9.文化祭前日(1)
次の日の朝、佐和子が目を覚ますと、美しすぎる顔が目の前にあった。
ぷーすけが枕元に座って、間近から顔をのぞきこんでいたのだ。
「きゃっ、なにしてんのよ?」
びっくりして、かけ布団で顔をかくした母に対して、
息子は
「——?ただ母上の寝顔を拝見していただけですが、なにか都合が悪かったですか?本来ならば嬰児たるもの、母の腕、そして胸に抱かれてなんの憂いもなく眠るべきところですが、母上が接触をいやがっておいでですから、こうして間近にご尊顔を拝謁するにとどめているのです」
おあずけを食らった子犬のような表情だ。
(やだ、ぎゅっとしたい)
そんな湧き上がる気持ちを必死にこらえて、少女は
「だめよ。ふとんに入るなんて。そんな、はしたない」
「親子なのに……」
しおれるぷーすけの表情を見て、ちょっとかわいそうに思った佐和子は彼の両頬に手をそえ、なでてあげた。
うれしげに目を閉じる美青年に、母性なのだかなんだかわからない感情がこみ上げてくる。
「ははうえ……」
「ぷーす……」
「——佐和子!もう起きなさい、学校に遅れるよ」
母親のかけることばに、
少女は
「さぁっ!もう行くわよ!」
赤くなった自分の表情をかくすように息子をはねつけ、いきおいよく起き上がった。
いっしょに朝食をとったあと、ぷーすけはふつうに佐和子の登校にしたがってきた。蝶々のような優美な羽根を背に出すと、音もなく自転車に並飛行する。
「ちょっと!駄目じゃない、学校にまでついてきちゃ!」
少女の当然のことばに、
しかし息子は
「……母上の考えも古いですね。むかしとちがって、当世では子連れの出勤・通学はめずらしくありませんよ」
にやつく。
「聞いたことないよ!そんなの!」
「だいじょうぶです」
自信たっぷりな「息子」に頭を抱えているうち、学校に到着した。
生徒たちの、自分たちに向けられる興味津々な視線を感じてつらい。
級友たちは、佐和子たちを教室に迎えるやいなや
「わあ、佐和子ちゃん。すてきな******ね」
「ほんと、かわいい******。……っていうか、すごいイケメンね。お名前、なんて言うの?」
「……ぷーすけだよ」
昨日彼自身が言っていたとおり、なぜだか会う人みながぷーすけのことを無条件に受け入れている。しかも、なんで******ってわけのわからない発音を、問題なく言えるの?そんなにメジャー?
生徒たちは
「でも学校に連れてくるとは、やるね。先生たち許してくれる?」
「盲導犬はいいだろうけど、******はどうかな?」
まるで、佐和子がやむない事情でペットを連れてきたかのような口ぶりだ。