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第一話 ep.12 たてるので

たつ、という言葉は二つに分けられます。

アレかアレ以外か。

1-12



暖かい、いや、熱い。口で息をすれば熱された呼気が放たれ、鼻で息をすれば甘いにおいが鼻腔を満たす。体の前面に感じる柔らかな身体は何故か気持ちいいほどすっぽりと腕の中に納まり、彼の体の小ささを否応なく感じさせる。

ロッカーという、極小の閉鎖空間に二人の身体を納めるために、足を絡ませ、顎をそれぞれの肩の上に乗せ、身体をこれ以上なく密着させ、ひしと体を抱き寄せ、体温を共有し、互いの鼓動を感じ合い、同じ空気を吸い、同じ空気を吐く。

ドクドクドクっっ、という心臓の音が、耳の奥から聞こえる。

自身のものだけではない、交わる二人の鼓動が、互いの体を揺らし、交わる二人の呼気が、互いの身体を濡らす。

互いの熱が蒸気となってロッカーの中を満たし、それを吸うたびに、理性が、枷が、溶け、溶け、とけ、


(やっべぇぇぇ!これ目をつむったらダメな奴だ!!)


目を閉じ鋭敏化された感覚を振り払うように、桜子は目を開けて頭を振る。

目を閉じていたのは、ひとえに今目の前に映る光景から逃れるためだ。

ロッカーの中は暗い。暗いが何も見えないというわけでもないし、どんなに暗くてもこんなに密着していれば見えてしまう。


桜子はすぐ下に目を落とす。

そこにあるのは、一糸まとわぬ姿の千尋の背中。すらりとした背中には汗が滲んでおり、背中を抱く左掌が濡れて、千尋の体温をそのまま伝えてくる。なんとも奇妙な感覚だが問題はその先、腕の奥から見える二つの小ぶりな山。

それは紛れもなくお尻で、右掌がすごく危うい位置に置いてあるのだ。


身体の中で最も敏感といっても過言ではないだろう掌に伝わる柔らかさに惑わされつつあった桜子はせめて見ないようにと目を閉じていていたが、それは全くの逆効果であった。


ロッカーに入ってからまだ数十秒しか経っていないはず、その証拠にロッカーの外から部長が何かをいじる音がする。しかし、感じる時間の長さは、永劫のようで、


(卯咲さんは男卯咲さんは男卯咲さんは男…………!!!)


桜子はかなり限界であった。



とにかく、と桜子は思考する。


(まずこの右手をなんとかしないと…………)


ごくり……と喉を動かし右腕の筋肉に力を籠める。

その微かな違和感に千尋は気づいたのだろう、ピクリ、と体を震わせ、不安げな視線を首筋に向けてくるのを感じる。


桜子は、ゆっくりと、柔い肌の上を這うように、白い絹を撫でるように、優しく、ゆっくりと、右手を上にあげていく―――


「―――――っっ、ッゥっ!??!」


尾骨から腰までを撫で上げる掌の、えも言われぬ感覚に千尋の身体がビクンっと跳ね、咄嗟にこらえた嬌声が細くとがった息として口から洩れていく。


「せ、………んぱい?」


千尋の顔はこちらからは見えない。だがおそらくは不安と戸惑いに満ちているだろう彼に、桜子は彼の耳の側でほとんど息を吐くように囁く。


「ごめん……ちょっとだけ我慢して」

「………ぇ?」


手を浮かせるスペースもない。しかしこのまま動かさずにいればいろいろとまずい。

ロッカーに満ちる熱気に浮つく思考で、桜子はふと思う。


(あれ………なにがまずいんだろうか、男同士だし、あれ、そもそもなんで俺は男にこんな気持ちを………………)


心中を掠って消えていく思考は、だがもう、手を止めることはできない。


「っ……んぅッつ……………」


掌が千尋の背中に滲む汗をこそぎ取って、じゅくり………というわずかな音を立て、登っていく。

ゆっくりと登っていく掌の、生肌をなでられる逃れようのない快楽に、こらえるべき嬌声を滲ませて体に溜まる熱を熱い吐息として桜子の首にかける。


「っあ…………ゅふ…………ふ………………」


それでも耐え難いその感覚に、千尋は文字通りすがるような心地で桜子の背中をつかむ手にぐっと力を籠め、自分が裸であるという負い目も忘れて力いっぱい抱き着く。

声を出さぬよう桜子の襟もとに顔をうずめ、震える体を止めるために足をさらに絡ませ、布一枚隔てた向こう側に感じる桜子の体の暖かさに意識を揺蕩わせる。

それらはすべて、千尋にとっての自己防衛に過ぎない行動であった。

だが、嬌声をこらえ、荒い息をこぼし、責め苦を受けて身をよじり、快楽に耐えかねて抱き着く姿は、傍から見れば桜子という存在を求めすがっているようにしか見えず、千尋の体に起きつつあった変化がその証左に他ならなかった。


(………よしこれで安心だ……)


ようやく右手を腰の上あたりまで上げ終えた桜子は半ば自分に言い聞かせるように心の中で呟く。


「……ふーっ………っ…ふー……………」


(安………心………?)


自身の首元に顔をうずめて荒い呼吸を繰り返す千尋の姿に浮かんだ疑念は、しかし、ある違和感に即座にかき消される。

それは、ロッカーに入った時から感じていた、太ももあたりに感じる、柔らかいとも硬いともとれる、まるで袋に入れた片栗粉を押し当てられているような感覚。

それが、いつの間にか変化していた。

柔らかかったそれはいつしかその柔軟性を失っており、硬さのみとなったその何かはいま桜子の太ももを布越しに押し込み、脈打つような熱を肌に伝えている。


(これって―――)


桜子がその事実に気づきかけたその時、


「ン~……問題なさそうだなァ~、やっぱ聞き間違いかァ?」

((―――!))


一通りの機材を確認し終えたのだろう、ロッカーの外から部長の気だるげな声が聞こえる。先程、あれほどまでにバレないようにと恐れていた存在の声が、いまはなんだか救いの声に聞こえて仕方ない。


「まァ、この学校じゃ爆発なんて日常茶飯時だからなァ~……きっとほかの部活だろ」

(そんな学校聞いたことねぇよ………!!早く出て行ってくれ………………!!)


逸る気持ちに、心臓の音が余計うるさく聞こえる。その気持ちが伝わったわけではないのだろうが、


「………………」


部長はただ部屋のある一点を見つめた後、一直線に扉へと向かい。


バタンと扉を閉める音が響くのみであった。



「ぶはぁぁぁ~っ!!」


出て行った、そう認識した瞬間桜子はロッカーを飛び出した。

中にいたのは時間にして三分にも満たない間であったが、解放されたことがこの上なくうれしく感じる。

新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込みつつあたりを見回すと、そこに部長の姿はなく、桜子は薄い虚乳を撫でおろす。



「それで……………大丈夫?卯咲さん」

「っだい、丈夫です」

「いや、全然大丈夫そうに見えないんだけれど」


ロッカーから出るや否や、桜子に背を向ける形でその場にへたり込んでしまった千尋に桜子は心配そうに声をかける。



「大丈夫?立てる?」

「た、たてます。大丈夫ですから」

「でもなんか汗凄いししんどそうだけど…………まさか風邪をひいて?!」

「ちがいます!!その、えっとその」


近寄ろうとする桜子に、千尋は桜子がこれまでに聞いたことのない声量で叫んだ。




「た、たってるので!!!!」

「そっか!!立てるかごめんな!!!」


めいっぱいの拒絶に気圧された桜子は近寄ることを諦めて、そばに落ちていたタオルを千尋の近くへと投げる。千尋はそれに気づくと「ありがとうございます…………」と消え入るような声で感謝をして座り込んだまま体をふき始めた。



(流石に変なことしちゃったな……………)


その姿を横目で眺めつつ、どう声をかけるべきかを考えていた桜子の思考は、

テロンッ♪という電子音に遮られた。

桜子の携帯ではない。音の発生源は更衣籠に置かれた千尋のスマホであった。


その音に千尋がビクンッと肩を跳ねさせ、大事な部分をタオルで隠して立ち上がり、何やら青ざめた顔でスマホの液晶を眺める。


「………すみません狩森先輩、ぼ………私は用事ができたので今日はもう帰ります」


いそいそと服に袖を通しつつそう告げる千尋に、桜子は「え……?」と声をもらすが、それも無視して続ける。


「今日のことは、できれば内緒にしてくれると嬉しいです。詳しいことについてはまた今度話しましょう」

「いや、それは絶対大丈夫だけど」

「―――」

「それよりどうしたんだ?なんか、辛そうだぞ」

「―――っいえ。大丈夫です。気にしないでください」


今までとは違う、どこか距離を感じる事務的な言い方に、桜子は戸惑うが、千尋は戸惑う時間も十分に与えることなく身支度を済ませて、扉に手をかけてしまう。


「それでは、また今度」

「―――ま、まって!」


バタム………と広い空間に扉の閉まる音がむなしく響く。

窮屈なロッカーから抜け出したというのに、肺は何不自由なく息を吸えているというのに、素性はバレずに済んだというのに、一人取り残された桜子には鬱屈とした重さが空間に満ちているように感じられて、奥歯を嚙み締めた。


「………………」


思い出されるのは、部屋を出るときの千尋の顔。

焦燥、痛苦、自責、憂愁、逡巡、そして、拒絶。

『―――あの子が不良グループに目をつけられているからなの………………』

今朝沢野から聞いた話が頭によぎる。何かあったら助けよう。そう思って一緒にいたはずなのに、今こうして一人になっている。

追いかけるべき。そう思うのに頭の中にある数々の記憶が邪魔をする。

それは、幼いころの後悔。前の学校での慨嘆。姉との約束。



『竜、次何か問題起こしたらもうどうしようもないからね』


わかってる。


『暴力なんてもってのほかだから』


身に染みている。


『竜はそんなに賢くないんだから』


誰よりも知ってる。

でも、


『でも、こんなに言っても無駄なんだろうね』


それが俺だから。困ってる人は見過ごせない。





桜子は表情を引き締めて、ポケットの中の携帯を取り出し、素早く操作していく。


『だからもしなんか問題起こすなら今度はお姉ちゃんを頼りなさい。やるなら徹底的に、よ。』


ワンコールでつながり、桜子は電話越しに存在するであろう彼女に口を開く。


「友達を助けたい。手伝ってくれ―――姉貴」


独奏的なラウム8です


あと二話と言ったな。

あれは嘘だ。

少し長くなって一話がep.13まで続きそうです。申し訳ありません。こんなに長くなるのにはある理由があるので次回話せたらと思います。

今日も今日とておとこの娘はえっち。それを皆様にも伝えられるように。


合言葉


『千尋きゅん、初vokkiおめでとう』

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