妖精息子3の47
「正直、きみたちに母上の身柄を託さなければならないとは慚愧にたえん……というより、ただ無念だ。しかし、事態がこうなった以上やむをえん。もはやわたしには、母上をそばで見守ることが出来ない……」
そう言うと、しばらくなごりおしい表情で母の顔をうちながめてから、直実にその身をあずける。
そして
「しばしとはいえ、母はわたしと関わり、こんな異世界にまで渡ってきた。そちらの世界にもどったからといって、今後ふつうどおりに生きていくことはむずかしくなったはずだ。これからは、さまざまな形で危難がつきまとう人生になるだろう。なので」
世界の王は、母の同級生たる少年に対して膝を屈すと
「直実。きみの人生がすでに困難にあふれていることは承知の上で、無理を押してお願いする。どうぞこの先、わたしのかわりに母上を守ってくれ」
請願する。
「そ、そんなことしないでよ」
あわてる直実に
「では、たのみを聞いてくれるか?」
世界の王の切実な声に、
少年は
「えっ?……ああ、まあわかったよ。ぼくとちくわにできるかぎりのことはするよ」
「げっ?おれもか?」
「あたりまえだ」
緑髪の美少年は
「……あーあっ。しかたねえな」
とぼけ顔で、翅をひらめかす。
赤髪の王は、いまだ深刻な面もちで
「……それは、きみの妹君に対してよりも先んじてか?」
問う。
少年は苦笑んで
「もうぼくが、絵里にできることなんて無いよ」
言うが、ぷーすけの真剣な視線に
「……ああ、わかったよ。この先なにがあっても、青柳……佐和子さんのことを優先する」
こたえた。
「ちっ。おまえのことを記憶から消すってことは、今後おれも佐和子からすがたを隠さなきゃいけねぇってことだろう。そのうえ、パスを通じて一々おまえに佐和子情報を伝えるってか?めんどくせぇな」
「それぐらいかまわんだろう、下位存在」
同胞のたのみを、木の王子は不承不承な態で受け入れると
「……ちっ、しかたねえ……お、おまえ、恋しいママと離れ離れになるからと、さびしくなってひとりで泣いたりするなよ」
ふるえる指で差す。
(ちくわは、自分が親……直実と離れる立場になったらと考えるだけで、恐怖なのだ)
それに対して、ぷーすけは
「さびしくなどはないさ。この世界のもとになった種子は、母上の情報で出来ている。この世界にいることは、いわば母上の総身で包んでいただいているようなものだ。心地よさにかわりはない」
ほほえむ。
「……きみは、親孝行な子だよ」
直実とちくわは、佐和子をつれてもとの世界に帰った。
虚空の中の小さな世界にひとり残った王は、机に向かって世界の再構成に追われる。
その作業に倦み疲れると
『ゆりかごの歌を
かなりやが歌うよ
ねんねこねんねこ
ねんねこよ』
歌声がする。
「ああ……母上、わたしのためにうたってくださるのですね」
子は、しあわせげに目を瞑った。
妖精息子(完)
「妖精息子ーお母さんと呼ばないでー」
最後までごらんいただき、ありがとうございました。
もともとこの話は「あやしの診療所」の過去エピソードのひとつとして書き始めたものですが、書いているうちに意外と、因縁というか人間関係が入り組んでいることに気づきました。読んでおわかりのとおり、それらの決着はまだついていません。
それらはどうやっても長くなるので、別続編として書く予定です。
主役ももう決まっているのですが、先に他の話で書かないといかない部分がいくつもあるので、実際に手掛けるのはだいぶ後回しになります。
挿絵の描き直しもする予定です。
お待ちいただけるとさいわいです。
2025.2.4 みどりりゅう