第一話 ep.9 女の子同士
何もおかしくないな、ヨシ!
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「はぁ………何であんな感じになっちゃったんだろう…」
脱いでカゴに入れたジャージが、べちゃ、と音を立て含んでいた水を僅かに吐き出す。
「わ…下着までべちゃべちゃ……脱ぐしかないなぁ……」
スパッツと共に降ろされたパンツが、細いながらも健康的な脚を這い、太陽にまだ焼かれていない白い肌を、水がテカテカと輝かせる。
「シャワー浴びて気持ちをリセットしよ…」
個室に入り、蛇口捻ると、ほんの少しの間を開けてシャワーヘッドから多量の熱湯が吐き出される。
普段なら少し熱く感じるそれも、冷えていた体にはちょうどいい。
しばらく頭から浴びて体を温めた後、蛇口をまた捻りお湯を止める。
扉を開けると、中に滞留していた熱気が放出され、外との温度差から急激に冷やされて湯気の色を一層濃くする。
「うぅ…早く体拭かないと」
湯気に包まれつつ、タオルの置いてあるカゴに手を伸ばしーーーー
「ーーーえ?」
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「タオル持って来たよ!早くこれで……って、あれ?」
「ン〜…?何で卯咲がいねェんだァ〜…?」
雑巾で床の水を拭いていた桜子は、タオルを手に帰ってきた部長を見やり、
「あぁ、卯咲さんなら今さっき着替えに行きましたけど」
「え」
「あァ〜…」
しまった、というような表情をする二人に桜子は首を傾げる。
「どうかされたんですか?」
「いやァ〜、どうという訳じゃないんやがァ〜…更衣室のタオル今切らしてんのよ…」
「だからわざわざ取りに行ったんだし…」
「じゃあ、渡しに行かないとですね」
「「あ〜〜〜………」」
意味深な声を上げる二人に桜子は再び首を傾げる。
「あのね、あの子肌を他人に見せるのを異様に嫌うのよ…」
「着替えるのもいつも一人でだしなァ〜……一度御猪口が覗こうとしたんやが…マジギレされてたな」
「へ、へぇ〜…」
千尋のマジギレという、全く想像できない情景に目を細めていると、部長の隣にいた女子が「あ、そうだ!」と声を上げる。
「このタオル狩森さんが持っていってあげてくれない?」
「え!?」
「あァ、そうやな、持っていってもらおかァ〜」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
桜子は長い金髪を豪快にたなびかせながら首を横に振り、その様子をきょとんとした顔で二人が見つめる。
女子更衣室にタオルがなく、タオルを届けるために女子が入る。
下心などの介入がない限り、別にそれは異常なことではないのだろう。
しかし、桜子は、男だ。
(男が女子更衣室に入るとか絶対ダメだろ…………!!)
しかも中では美少女が着替えていて、いや、それは大事ではない。そも入ること自体が大事なのだ。大事件なのだ。
「そ、それにほら!私と卯咲さんは今日知り合ったばかりですし!」
「え?そうなの?随分と仲が良さそうに見えたんだけど…」
「なので先輩方が行った方がいいかと…!」
目に見えて強く拒絶する桜子は、だが、
「それこそ無理だなァ~」
「―――」
眠そうに間延びした声、しかし打って変わって真剣な表情で告げる部長に、桜子はのどを硬くしてしまう。
「あのね、今日知り合った狩森さんは知らないと思うけど、普段はあの子すごく無愛想なの」
「………無愛想」
「そうだなァ、部活に来ても必要以上には喋らんし、人と関わろうとしない、それこそ今日初めてあんな感情豊かなあいつを見たなァ…」
無愛想、今朝も聞いたそれに、しかし桜子は内心疑問を呈してしまう。
初対面の時は確かにそんなきらいがあった。しかし―――
『あの……絵って興味ありませんか?』
『―――ち、違いますからね!!??』
『なんか、自分の絵が好きになれました!』
―――本当に無愛想な人があんな顔をするだろうか。
なにやら考え込んでいる桜子に、しかし部長がそんなことおかまいなしに「やからァ…」と僅かに嗄れた低い声でゆっくりと詰め寄っていく。
「仲が良い君にしか頼めんのよォ、それに何かやましいことがあったりはせんやろォ?ほら―――」
「―――女の子同士なんやしなァ…?」
ぽす…とタオルを桜子の体に押し付ける。何やら含みのある笑顔の部長に、桜子は心臓をつかまれたような感覚に表情を強張らせたあと、
「…わかりました」
とタオルを受け取った。
独奏的なラウム8です
残すところあと一話になりました。あともう少し、付き合ってくれると幸いです。
部長の強キャラ感がすごい。
合言葉
『R18になってないってまじですか』




