2.たまご(1)
その日、佐和子が教室を出たのは、かなりおそかった。
明後日にせまった文化祭……そのクラス出し物の書類づくりをしていたからだ。
佐和子が属する高等部K1−B組(KはKoutoubuのK)は、もともと学園行事に積極的ではない生徒が多いクラスだ。それでも、青春のたしなみとして、かんたんな模擬喫茶店を出すことになっていた。
具体的な教室の飾り付け・食材の用意などは明日の放課後、クラス総出ですることになっているが、そのための必要経費要求書を学園側に提出しないといけない。
なのに、その書類が全然できていなかった。もともとこの仕事は、佐和子らとともにクラス実行委員に選ばれた平井直実の担当だったのだが、ぜんぜんしてなかったのだ。
問うと彼は
「——だって、ぼくに数字をあつかわさせるなんて無茶だよ」
と、しゃあしゃあと言ってのけた。
平井直実はよくわからない生徒だった。
教室に置かれた(だれがいつ置いたかわからない)植木鉢の世話を自らするような奇特な男の子だから、きっちりと仕事をするだろうと任せたのだが、まさか事務的なことがまるでできないとは知らなかった。
佐和子は彼と今年初めてクラスがいっしょになったから、よくわかっていなかったが、中等部で彼と同じクラスだった千佳には
「平井に計算なんてできるわけないよ。あいつは花に水をやるしかできない男だよ」
と言われた。
(そういうことは早く言ってほしかった)
もうひとりの実行委員・絵里は演劇部の出し物の稽古のほうに忙しいから、今更いっしょに残ってくれとは言いにくい。
けっきょく、地味な作業を佐和子ひとりで教室に残ってするはめになったのだ。
直実には、全生徒に先立ってすでに始まっている実行委員の準備作業にひとりで行ってもらった。クラス代表としてはたよりないけど、ダンボールとかを運ぶ力仕事がメインらしいから、まあいいだろう。
(——まったく。あたしだって別に計算とか得意じゃないけど……よく直実くんは高等部に進級できたな)
ちょっとした計算だが、お金がからむので(根がまじめな)佐和子は何回もチェックした。
おかげで時間がかかった。
佐和子が書類を職員室に提出しおえたころには、すでに実行委員たちの作業も終わっていた。直実は下校したらしい。
(まったく!あの子のせいであたしが残る羽目になったのに、なにも言わず先に帰るなんて。男子って、そういうだらしなさがあるからキライよ!)
佐和子は、プンスカしながら駐輪場にむかった。