妖精息子2の32
「ちがいます。気をしっかりしてください」
大田原教諭は眼鏡をかけなおすと
「あら、いやね。あたしったら居眠りしてたの?おかしいわ。変な夢を見て。講堂にあつまった生徒たちがおかしくなっちゃって、おそわれたの。それから大きな穴に落ちて。怪物に食べられそうになって……いやぁね。この前、深夜にパニック映画なんか見ちゃったせいかしら……って、ここはどこ?」
あたりを見わたし、たずねる。
「先生、それは夢じゃありません。先生はあたしたちといっしょに穴に落ちました」
絵里のことばに
「えっ、なに?ここは地下なの?地底人の王国?地球空洞説なんてあたしは受け入れませんよ……ああ、そう?これもまた夢なのね。不思議の国のアリスね。または夢の中で夢を見る多重夢。ストレスがひどいのね、あたし」
……どうも、ちょっとおかしいままだな。
「とにかく、大田原先生はあたしが助けますから、ついてきてください」
推しの教え子のことばに、顧問は感動したらしく
「そうなのね?やっぱり絵里さまは、夢の中でもあたしのスターでいてくれるのね。うれしい!あなたが女優になったら、あたしは教師をやめてあなたの付き人になるの!」
口走る。
女性教諭の思いもよらない野望まで知ってしまった。
(あたしは、ここまでひどくない。節度あるファンでいよう)
佐和子は「ひとのふり見て、わがふり直せ」ということばの意味を知った気がした。
(これだけ思いこみがつよいから、雷の王子に意識を乗っ取られなかったのだろうか?)
「ウィ・ラブ・エリ!ウィ・ラブ・エリ!世界はあなたのために回ってるの!」
ねぼけた教師のたかぶりをなだめつつ、形くずれる片輪車から佐和子たちが降りると
「……歓談中のところ失礼する」
背後から陰気な声がした。
それは
「術師!」
じとっとした髪と口ひげの黒服男だった。
彼は絵里に対してうやうやしく頭を下げると
「どうも、先程は見事にしてやられましたな。『うたことば』をお詠みになるとは、名のある魔道家のご息女と存ずる。やむをえぬとはいえ、かかる高貴な方に無礼をはたらく次第になったことは、深くお詫びいたします……」
神妙な口ぶりだったが、それから頭を上げると声音をもどして
「――まったくよぉ。このような事態も想定されるから、この学園に手を出すのはよく考えるべきだと、あの王子に進言しておいたのだがな。しょせんやつら******に、この街の特殊性は理解されがたい」
おどけて首をふる。