第一話 ep.4 大丈夫。シュークリームのクリームだよ。
ガオン
1-4
「はあ……」
ベンチに座り、膝に乗せた紙袋を見て少女はため息をつく。
「たべよ……」
浮かない顔で紙袋を開き中から先ほど買ったミニシュークリームをとりだす。
それは華奢な彼女が持っても小さく感じるほどで、まさにミニマムといったところであった。
手のひらに収まるそれを見て、再び小さくため息をついた白髪の少女は。
同じく小ぶりな口を開き、濡れた舌をつきだして、一思いに食べようしたとき―――
「―――ちょっといいかな」
「わあっ!!」
驚きのあまり取り落としそうになったミニシューを間一髪で受け止め、少女は慌てて振り返る。
そこに立っていたのは桜子であった。
「あ、あなたは今朝の…」
「となり、いいかな?」
よく見ると桜子の手には少女と同じ紙袋が握られていた。
戸惑いつつも少女は小さくコクリと頷く。
「は、はい」
「ありがとう」
スカートを巻き上げないよう抑えつつ少女の隣に座った桜子は、膝の上に紙袋を置き、中の商品をおもむろに取り出す。
「そ、それって…!」
「ん?これ?いいよね」
桜子の持つそれに、少女は目を見開き、視線が釘付けになってしまう。
それは、先ほど少女が買うのを断念した、デラックスマキシマムシュークリームであった。
ごくり…と少女が口腔に満ちたよだれを飲み込む。
「いや~デラックスって書いてあったら買うしかないよね~。めちゃくちゃ美味しそう!」
「そ、そうですね……」
少女は自身の手に乗る貧相なそれと見比べてどこか気まずそうに答える。
「それにしても大きいな~こんなに大きいのはじめて見た…!」
「…………」
「こんな大きいと―――」
桜子は袋にもう片方の手を入れ、中に残ったそれを少女に見せつけるように取り出す。
「―――二個はたべられないかもな~」
「―――!!」
固まる少女に、桜子はいたずらな笑みを浮かべ、最大級の追撃をかける。
「あ、もしかして…食べたかったり、する?」
「―――っ!い、いえ!大丈夫!です!」
無意識に伸ばしかけた手を抑え、少女が半分叫ぶように断る。
「……めちゃくちゃよだれでてるけど」
「え?!」
顔を紅潮させ慌ててぬぐう少女は、消え入りそうな声で「ほ、ほんとにだいじょうぶ、なので」と続ける。視線をシュークリームから動かさずに。
「はぁ……そっか。じゃあこれは仕方ないから捨て―――」
紙袋に片方のシューを戻そうとしたとき、桜子の制服の袖が、くいっと引っ張られた。
見るとそこには、白い肌を真っ赤に染めて、恥ずかしさのあまり頭から湯気を立ち昇らせている少女がいた。
「そ、っれなら……くだしゃ、ください…………」
その光景に桜子はフッと笑みを浮かべ、片方のシュークリームを少女に差し出す。
「いいよ。お礼に名前教えてね」
「卯咲……卯咲千尋です…」
「私は狩森桜子。よろしくね卯崎さん」
申し訳なさそうにシュークリームを受け取った千尋は、ずしっとした重みに、一瞬にして顔を輝かせる。
「わ……おっきい……」
「ね!それじゃまずは食べよっか」
「「あーー……んっ」」
桜子は豪快に、千尋は小さいお口で精いっぱい、シュークリームにかぶりつき、何度か咀嚼したのち、そろって目を見開いた。
「「~~~~~~っっ!!」」
あまりのおいしさに身もだえする二人は、無言で食べ進め、あんなに大きかったシュークリームはほんの数分でその姿を消した。
「はあぁぁ……美味かったぁぁ………」
「ですね!」
「これを学生が作ってるなんて信じられないよね―――って!えぇ!?」
ちらりと千尋のほうを見た桜子は驚きの声を上げる。
「……?どうしたんですか?」
きょとんとする千尋の顔は、クリームに覆われていた。
よくみると顔だけではない、食べた穴から飛び出してしまったのだろう。手や服の一部にも真っ白なクリームがかかっており白い肌をさらに白く染めていた。
「クリームが……」
「わっ……!ほんとだ」
千尋は白く染まった手を見ると、ピンク色の唇の間から小さな舌をチロリとのぞかせ、手についた白い半固体のそれをゆっくりとなめとっていく。
綺麗な赤色の舌は、先ほど甘いものを食べたからであろう、多量の唾液に包まれており、手のひらの上を這わせ、指の先をしゃぶるたびに、ぴちゃ…くちゃ…っ…と水音をたてる。
「………………」
「あ、指の間にもついてる」
舌先だけでは届かないのだろう。千尋は大きく口を開くと、口腔にしまわれていた舌の根をんべっと突き出し、指を根元からツー…と這うように舐め上げていく。
舐めるたびに手のひらをよだれが覆っていき、肌をきらめかせ、ぴちゃ……にゅちゃ……っ…といった音をだす。
溜まったよだれがようやく球を作り、指の横から垂れ始めたころ、千尋は最後に指先を吸って、ちゅぱッと指を抜くと「はあぁぁぁ………」と恍惚とした表情で息を漏らす。
「……おいし」
舐めるのに一生懸命で忘れてしまっていたのであろう、ちらりと横を向き、硬直して動かない桜子を見た瞬間、「アッ………………」と声を上げ、いまだ白いクリームに覆われたままの肌をカーーーッと赤く染めていく。
「は、はしたないところをみせてごめんなさい!!!」
「―――ハッ!……いや!きにしてないから!とりあえず……これで顔と服ふきな……?」
わずかに頬を染めつつハンカチを差し出す桜子に、千尋はおとなしく従うと、顔についたクリームを拭き取っていく。
「あの……何から何までありがとうございます………」
「いいよいいよ。あ、ハンカチは私が洗うから返してね」
「あ、はい、どうぞ……」
拭き終えたハンカチを申し訳なさそうに返すと、千尋はきれいになった顔で桜子を見つめて、深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました…!いつか絶対お礼します!」
「お礼?なんで?」
「え?なんでって……」
予想していなかった答えに戸惑う千尋に、桜子は太陽のような笑顔で続けた。
「だって、お……私たちはもう友達でしょ?」
「―――――!!」
春風が通り過ぎ、千尋の髪を揺らす。千尋の目は大きく見開かれており、やわらかい陽の光が彼女の目に美しい光沢を作り出していた。
「友達がしてくれたことにお礼なんていらない。一緒にいてくれることがお礼になるんだから。でも気持ちは受け取っておくね。ありがとう」
ざあっと木々が揺れる音と、生徒たちの声があたりから聞こえる。
半ば放心したように「ともだち……ともだち…………」と咀嚼する千尋に、少し恥ずかしくなったのか桜子は「あー……」と頬を掻くと、ベンチから立ち上がった。
「じゃあ私そろそろいくね。ありがとう!またね!」
立ち去ろうと背を向けたその時―――
「―――待って!」
背後から響いた声に桜子は振り返る。そこにはベンチから立ち上がりこちらに向き合う千尋の姿があった。
儚さを感じる可愛らしい顔をわずかに紅潮させた千尋は、小ぶりな胸に手を置いて桜子に告げる。
「あの……絵って興味ありませんか?」
独奏的なラウム8でえっち
えっち
えちち
えっち
季語 えっち
二重敬語で敗北。えっち
合言葉
『えっち』