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序章 1.砦の上の花畑 ②

 次の日。リベルタスの一日が終わった。

 次の日。リベルタスの一日が終わった。

 次の日。リベルタスが一日を終えた。

 次の日。リベルタスが一日を終えた。

 次の日。リベルタスの一日を終えようとした。

「待って。待って。寝ないで」

 目を開け、そこにいたのはイネスだ。どうしてか胸の内の鼓動が静かになっていくのが分かる。

「ごめん」

 謝らなくてもいいだろう。別に。どうして謝ったのだろうか。心の中までは分からない。

「本当にごめんなさい。前に突然いなくなったのと今まで来なかったことは本当にごめんなさい」

「別にいいよ。君が来なくても自分は君がいない日常になるだけだから。前の状態に戻るだけだから」

 と強がってみたはいいもの正直なところ少し嬉しい。でも、ここまま来なかった方が自分にとっては良かったのかもしれない。

「いや~。突然帰ったのはちょっとあれだけど遅れたのは向こうで仕事があって。それで忙しくて来られなかったの」

「そう。今日はどうして来たの?こんな時間に」

「こんな時間ってまだ日が沈んですぐだよ」

 そう言われればそうだ。そういえば、何もなかったら眠っていた時間だな。

「もしかしてだけど私が来なかったから退屈だったの?」

 イネスは少しこちらを煽るように言った。少しムカつく。

「まぁ。退屈ではあったけど何もなかった寝る方が良くないか」

「そうだよね」

 イネスは少し空振りしたようだった。それと肩を落としたようだ。

「で改めて聞くけどどうして来たの?」

「つづき」

「つづき?」

「そう、お話の続き。正直な話まだ一緒に見るのは諦めていないから」

 まだ諦めていないのか。自分はここを離れることができない。そういう契約だから。そういう約束だから。

「無理だよ。一緒には見られない」

「ふふん。大丈夫、秘策を考えてきたから。大丈夫」

 イネスは得意げな表情で語った。そこまで言うなら聞いてみようかな。リベルタスが聞く体勢に入るとイネスも同じようにいつもの体勢になり語り始めた。

「どこまで話したかな」

「蕾のところ。79年に一度蕾が開くのがあと1週間ってところ」

「よかった。憶えてくれて。興味がなかったわけじゃなかったんだ」

 イネスは嬉しそうだった。そんなに嬉しいことなのだろうか憶えていてくれるというのは?

「続けるね。え~。蕾が開くとね。人間の世界の花みたいになるんだよ。それも、どの花よりも綺麗で可愛いくて匂いも何ていうか月の光が満ちた閑静な森の香りみたいな感じですごく落ち着く香り」

「どんな香りなの?良く分からない。月の光?閑静な森の香り?」

「もうそこは良いの。どうせ花の匂いは嗅げるから」

 少し怒っている。でも、雰囲気を香りで感じることができるものだろうか?でも、そうか花の匂いを嗅げるのか。

「涙花草の匂いは心を穏やかにすることができるらしくって涙花草が咲くその日だけは騒がしい魔族の土地も静かになるんだって。だから、家に花を飾ってその日を幸せに祝う習慣が魔族にあるの」

「へぇ~。そうなんだ」

「で。その花を家に届ける仕事を昨日までやっていたの。もう大変だったんだよ。外れの集落から住宅街、全ての住民の家に花を届けたんだから」

 それは大変だろう。確かに魔族の家族に一つ花でも相当な時間がかかると思う。

「それは。頑張ったんだね」

 イネスは少し照れていた。

「それは置いておいて。今日はもう遅いからこれで終わり。明日の夜楽しみにしておいて。明日が涙花草の開花日だから。じゃあ、また明日ね」

「また明日」

 その日は今までが嘘のように気持ちよく眠りにつくことができた。

 翌日、昼。今日はやけに静かだ。そういえば、何十年に一回こういうのが定期的にあった気がする。多分だけど。あまり憶えていない。憶える気がなかった時期だったけ。何となく憶えておこうかなと思ったのも最近のことだしな。今日は平和だな。普段見ることができない静かな平原。昼寝でもしたくなる平和な時間だ。今日は久しぶりに昼寝でもしようかな。心地良い風、ほのかに温かい日差し、静かな空間でリベルタスは気持ちよく意識が落ちた。

 夕刻。砦の上で一つまた一つと影が増えていく。

 日が沈み。月明かりが私たちの光になったごろ。

「リベルタス。起きて」

 呼んでいる。でも、起きるのが面倒くさい。

「もう。起きて」

 しつこく起こしてくるので仕方がなく起きた。何かあるな。色々と。少し寝ぼけているせいか。並べているものが何か分かっていないようだ。

「じゃ、じゃーん。どう」

「どうって、何がだい」

「寝起きで寝ぼけているの?目の前に並んでいるこの涙花草のこと」

 涙花草?リベルタスは目を覚まさせると改めて周りに並んでいるものを確認した。

「どうしたの?これ」

「えっ。リベルタスに見せたくて準備したの。ちょうど寝ていたからサプライズにちょうどいいかなと思って」

 驚いてはいる。十分、驚いている。けど、正直な話をすると多分イネスの計画は無駄に終わる。私が参加する意思を見せなければ。

「あともう少しで咲くの。一緒に見ましょう。量が多くて運ぶのに時間がかかってぎりぎりになったけど間に合ったからセーフ」

「イネス」

「何?」

 イネスは名前を呼ばれて少し緊張した。

「イネス、これ」

「待って待って」

 イネスは慌てたように先の言葉を遮るように止めた。その瞬間辺り一帯が圧迫感を憶えると共に夜にも関わらず少し明るくなった。「「光導月誕こうどうげったん」」が始まった。

「咲くところを見て。咲くから」

「咲かないよ。ここじゃ咲かないよ」

「えっ」

 砦の上の涙花草を見ても確かに咲いていない。だって、ここじゃ。涙花草が開くための魔力が足りない。

「光導月誕は二つの月が重なることで涙花草が咲くために必要な光を供給することも重要だけどもう一つ重要なのは空気中の魔力を増幅させることだ。涙花草は回りの空気中の魔力を吸って開くための力にする。魔力が充満している魔族の住む土地なら咲くが人間の住む土地は魔力が薄すぎる。だから、咲かない。それを伝えようとしたが止められた。」

「リベルタスに綺麗な花を見せたかったのに」

「まあ、でも……。」

「自分のためにイネスがここまでしてくれたんだ。じゃあ、自分がこのサプライズに参加しなくてどうする。咲くための魔力が足りないなら咲くための魔力を補えばいい話。自分なら無尽蔵にある。だから、咲かせよう。この砦に。誰も攻撃をしたくなくなるような平和の砦をこの一瞬。作ろう」

 リベルタスは全ての涙花草に咲くための魔力を注いだ。一瞬の間。光導月誕の30分間の間。その短い時間の間。砦に上に花畑が誕生した。

「イネス。ありがとう」

 瞬間の平和の砦が終わり、二人は感傷に浸りながらもそれぞれの夜を終えた。

 翌日。二人の少女と少年がやってきた。二人の子らは砦の上に上り辺りをキョロキョロと見渡すと首をかしげて去って言った。「ねぇねぇ。お兄ちゃん。ここにあったよね」「あった。あった。見たことないぐらい綺麗なの」と言いながら砦を去って言った。このあと、砦に天国の花畑が出来たと噂になった。

 夜。大きなイベントが過ぎ去ったあとのような寂しい夜にいつもの御客人が一人来た。

「こんばんは」

「こんばんは」

 いつもはこんな挨拶をしないのになぜだかしたくなるような感動のあとの相手と感動を共有したくなるような雰囲気だ。

「すごかったね」

「そうだね」

 共有したいけどなぜか言葉が出てこない。言葉にできない何かすごいものを感じた。共有したいけど相手に言語化できる言葉がみつからない。そんな感じだ。二人は少しの間言葉を交わさなかった。

「そういえば、リベルタスは何で涙花草の咲く方法を知っていたの?」

「それは、約2000年の間、暇だったから。千里眼で見て観察していただけ」

「じゃあ。最初から涙花草のこと知っていたの」

「まぁ」

「何で言ってくれないの。私よりも知っている人に自慢気に話していたことになるじゃない」

「まぁ。そういうことになるね」

 イネスは少し頬を膨らませていた。

「でも、知らなかったことも色々あったよ。魔族の人たちが幸せを願う習慣があることや匂いとかは知らなかったよ」

「でも、千里眼で見ていたんでしょ」

「千里眼は見れるだけ。視覚だけの情報じゃ分からないことも多くあるし、魔族の話は魔族からしか聞けないから」

 千里眼だって万能ってわけではない。欠点だって存在する。何でもできるなら何でもできるような物、力がいる。魔力だけじゃなく。他にも——。

「それよりも魔族の人たちが開花の条件を知らない方が少し驚いたけど」

「だって、魔族の土地では絶対咲くし」

 そうか、魔族の土地でしか生きていないから他の条件で咲くかどうかなんて気にする必要性がないのか。それに、元来魔族は生き残ることが本能の根本としてあるから花を研究する者がいないからなんで咲くかとかは興味ないんだろうか。

「リベルタス」

「何?」

「これで外の世界の事をもっと知りたくなった?」

「なったのはなったが結解からは離れられないぞ」

 イネスはこれを聞いて落ち込むと思っていたけど少し喜んでいる感じがする。なんでだろうか。夜も遅くなり、二人は眠りに着いた。

 砦に朝日が差し込む。朝日に浴びた砦はいつもと違う姿へと変わりかけていた。小さな小さな命の芽吹きが生え、小さな命は大きくなりまた同じ平和を示してくれるのだろうか―—。

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