妖精息子3の35
ふわり
さわこの目は覚めた。自分が冷たい地の上に横たわっているのがわかった。
「えっ?……あたし、たしか……」
蔓が切れて、奈落に落ちた。それはあまりに高く、あまりにおそろしかった。その恐怖と疲労から、落下の途中で気を失って……
(なんで、あたしは生きているの?)
見上げると崖は高く、もはや地上がどのぐらい上にあるのかもわからない。あんなところから落ちたら、衝撃で五体は粉微塵になっていて当然だ。なのに、自分はなにごともなく生きている。
どういうこと?
(もしかして、ぷーすけがたすけてくれた?)
こういうときたすけてくれるのは、あの息子か、昨日時計の奥にいた平井直実・ちくわだった。
(そう。同じクラスの平井くん……)
平凡な女子高生・青柳佐和子としての生活を思い出す。
でも今、彼らのすがたは見えない。
もしかしたら、自分と同じように坊が近くに落ちていないかとあたりを見渡し声をかけるが、そのすがたも見えない。わけがわからない。
どうやら、あたしはすっかりひとりぼっちのようだ。
もうこうなったら、この薄暗い場所にこのままいて死ぬのを待とうか……ぐったりした体を横たえていると……
(――奥へ、奥へ進むのだ……)
なんだろう?またあの声がする。
(――いったいなんなの?)
不審をおぼえながら、しかし少女はその声にいざなわれるように重たい体を引きずりながら、とぼとぼと崖づたいに歩み始めた。
その道は下っていって、ますます深淵……奈落の底に向かっていた。
さわこが下った先……奈落の底にあったのは、冗談のような光景だった。
ぴかぴか
透明な建材 (ガラスだろうか)で出来た、巨大な建築がそこにはあった。
それは少女に歴史の授業で見た、第一回万博で建てられた水晶宮を思い起こさせた。
ただ、いま目の前にある建築は展覧会のパビリオンとは異質の重々しさがある。
部外者の安易な立ち入りを拒絶する、宮殿か宗教的な堂のおもむきがあった。
しかし、少女に他に選択肢は無い。
さわこは訪いを告げることもなく、足を引きずるように開いた門から入っていった。




