の画用紙を!」
「私の液タブも!!」
「えぇ~部費で買えばいいじゃん」
「あァ、来季から部費八割減らしいぞォ?」
「「え今なんて」」
「私の液タブのおかn―――ぐほぁッ」
独奏的なラウム8です
私の姉が美大なんですが、それはもう変な方が多くて、姉が友達と作ったうんちの歌を嬉々として歌ってくれた時はこの国の行く末を本気で案じたものですが、そういう人に限って絵がうまいのです。
しかし、人は肩書によらないもので、過去に姉の大学の友人と話す機会があったのですが、気さくで、気配りもできて、初対面の私にも親切に接してくれて、こんなちゃんとした人も美大にいるんだなと、肩ひじ張っていた私が途端に恥ずかしくなりました。
ちなみにその人はその後留年しました。寝坊しかしてなかったらしいです。
合言葉
『私は間違ってなかった』