妖精息子3の11
そんな息子の後ろすがたを見て、奥方はよろめく。
「いかがなさいました?奥さま」
駆けよるさわこに
「……ふぅ。話には聞いておったが、たしかに『名づけ』とは身体に負担がかかるものよ。このような苦役ならば、むしろ坊に名をつけたかったが、時勢からそうもいかなかった。ままならぬものよ」
苦笑むと
「誰かおるか?」
呼び出だす。
「――ははっ、奥方さま。御前に」
あわてて見参して膝をつくのは、さわこと顔見知りのヘイタイムシだ。
彼に対して奥方は
「ふむ。おまえはもともと外回りであったな。地下の通路も知悉しておるな」
「はっ。警備ですので」
そのことばに、奥方はさしうなずくと
「……さわこ。今からおまえは、坊をつれて地下をぬけて外に出よ。兵隊虫、貴様はその案内と警護につけ。安全なところまで避難させるのだ」
さわこがおどろいて
「避難?奥方さまは?」
問うと、
高貴な存在は
「あたしは、ここに残ってあの王子……アーロンの支援をする」
えっ?しかし、すでに雷の王子には名付けによって十分な支援を与えたのでは?奥さまがそこまでなさる必要が?
さわこらの疑問に、奥方は首をふると
「たしかに名をつけたことによってあの王子の力は強くなったが、安心はできぬ。あの得体の知れぬ異界生まれにどこまで通用するか……どうにも、あたしはいやな予感がするのだよ。事態は決して楽観できない。可能なかぎり、坊を安全な遠方においておきたい……」
なおもためらうさわこらに
「心配せずとも、あたしに死ぬ気はない。坊が巣立つ……ひとりで飛べるようになるそのときを、自らの目で見るまではのう」
奥方は、すやすやと寝息を立てる愛児を抱きかかえると
「――かわいいぼうや。おまえが本当は、あたしなどただ一時の仮親にすぎないと歯牙にもかけていないことは知っている。しかし、そんなことはなにもかまいやしない。
あたしは、ただおまえが無事に育ってくれればそれでよいのだから。
おまえのすがたがあたしの瞳に最初に映ったあの瞬間から、ずっとおまえはあたしのすべて――ああっ!どうか自由に空を羽ばたいてちょうだい!」
その頬を舌でやさしく舐め上げた。
そして
「まかせた」
さわこに坊をあずけると
「――さて、王族の力を下輩に示してやろうかしらん」
その美しき翅をひろめかして、バルコニーから騒擾はなはだしき外に出る。