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第二話 ep.6 自覚

最近自分の心が汚いことを自覚しました。

でもいいんです、おとこの娘は奇麗なので。

2-6




「卯咲さん、大丈夫?」

「はい、全然大丈夫ですよ」

「ならいいんだけど………しんどい?」

「はい、全然大丈夫ですよ」

「あぁ、うん。………ん?…………うん。ならいいんだけど」

「はい、全然大丈夫ですよ」





「あの、卯咲さん………、そろそろこっちを向いてくれるとありがたいんだけど………」


痺れを切らし、控えめな苦言を呈す桜子、もとい竜児に、千尋は簡素なデザインのフェミメイルの制服に包んだ身をビクっと震わせ、「はい、全然大丈夫ですよ!」と言いつつ頑なに竜児の方を見ようとしない。


(いや、どこが大丈夫なんだよ)


何とか着替えを終えた二人は、店の制服を一時的に借りて服の乾燥を待つことにしていた。

この店には乾燥機付きの洗濯機が備え付けられており、古東が言うには乾燥だけなら数十分で終わるということなので店内の隅の椅子にタオルを敷き、そこで二人で乾燥を待つことにしたのだが、着替えを終えてからというもの千尋の様子があからさまにおかしいのだ。


「…………………」


トイレから出てからというものずっと竜児から顔を背けて、一向に目が合わない。

その上どうしたのか聞いても大丈夫ですの一点張りで、一度その顔を盗み見ようと試してもみたのだが、顔を器用に隠したまま綺麗な土下座をかまされてしまったので、それ以降は竜児も無理に顔を見ようとはしなかった。


(こんな感じに一緒に待ってくれるってことは、嫌われたってわけじゃなさそうなんだけどなぁ………)


とはいえ、何が原因かもわからぬままこうして二人の間に居心地の悪い空気が漂うのは、竜児としても少し辛いものがある。

そのため、竜児は服が乾くまでの時間で色々と原因を考えてみたのだが、


(別に一緒の部屋で着替えるのはおかしくないよな………?友達だし)


恋愛をまともにしたことのない脳みそでその原因に辿り着くわけもなく、姉の過保護と過接触により楽観的でパーソナルスペースがものすごく狭い、つまるところの無自覚系男子としての進化を遂げていた竜児には全く見当がつかなかった。


「あのさ―――」

「―――」


もうどうしようもないと、行き違いをしている本人に原因を直接聞くという最大の悪手に出ようとした時、



「ほんっっっとすみません!!!乾燥終わりました!!!」


店の奥から乾燥済みの服を抱えて古東が走ってくる。


「本当にすみませんでした………!!どこか体調が悪くなってたりしませんかね………?」

「あぁ、大丈夫ですよ。全然元気ですし。ね?卯咲さん」

「はい、大丈夫ですよ」

「いや、でもかなりのご迷惑をおかけしてしまったので………今日のところはお代無料という形で、後日お客様への謝罪として慰謝料を払わせて頂きます。もしご不満であれば要望には出来る限り応えますので何でもお申し付けください」

「いやいや、そこまではしなくて大丈夫なんで!怪我もしてないし、お代だけお願いできれば、ね?卯咲さん」

「はい、大丈夫ですよ」

「…………」


未だに顔を背けて古東にすら目を向けず同じ応答を繰り返す千尋に、古東は流石に怪訝に思ったのか、眉を顰めて竜児に耳打ちする。


「えっと本当に大丈夫なんですかね……なんか壊れたおもちゃみたいになってますけど」

「た、多分………ねぇ卯咲さん」

「はい、大丈夫ですよ」

「大丈夫みたいですよ………?」

「いやダメでしょ」


その時、竜児が何かを閃いたのか、何か言いたげな表情でウズウズしだし、結局耐えられなかったのだろう、ニヨニヨしながら問いかける。


「卯咲さんちょっといい?」

「はい、大丈夫ですよ」

「先生、最近なんか咳がずっと出て」

「肺、大丈夫ですよ」

「パワプロの博士の名前って?」

「はい、ダイジョーブですよ」

「小乗仏教と?」

「はい、大乗仏ですよ」


(やばい………なんかたのしい……)


悪戯な笑みをなんとか堪えようとプルプルと震える竜児に、古東は「何をやってるんですか……」と少し呆然とした後、ふと何かが気になったのかのか口元に手を添えて考え込み、竜児に何やら囁く。

その囁きに竜児は微かに困惑しながらも頷くと千尋に向き直って、


「卯咲さん」

「はい、大丈夫ですよ」

「―――俺のこと、好き?と」

「―――っっ!?ちっっ!!違いますよっ!!」

「あれぇ!?」


限界まで引き延ばされたゴムが戻るようなものすごい勢いでこちらに振り向き、力強く否定する千尋に竜児は面食らってしまう。

しかしそのことを意にも介さず千尋は真っ赤な顔で続ける。


「ぼ、僕はただ狩森先輩しか一緒にいれる人がいないだけで!仕方なく、そう仕方なくなんですよ!!だからドキドキするのも人と一緒に居るのに慣れてないからなんです!!決して好きとかそういうのじゃないんです!!!」

「いや、えっと、友達として好きかどうか聞けって言われたんだけど………」

「―――ぁ」


自らの墓穴を掘りに掘りまくってしまった千尋に、古東は得心し、竜児は少し悲しそうに目を伏せる。

その姿に、千尋は顔を青ざめさせて、


「い、いえ、そういう意味ではなくて、あの、そのごめんなさい違うんです、先輩のことは友達だと思ってますよ?も、もちろん友達としてす、す、す………」

「あぁ、うん………無理しなくていいからね?」

「違うんですよぉ!!」


不本意だと目尻に涙を浮かべて抗議する千尋に、竜児は「冗談だよ」と苦笑する。

しかしそれでも止まらぬ千尋の暴走に、竜児は話を変えるべく「そういえば」とずっと気になっていたことを古東に問いかける。


「店長さんはどうしたんですか?ずっとみてませんけど」

「あぁ、店長なら…………………」

「……………?」

「……………従業員室で寝てますよ。疲れたみたいで………」

「なんで顔を背けるんです………?」




____________________


従業員室に戻った古東は、深くため息をつく。

そのため息には疲労の色が濃く滲んでおり、それだけで古東がどれだけ苦労したのかが窺い知れた。

今度は二人に別々で着替えてもらうことになったため、特に問題はないだろうと判断した古東は、目下1番の問題を片付けるべくここにいた。

それはーーー


「―――ちょっと………強く殴りすぎたか………?」


床にうつ伏せで倒れ込む店長の姿を見下ろして古東はそうこぼす。

彼女の頭にはタンコブができており、それを見るだけで何者かに殴られてしまったことが想像できる。

そしてその何者かは、再び深くため息をつき、


「いや、まぁ、仕方なかったし」


仕方ない。それは犯罪を犯したものがよく口にする言葉だが、古東は本当に仕方がなかったと心の中で嘆息する。


『え……なんか……男っぽく…ないすか?』


画面越しに見えるトイレの中の様子に、古東が呟く。

それに店長は答えず、そして古東もそれ以上何かを言うことができなかった。


なぜなら、


(いや………これはアウトでしょ!?)


トイレの中、古東らに見られていると知らない二人の、主に店長のお気に入りの様子がどうもおかしかったからだ。


金髪の子が壁の方を向いているのをいいことに、全身を舐め回すように視姦する彼の顔はこれ以上ないほどに上気し、その熱に溶かされているのか見たことないほどに表情が緩みきっていた。

その姿は、まるでおとこの娘を語る店長のようで………


「これ、流石にやばいっすよ!止めに行かないと!…………店長?」


妙に静かな店長を疑問に思った古東が彼女の方へ振り返る。

そして彼が見たのは―――


「( ^ q ^ )」


全身が総毛立つ感覚とともに、得体の知れない恐怖が流れ込んでくる。


(これは………人、なのか?)


自分の知る人類と異なる存在に、だが、それは店長に違いなくて、古東は困惑する。

しかしそんな困惑も、視界の端に捉えられた画面の中の光景に焦りへと塗りつぶされた。


店長のお気に入りの子が金髪の子に手を出そうとしている。


「やばい!止めに行かないと―――っ!!?」

「( ^ q ^ 三))三ニ」


人とは思えない速度で店内へと向かうドアの前に立ちはだかる店長のような何かに、古東は思わず後退りする。

だが、


「絶対に止めないといけないんすよ………どいてください」


しかし、そんな頼みを目の前のそれが聞くはずがなく、その何かは静かに臨戦体制に入り、



「フォォォォォォォォッ┌(^o^┐)┐三ニ==3」


目にも留まらぬ速さで突っ込んできた。



「何とか鎮圧できたけど……流石に死んでないよな……」


こんなでも店長だ。金を払ってもらわないと困る。

そう思い、息があるかどうかを確認すべく、うつ伏せになっている彼女の体を起こすと、


(^o^)


「うわっ」


思わず離してしまった彼女の体が地面に落ち、ゴッ……と鈍い音を響かせる。


「―――っ……いったいわね…………」

「あ、生きてたんすね」

「当然よ。私はおとこの娘がいる限り滅びないわ」

「ラ⚪︎ュタ………?」


頭を抑えながら立ち上がった店長は、それで………といつものような冷静な声で続ける。


「まだ、二人とも帰ってないわよね?」

「帰ってませんけど………―――まさか」

「そのトンカチを下ろしなさいそんなことはしないわ」

「犯罪者はいつもそう言うんすよ。それにおとこの娘いたら死なないんすよね」

「頭を潰されたら流石に死ぬ。妄想ができなくなるもの」

「そこはもっと別の理由で死にましょう?」


軽口を交わしつつも、店長はパソコンを素早く操作する。


「千尋くんに渡したいものがあるの。今回のお詫びにね」

「あぁ、それなら」

「呼んできてくれる?」


納得したのか安心した面持ちで快く引き受けた古東が店内に戻り、しばらくすると着替えを終えて学園の制服に身を包んだ千尋がやってくる。


「えっと………渡したいものって何ですか?」

「これよ」


店長はつい先ほど完成した、データ移行済みのUSBを千尋に渡す。

その黒い長方形の小さな箱に首を傾げる千尋は、続いて告げられた言葉に目を見開いた。


「そのUSBの中には彼の、狩森くんの裸の映像が入っているわ」

「―――っっ!?ちょ、ちょっと待ってください僕は!」

「使い方は任せるけれど、くれぐれも悪用はしないようにね」

「ぼ、僕はこんなもの………」


いりません、と聞こえるか聞こえないかの音量で拒絶する千尋は、だがその言葉とは裏腹にそれを手放そうとしない。

しかし、その女の子のように可愛らしい顔を真っ赤に染めながら、その小さい口で言い訳を重ねていく。


「僕はただ、先輩を友達として好きなだけで、決してそういうのじゃないんです」

「…………」

「あんなことをしようとしたのは、なんか自分でもよくわからなくて……ただドキドキして自分がわからなくて―――」


「それが―――」




「―――恋ってやつなのよ」

独奏的なラウム8です


遅くなり申し訳ありません。

まだ本調子ではないので温かい目で見てもらえると。


さて、ep.6の中で、某腐海にいそうなアレが出てきますが、正直おとこの娘は私はBLとは思わないんですね。おそらく店長もそう思っているでしょう。

つまりアレは言ってしまえば(憧れは止めらんねぇんだ)的なニュアンスです。

私はBLは専門外なのであまり大それたことは言えませんが、おとこの娘はまた別のジャンルだと思うんです。

ではBLではないのか、そう問われると、まぁ、BLでないことはないと思いますが。

でも私としては、おとこの娘を軽率にBLとしたくないのです。

それはBLに忌避感があるということでは断じてなく、何故かというと本当のBL好きに申し訳ないからです。

だって、おとこの娘をちゃんとしたBLと分類するのは、TS女子同士の恋愛モノを百合と称すること並みにアレではないですか?

ですので、BLはそんなにだけどおとこの娘は好き、という状態はおかしくないので大丈夫です。

まぁ、そんなに気にしていないとは思いますが、念のために書いておきました。


あと、巷では「おとこの娘が好き」というとここぞとばかりに揶揄してくる輩がいますが、そういうやつ程おとこの娘に適性があるものです。笑って見守りましょう。

ですが、「おとこの娘って別に珍々いらなくね」と言われたときにはそいつを殺せ。


合言葉


『築地魚河岸三代目を心に飼いましょう』



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