妖精息子2の35
「ひっ!」
少女らが悲鳴を上げたのは無理もない。
なぜならその崩れた壁のうちに立っていたのは、おぞましくも血まみれに腐敗した女性らしき死体だったのだ!そして……
“Upon its head, with red extended mouth and solitary eye of fire, sat the hideous beast whose craft had seduced me into murder, and whose informing voice had consigned me to the hangman.”
(その頭上には、赤く開いた口と燃える片目の、醜大な獣がすわっていた。そいつの力がおれを人殺しの道に誘いこみ、そいつの声がおれを首吊り人のもとに送り届けたのだ)
術師のセリフどおり、死体の頭上には巨大な片目の黒猫がすわっていた!
……いや、しかしそれをほんとうに猫と言ってよいのだろうか?なんといってもまず体が大きすぎる。死体が重さでひしゃげるその巨体は、まるで動物園で見るライオンのようだ。そして、その凶悪な面構えは、まるっきり……
術師はさけぶ。
“ I had walled the monster up within the tomb!”
(おれは壁のなかに「怪物」を埋めこんでしまったのだ!)
「オー・マイ・ガッ……」
化学教諭は、ふたたび気を失った。佐和子が支える。
絵里は
「佐和子ちゃん、気をつけて!それはほんものの猫なんかじゃない。術師が、小説の文章にそって壁のエーテル体から作り出した念体よ!」
警戒を発す。
術師はわらって
「そうさ。でもおかげでホンモノの猫とちがって、忠実におれの言うことを聞く。さあ怪物、この子たちを喰らうがいい!」
『ミャ――ッ!!』
飛びかかる巨黒猫に
『しろたへの!』
絵里が一瞬早く両掌を床に押し当て唱えると、床が『波』打ち、その喉にアッパー・カットする。
『フギャッ!』
猫はいったん退るが、それで攻撃をやめることはない。
ふたたび襲いかかってくるのを、
絵里は
『ひさかたの!』
ふたたび応戦するが、引き出された光は弱々しい。
「うっ!」
黒猫におさえこまれてしまった。
「絵里ちゃん!」
術師は
「たしかに見事な歌ことばだったが、連発しすぎたな。力を使い切った」
せせる。