妖精息子3の23
その箱の中にはゆれる振り子があって、カッチカッチとリズミカルな音を刻んでいるのが、ガラス板ごしにわかる。
表面上部には、丸い金属板に長短二本の金属針が取り付けられている。
それは、まるっきり
「時計だ……」
さわこはつぶやいた。
「異世界のものだね。振り子運動にもとづいて時を計るということかな?」
かしこい坊が、ただしく機能を捉える。
ヘイタイムシは
「どうにもカチコチと気持ち悪い音ですな。まがまがしい」
カラカラさんは
「あっしのところに倒れてきたら、イヤですね。つぶれちまう」
遠巻きにうかがいながら、わあわあ言う。
時計は長年、野ざらしで放置されていたのかして、表面は泥にまみれている。そんな状態でも、いまだにきっちり振り子運動を続けているのが不思議ではあるが。
さわこはその時計(4時46分を示している)を見ているうちに、それとまったく同じかたちをしたものを、異なる場所で見たことを思い出した。
(そう……あれは、旅館のラウンジで……)
『……どうしても行く気ですか?ご友人がたにも黙って?……しかたないですね。ちょうど今、わたしが往診依頼を受けていますから、その代理という形で、向こうに行けるようにしましょう
……ただし、どんなリスクがあるかしれませんよ……なにせ、いまのあなたはサカイモノとしては甚だ脆弱なのです……向こうにわたる途中でなにかあっても、わたしには助けることができません……それでもよいなら、この時計……門をくぐってください……ええ、幹久よろしく……』
短金髪で丸眼鏡をかけた医者の顔を思い出した。そして、旅館のあるじらしき男性が金の鍵で時計を開けて、あたしはその中に入った。
ああ!でも、その前後がちっとも思い出せない!
まちがいなくあたしは強い意志のもと、この世界にわたってきたはずなのに!それがなんなのか思い出せないなんて……
ああ、もう!自分の記憶なのに!少しづつしか出てこないのが、もどかしい!
「どうしたの?さわこ」
自分を抱く少女の異変に気づいた坊は、事情を聞いて
「……そうか。じゃあさわこは、この時計をゲートとしてこの世界にわたって来たんだろうね。向こうの世界にも、そっくりおんなじ時計があるんだよ。類感原理を駆使して、ふたつの世界をつないでいるんだよ。量子もつれを大規模展開したみたいな感じかな?
今の話だと、やっぱりさわこは自分の世界からこの世界に来るとちゅうでなにか不都合があって、その影響で記憶が無くなったんじゃない?」
分析する。
ついでに
「ぼくらカッコウは、飛べるようになったら、こんな道具にたよらずとも世界をわたることができるんだよ」
自慢する。
さわこは坊のちんぷんかんぷんな話を流し聞きながら、時計のガラス板に映る自分のすがたをながめていた。
(あたしって、こういう顔なんだ……)
この世界では、鏡でわが身を映すことができるのは、王族のみである。水面ぐらいでしか自分のすがたを見ていなかったので、暗闇ごしでガラスに反射する像でも解像度が高く思える。
とはいえこのガラス板は、職人の手作りなのかして微妙に波を打っている。そこに森のわずかな木漏れ日がうつってゆらゆらとゆれると、あらぬものまで見えてしまうようだ。
まるで自分の顔ではないものが時計の奥にいるようで……それが
「あ・お・や・ぎ・さ・ん!」
ちぢれ毛の男性……というより、自分と同年代の男の子がさけんでいる。
さわこをわかって声をかけているようだ。
思わずもっとよく聞き取ろうと、少女が時計に顔を近づけると……
「に・げ・て!」