妖精息子2の34
「いまのオレならば、その設定を書き換えることができる」
術師は壁にもたれかかると
「オレには好きなアメリカの詩人がいてね。さっき講堂の床に穴を開けるときだって、そいつの小説の一部を読んだんだ。『振り子と穴』って題名が、状況にぴったりだったんでな。
今度は良い壁があるからな。それにあわせた作品を読んでみよう」
言うと、壁に鉛の弾を埋めこむ
……やいなや男は様子を一変、目を見開くと
“By the bye,ladies, this—this is a very well constructed house."
(ときに、おじょうさんがた、こいつ……こいつはとてもうまく建てられた家ですぜ)
オーバー・アクションに両手を広げながら、英語で演技?を始める。
とても愛想よく
"I may say an excellently well constructed house. These walls—are you going,ladies?—these walls are solidly put together;"
(言ってよいだろうな。すんばらしく、よく建てられた家だと。この壁……わかるだろ?おじょうさんがた……壁も丈夫に造られている)
トントンとたたく。
佐和子は、講堂でもそうだったが彼がたしかに英語をしゃべっているのにその意味がわかることが不思議だった。英語のなかでも、特にリスニングは苦手なのに。
ごきげんな様子で壁をたたき終えた術師は、しかし、なにかに気づいたらしい。にわかに怪訝な表情になった。そしておそるおそる、いかにも芝居がかって壁に耳を寄せる。
彼は
「……なんてこった……なんてこった……」
おののきながら手を組むと
“…may God shield and deliver me from the fangs of the Arch-Fiend! No sooner had the reverberation of my blows sunk into silence…”
(……おお神さま、おれを魔王の牙から守り救ってください!叩音が静寂に沈みこむやいなや……)
『……ミャ――ッ……』
“...than I was answered by a voice from within the tomb!”
(……墓から声がしたんだ!)
たしかに佐和子らにも、壁から息漏れのような音がしだしたのはわかった。
ただ、なぜそれが
(墓なの?だって、それは壁でしょう?)
術師の言葉の意味がわからない。
しかし彼は疑問にこたえず、セリフを続ける。
“…by a cry, at first muffled and broken, like the sobbing of a child, and then quickly swelling into one long, loud, and continuous scream…”
(……そのさけびは、初めはこもってとぎれがち、こどものむせび声のようだと思っていたら、急に長くけたたましい一連の金切り声になった)
『……ミャ――ッ!ミャ――ッ!ミャ――ッ!……』
“...utterly anomalous and inhuman—a howl—a wailing shriek, half of horror and half of triumph, such as might have arisen only out of hell, conjointly from the throats of the damned in their agony and of the demons that exult in the damnation.”
(すっかり異常で人ならざる……そう、獣のうなり声……悲嘆のさけび、恐怖と勝利感が入り混じった、地獄からしか出てこない、罪人がその責めの苦しみから、また悪魔が奈落にいる喜びから出す声が重なったもののようだった)
徐々に大きくなるその鳴き声が
『ミャ――ッ!!!!!!!!』
絶頂に達したとき
――ボコッ
ついに壁が崩れた。