第二話 ep.4 盗撮
犯罪ですからね。
だめですよ。
2-4
「店の修繕費、馬鹿になりませんよ?」
店の裏側、従業員室で濡れた髪と服をタオルで拭きながら、古東は同じく髪を拭く店長に小言をもらす。
先ほど店長の蛮勇さに感動していた古東であったが、それはそれ、これはこれ、とつっかかる。しかし、そんなことは気にも留めず、店長はタオルを頭に乗せたまま何やらモニター前のパソコンをいじり始める。
「大丈夫。私の貯金から払うし、それに千尋くんの童貞を守れておまけに裸も見れるなら安いもんよ」
「いやいやなに言ってるんすか…………裸なんて見れる訳ないでしょう」
びしょびしょになってしまった桜子と千尋にタオルと店の着替えを渡し、服の乾燥が終わるまで待機してもらうことになったのだが、店長が、従業員室に客を入れるのは憚られるとして二人は店に一つある多目的トイレで着替えてもらうことになった。
古東としては、従業員室なんかで着替えさせれば覗きやら録画やら何やら、店長が何をしでかすかわかった物ではなかったので、カメラ設置できない多目的トイレなら安心だと思っていたのだが……
「あんたまさか………」
「えぇ、そのまさかよ」
「犯罪ですよ!!?」
店長が自慢げな表情でパソコンのディスプレイに映る光景を示す。そこには、一体あの多目的トイレのどこに隠されているのだろうか、十数台からなる隠しカメラによって様々な角度から撮影されたトイレの中の様子がリアルタイムで映し出されていた。
いくつかのカメラは今まさに桜子と千尋がタオルと着替えを手に入って来たところを映しており、二人がそのことを知らない以上、これは紛れもない盗撮であった。
ちなみに店に設置された防犯カメラは外のものも含めて5台なので、店長の盗撮に込める熱意は明らかだ。
しかし熱意などは関係ない、盗撮はどう考えても犯罪であり、それもトイレの中ともなれば是非を問うまでもなくアウトである。
流石に手段を選ばなさすぎる、と声を荒げる古東に対して店長は真剣な顔で、
「違うわ。これは歴とした防犯行為」
「いや、これ自体が犯罪なんですが?」
「中で間違いが起きないようにこうして監視しているのだけれど?」
「いや、これがもう間違いなんですが?」
「そうね、認めるわ。これは盗撮よ」
「もっと繕ってくれません!?」
呆気なく自白した店長は、「はぁ…」と小さくため息をつくと古東に語りかけるように続ける。
「いい?おとこの娘というのは誰しもが追い求める存在なの」
「それは人によるのでは……?」
「いいえ万人に共通するわ。そしておとこの娘を求めるが余り、常軌を逸した行動に走る者もいる」
「ええ、今目の前にも」
「黙りなさい。私はそういった間違いは起こさないし起こさせないわ。そしてこのカメラは―――」
「―――良い間違いが起こった時に見逃さない為の物よ」
「あんた本当に捕まれよ」
つまるところ、おとこの娘と女が交わるのは間違いで、おとこの娘と男が交わるのは間違いは間違いでも良い間違いであると、そして、それを“偶々”目にすることは間違いではないと、毅然として語る姿勢に、古東は頭を抱えるが、店長は無視して「フン」と薄い胸を張り、パソコンのディスプレイに向き直る。
「とにかく千尋くんがあの女に落ちないように、厚化粧の下の現実を見せて―――」
「………?」
不自然に静止する店長に、古東は怪訝な表情を浮かべ、パソコンを横から覗き込み―――同じく固まった。
ディスプレイに映る、様々な角度からの映像。それらは無駄に広い多目的トイレの今現在の様子を映し出しており、店長の抜け目ない配置によって、一切の死角なくトイレの中を二人にありありと伝える。
故に、中にいる二人の姿もはっきりと見えている。
何やら赤面して壁の方を向いている千尋も、そして………化粧が落ち、ウィッグを外した、桜子の姿も。
「え……なんか……男っぽく…ないすか?」
_____________________________________________
『本当に申し訳ないのだけれど、多目的トイレで一緒に着替えてくれるかしら。従業員室は人を入れられるほど整ってなくて』
店長の言葉に従い、渡された着替えとタオルを手に多目的トイレに入った桜子は、すでにぐちょぐちょになり不快な感触を肌にもたらしていたウィッグを外す。
「ふぅ…………乾くまで待つ……いや、お店の人は俺が男ってこと知ってるだろうしいいか」
そう息をつきウィッグを多目的トイレの荷台の上に置き、ウィッグを挟んでもなお滴らせるほどの水を含んだ地毛と、もはや化粧の意味などなくなってしまった顔をタオルで拭いていく。
かなりの高級品なのだろう、タオルは滑らかな手触りをしておりそれでいてもこもこと柔らかい生地は水分をあっという間に吸い取り、桜子の鼻腔に優しいにおいを………………。
(………化粧落としのにおい?気のせいか…………?)
スン…………と怪訝な表情でタオルのにおいを嗅いでいると、
「あの…………狩森先輩…………?」
「ん?どうした?早く体拭いて着替えないと風邪ひくぞ」
「あ、いえ、そうなんですけど…………先輩が着替え終わるまで僕だけ外に出ておいていいですか…………?」
どこか居心地悪そうにそう上目遣いで問いかける千尋の身体は、やはり桜子と同様にずぶぬれで、桜子は水の滴る服に身を包んだまま顔を赤くしてこちらを見つめる視線に、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、それなら俺が外で待つよ。卯咲さんなんかしんどそうだし」
「っいえ!僕なら大丈夫です!!そんなことより先輩を外で待たせるなんてだめですよ!だから僕が外で―――あうっ」
必死な顔で迫ってくる千尋の頭にストンと手刀をかまして、桜子は「あのさぁ……………」と嘆息する。
「言っただろ俺らはもう友達なんだって。先輩とか後輩とか関係ないの」
「うぅ…………でも」
「なんでそんなに一緒に着替えるのいやなんだ…………?もしかして俺の裸見るのいやだったりする?」
「それはありません!!!」
「お、おう」
(なんでそんなに必死に…………?)
熱に浮かされているのか真っ赤な顔とぐるぐるとした瞳を備えた真剣な表情で断言する千尋に、それなら………と桜子は続ける。
「何が嫌なんだ…………?」
「何が嫌なのか、ですか…………」
「え、なんでそこで考えるの」
「何が…………」
「あ、着替えてるとこ俺に見られるのが嫌なのか。それはごめん、俺は壁の方見とくから大丈夫だよ」
「あっいえそれは全然…………」
「何がダメなん…………?」
特に恥ずかしげもなく断ずる千尋に桜子は首をかしげるが、その疑問を言葉にする前に千尋が「…………ぁ」と声をもらす。
「ぇ…………え、僕今なんて言ってました?」
「着替え見られてもいいって言ってたけど」
「―――きがっっ!?だめです!!」
「なんで!?いやなんででもないけど、なんで!?」
ほとんど正気を失っている顔で桜子に迫る千尋の頭からは、シュー………と何やら湯気が立ち上っており、そのおぼつかない足元と支離滅裂な言動から千尋の限界が近いことは明らかであった。
そのことにいち早く気付いた桜子は「わかった!わかったから!」と今なお誤解を解こうと物申していた千尋をなだめ、
「とにかくこれ以上濡れた服着てたらホントに風邪ひくから!俺と卯咲さん二人で一緒に着替える。俺は壁のほう向いて着替える。オーケー?!」
「お…………」
「オーケー?!」
「お、おーけー、です…………」
よし、と桜子はうなずき、早速身をひるがえして壁のほうを向き、制服のボタンをはずしていく。
その動きには迷いがなく、友人と一緒に着替えることを全く厭わないことが後ろ姿からわかる。
しかし、桜子は知らなかった。
その後ろ姿を眺めていた千尋の、千尋の脳内が―――
(やばいやばいやばいやばいやばいやばい…………!!!!)
―――とうに限界を迎えていたことを。
(狩森先輩と一緒に着替えるなんて、狩森先輩の―――裸を見るなんて)
しかし、視線を剥がすことができない。それが何故なのか千尋自身にもわからない。
それは、その理由はもしかして、この胸の高鳴りに、気持ちの高揚に、肌の火照りに、桜子に出会った日から感じる、この正体不明な胸のざわめきに、あるのだろうか。
(ぜったいに、やばい…………)
独奏的なラウム8です
ほんとどこまでなら描写してもいいのだろうか…………と頭を悩ませております。
本編なら大丈夫だと思うのですが、おまけがやばそうです。
行けると信じたい…………
さて、気づいた方がいるかわかりませんが、えぇ、なんか知らない作品が投稿されております。
久々に真面目な内容でなんか書きたいな、と何を書こうか考えていたところ、なろう公式様がなにやらホラーを題材にした小説を求めているということだったので、適当に思い付きで書いてみました。
一日で書いた作品でボロが目立ちそうなので読まなくてもいいです。というかたぶんこっちの作品の空気が好きな人は読まないほうがいいです。
暇なとき短編とか書くかもしれません。
ですが何があってもこちらの更新は続けるのでご心配なく。
次回の投稿は日曜日です。
合言葉
『おとこの娘がなんやかんやで落ち着く』




