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第一話 ep.2 白百合

百合…………?

1-2


「人とトイレに入るのが苦手だったんだね…そうとは知らずごめんね!」

「い、いえ、そんな気にしなくても。私も気にしてないので…」

「いやー、ちょっと驚きすぎたかなって。まぁ、うん、気にしていないならよかった!」


教科書を抱え、ペカーと輝くような笑顔を向ける沢野に、桜子は「うぐっ…」と心臓を潰されるような感覚に声を漏らす。

「あ、次はこっちだよ!」

「あ、はい」


そう言って角を曲がる沢野に続いて、桜子も歩みを進める。

「ここはねー」と移動する間桜子が退屈しないように、様々な話を語りかけてくる沢野に罪悪感のようなものを感じていた。明るく朗らかで誰にでも分け隔てなく接する彼女の優しさは、編入して来た桜子の相手を買って出ていることからも明らかだ。

そんな彼女に嘘をつかなければいけないことに、嫌悪感を覚えた桜子は、今できる誠意を示そうと口を開く。


「わざわざ案内してくれてありがとう、おかげで助かったよ」

「どういたしまして!今から中庭を通るよ!」

「へぇ~中庭…」

「うん、すごくきれいなんだっ!」

「……」


桜子の心根を知らぬ純粋な笑みに、今度はどこか安心感めいた気持ちが湧き上がる。

きっとこの人は人を慮るということを無意識にやってしまう人なのだろう……

そんなことを考えていると、突如廊下の窮屈な空気が霧散し、柔らかい風が桜子の髪を揺らす。


沢野に倣って風の吹いてきた方向を向いた桜子は―――


「―――――」


――――時間が止まったような感覚に襲われた。



側面の壁が取り払われた渡り廊下に立っていた桜子の目に入ったのは、一面の緑。

二つの校舎に挟まれたその空間には一本の大きな木を中心に様々な植物が生えており、しかし丁寧な管理がなされているのだろう、鬱蒼とはしておらずそのそれぞれがきれいな形を保っていた。

風に吹かれ、建物の隙間から照る陽光を葉擦れの音を何重にも響かせつつ反射するその光景は、なんとも美しいが、桜子の見開かれた瞳は植物ではなく、中央に聳え立つ大木の根元、そこに立つ一人の少女に留められていた。


緑色のキャンバスにひっそりと咲く一輪の白百合。そう錯覚してしまうほど、一枚の完成された絵画のように引き込まれる光景。白い制服、陶磁器のように白い肌、肩より少し上で揺れる白銀色の髪の毛。

華奢な体に少し大きく感じる教科書を抱え、大木を見上げ、木の葉の隙間から差し込む光に照らされた横顔は、ただ整っているという言葉だけでは形容し得ない程の美しさを有しており、その小柄な体と合わさって最上の可愛らしさと触れてしまえば壊れそうな儚さを醸し出している。


じゃり……と無意識に踏み出していた桜子の足が土を潰す音を立てる。

瞬間、桜子の心は多大な後悔と行き場のないわずかな怒りに染まった。


「―――!」

白髪の子がこちらに気づいてしまったのだ。


鳩が豆鉄砲を食ったような表情で目を丸くしてこちらを見据える白髪の少女に、桜子は気まずそうに、掌を上げて、


「こ、こんにちは」

「っっ………っ…」


ぎこちない笑みを浮かべる桜子に、白髪の少女は一瞬苦々しい表情をした後、すぐに踵を返し逃げるように立ち去っていく。

その様子はまるで会いたくない人に会ってしまった人の反応のようで、桜子は手を下げるのも忘れて呆気に取られてしまう。


(えぇ………俺そんなに気持ち悪かったかな…………)

「桜子ちゃん、そんなに気にしない方がいいよ」


顔にも出てしまっていたのだろう、沢野が心配そうに桜子を見つめて、


「それに、あの子……いつもあんな感じだから…」

「え、知り合い?」

「ううん。一つ下の学年だし話したこともない。けど、あの子はこの学校でけっこう有名なんだ…」

「………それはどうして?」

沢野が初めて見せる陰りのある表情に、桜子も緊張した面持ちで問いかける。


「えっとね、顔とか態度とかの理由もあるんだけど。一番の理由は、あの子が不良グループに目をつけられているからなの………」

「―――」


息をのみ、大木の奥、先ほど白髪の少女が去っていった先を見据える。

もちろんそこにすでに人の姿はなく、緑一色の景色が広がるのみで、今はなんだかそれが物足りなく感じる。


「―――なるほどね………」


誰にも聞こえぬ声で誰にも汲めぬ感情をこめて桜子は呟いた。


独奏的なラウム8です


ヒロイン登場。


合言葉


『おとこの娘 男の娘 正しいのはどっち? 解:どちらもえっち』

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