妖精息子3の25
少女が逃げこんだ先は、水気が強くもはや森というより沼地だった。
履物の中まで泥でびちょ濡れだ。あたり一面、充霧って視界が悪い。
「なんとか逃げましたけど……」
ヘイタイムシやカラッポさんらを置いてきてしまった。
「みんな、だいじょうぶでしょうか?」
さわこの問いに、
抱えられた坊は
「そりゃわからない。今はともかくそれより自分たちの身を心配しないといけないよ。危ない状況にあるのは変わらないんだから」
冷静に言う。
この坊は、自らの生存を第一に考えることに徹底している。
いっぽう世話役の少女は、どうやらもともと平和な世界にいたらしく危機意識があまいので、そこはこの幼鳥に見習わないといけないところだ。
「いったい、あの黒い鎧を着たものはなんだったでしょう?」
問うと、
坊は
「わからない。ただ、ぼくらを目がけて行動していたね」
「ぼっちゃまは、ご自身が追い回さられるおぼえはありますか?」
「ないよ……それに追いかけられたのは、ぼくじゃないかもしれないじゃないか?」
自分を抱く少女を示す。
「なんであたしが?あたし、あんなのと知り合いじゃありません」
「そうかい?でも、あの時計の向こうにいた子たちは、きみのことを知ってるみたいだったじゃない?」
「それは……」
たしかに、あのちぢれ毛の少年には見覚えがあった。はっきりとは思い出せないが、目が合ったときにいやな感じがしなかった。むしろ、ほっとするなつかしみをおぼえたぐらいだ。
「もしかして、さわこの彼氏かな?」
「えぇっ?いやですよ。あたしはもっとキリッとした顔が好きです」
そこはきっぱり、少年が聞いたら悲しむであろう切り捨てかたをした。
「そうかなぁ」
岩にこしかけ休みながら、そんなたわいのない話をしていると
ピカリ
濃く立ちこめる霧のむこうに、光が見えた。
思わずふたり、だまって顔を見合わす。
「……なにものだ?」
弱々しい声がする。
霧が少し風に流されて、すがたが見えた。それは……
なんと雷の王子……アーロンだった。
体の欠損が甚だしく、立つこともままならず大岩にもたれ、うなだれていた。もとの整った容姿とはまるでかけ離れたものになってしまっている。
さわこは、とっさにショールで自らの顔をかくした。
坊は
「あっ、王子さまだ!よかった!かあさまとの約束があるから、ぼくたちを守ってくれるよ!」
いかにも無邪気なことばを投げる。
それが、王子に攻撃されないよう機転をきかせて放ったものだと、今のさわこにはわかる。ほんとうに、この雛鳥の生きるための能力は卓越している。




