妖精息子3の2
(うわさでは、すでに辺土では国土そのものが崩れ始めていると言うな。その崩れはいずれこの王城にまで……いやいや、それはただのうわさだ。ほこりある王城の警備兵が気にとめることではない)
首をふると
(……それにしても、まさかおれが気まぐれで拾ったものの懐に薬があるとは、世の中はまったくなにがあるかわからん)
飼料になるはずだったヘンテコ生物が、宮中にお目通りかなったうえ、なんとぼっちゃま付きの小間使いという職まで得たのだから。
そして、そんな奇特なものを拾った功績で
「おれも城の外回りから内づとめに出世した。おまえのおかげだ」
兵隊虫がうれしそうに触角をふるわせ言うと
「いえ。それはあたしのほうがお礼を言うことです。今こうしてあたしがいられるのも、あなたがあたしを助けてくださったおかげです。ありがとうございます」
透膜つきは籠を持ちながら、ぴょこりと頭を下げた。
ひょうしにウンジェリゴの草がいくばくか落ちた。
「……ハハハ、そうか」
(甲虫のエサにしようと思っていたことは、言うまい)
そこまで顔の殻が分厚くない虫は、てれくささ半分やましさ半分から話題をかえて
「……それにしても、なんでおまえがそんな薬を持っていたのだろうな?上つ方はなんとおっしゃっている?」
第2右肢で甲殻と甲殻のあいだの関節を掻きながら、たずねると
小間使いは、またも透膜をずり上げながら
「……はっきりとはおおせになられませんが、奥方さまはご存じのようです。奥方さまが、あたしは『じょしこうせい』という生きものなのだと教えてくださいました。持っていたものからわかるそうです」
「ふうん、そうかい」
「ジョシコウセイ」とは聞いたことのない種族名だが、高貴な方々はわれら下々とは学がちがう。一介の兵隊虫ふぜいでは知らないこともたくさん存じておられるのだろう。
しかし
「その持ちもの……『せいとてちょう』には、あたしの名前がのっていたんですよ」
と小間使いが言うのには、おどろきのあまり触角が立った。
「なんと!?おぬし、名持ちの生きものだったのか!?」
この世界では(いいかげんなあだ名ではない正式な)個体名を持つことは、非常にまれなことである。そのあたりの事情は、たとえ上つ方……王族であっても変わらない。
そもそも名を与えるという行為は、一般に名づけた側に非常な負担を強いるものなので、よほどな事情がないかぎりおこなわない。この王城でも、名持ちの生きものなどひとりもいないはずだ。
(まさかおれの拾ったものが、名持ちだったとはなあ……そりゃ、このものが上つ方に珍重されるはずだ)
自分が拾ったものが世にも珍しき存在と知った兵隊虫の触角のふるめきを見て、小間使いはおかしげに
「だからヘイタイムシさん。もうあたしのことを『透膜つき』とよぶのはやめてくださいね。あたしの名は『さわこ』だそうです。これからは、そう呼んでください」
「そうかい、透け……いや、さわこ」
兵隊虫は、はやまってこのものを甲虫に食べさせなくて、ほんとうによかったと思った。




