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剣と魔法はどっちが強い?~神々が人間を使って結論を導き出すようです~

作者: 成井シル

「剣と魔法は極めればどっちが強い?」


 冒険に憧れる者であれば、誰もが一度は思うことですよね。

 多くの冒険者が、自分なりの結論を出して、自らの得物を選んできました。

 冒険を志したばかりの、かつてのあなたがそうだったように。


 そして、クエストを達成した暁の祝宴では、ジョッキ片手に同じ話題で盛り上がるものです。

 きっと、結論が出ないまま喧嘩騒ぎになって、店を追い出されるところまでがセットでしょうね。


 だから、これは永遠の命題。

 結論が出ないままにされ続けてきた、平行線の議題。


 でも、それぞれを司る神々が議論を交わしたとしたら――――




「そこまで言うなら、白黒はっきりつけようじゃないか」


 典雅な装飾がふんだんに施された光り輝く宮殿に、厳粛な声が響いた。

 荘厳な響きの中に、隠しきれない苛立ちがあった。

 声の主は、世界の理を担う三柱の内のひとりにして、すべての武芸を司る剣の神だ。

 人間世界においては、力の神と称されている。

 断罪の剣を腰に帯び、砕けぬ甲冑を揺らして立ち上がる。

 その深い青の瞳は、厳めしく相手を睨みつけている。


「言葉で言っても分からぬようなら、実力で知らしめるより他にあるまい」


 相対するのは、こちらもまた三神のひとり、攻撃、回復、補助その他すべての術を司る魔術の神だ。

 人間世界においては、知恵の神と称されている。

 不可視の錫杖を持ち、万象を拒む法衣を身に纏っている。

 組んでいた腕をほどき、ゆっくりと立ち上がった顔は、誰が見ても不機嫌そのものだった。

 その濃い緑の瞳は、冷淡に相手をねめつけている。


「今回ばかりは、私がなだめて一件落着とはいかなさそうねぇ……」


 かたわらで頭を抱えているのは、三柱の最後のひとり、ありとあらゆる巡りを司る運の神だ。

 人間世界では運命の女神などと呼ばれている。

 これまでは、力の神と知恵の神が言い争い、運命の女神が「まぁまぁ」と両者の仲を取り持って事なきを得る、ということの繰り返しだった。

 ところが、この日は違った。

 何気ないことで両者がヒートアップしてしまい、引くに引けない流れになってしまったのである。


「では、『英霊の庭』で一本勝負といこう」

「いいだろう。待ったなし、恨みっこなしだ」

「ストップ、ストップ」


 立ち上がった二人の神を、運命の女神が制した。


「あなた達が全力で闘争したら、この天上はおろか、地上や冥界まで消し飛ぶわよ。それでなくとも、少し前に冥界の女王から「もうちょっと騒音を控えてほしい」と苦情が入ったばかりでしょうに」

「いや、今回ばかりは押し止められん」

「同感だ。先延ばしにすることはもはや許されぬ」


 発する気のみで大地の生き物が消滅してしまいそうだ、と女神は頭を掻いた。

 両者がにらみ合いを続けて空気が震えれば、また、人間世界で地震が多発してしまう。

 どうにか、このふたりが納得する形で、決着をつけさせられないものか。

 かといって、自分に出来ることはと言えば、三界の循環を操作することくらいのものだし――いや、待てよ。


「こんなのはどうかしら?」




「『火』の魔王が、ラルのパーティにやられたって本当!?」

「ああ。こっちはアスが『水』を討ち取ってるから、五分五分ってところだな」


 南の大都市、その中でも最大の宿屋の一室で、一人の剣士が口を尖らせていた。

 その一角、円卓にはアスと、魔王討伐の旅に同行している三人の男が腰を落ち着けている。

 青色のショートヘアをくしゃくしゃに掻きながら憮然とする乙女に、仲間の戦士が苦笑した。


「百年以上も君臨し続けている五大魔王が立て続けにふたり討ち取られたんだぞ。もっと喜べよ」

「喜べないよ。力の神様には「魔法を得意とする妹に先駆けて魔王を滅ぼし、剣の優位性を示せ」ってハッキリ告げられたんだもん。互角じゃきっと納得してもらえないし、神様が許したって私が許せないよ。ラル――双子の妹に負けるなんてさ」


 憮然とするアスに、同行している屈強な男達は顔を見合わせた。

 そして、じっと目を閉じたアスに聞こえないように声を潜める。

 口火を切ったのは、その中でも一番若い男だった。


「僕ら人間的には、最終的に魔王全員を討伐出来れば、どちらが優れていてもいいと思うんですけどね」

「言うなって。神々にしてみりゃ、魔王なんざ、剣と魔法、極めればどっちが強いかを証明するためのダシでしかないんだから」

「それぞれに秀でた人間に祝福を与えて、お供についてもこっちは剣士限定、あっちは魔法使い限定ですもんね。共闘すれば相乗効果で戦力が数倍になるっていうのは広く知られていることなのに」

「神々の啓示と祝福を受け、魔王討伐の使命を担う奇跡の双子……といや聞こえはいいっスけど、その実、仲は険悪、姉の性格はケチで有名、剣の腕は人外そのものっスからね」

「最後については、素直に誉めてくれていいと思うんだけど?」


 三人が顔を上げると、アスがじろりと睨みつけている。


「い、いやいや、アスを誉める言葉は別にあるからよ」

「別に? なに?」


 青い目を細めるアスに、男が口早に言葉を紡ぐ。


「ほら、やっぱりなんといっても、『蒼の乙女』と称されるアスは……稀代の美少女だからよ!」

「え? そ、そうかな」


 分かりやすく顔を赤くして、アスが頭を掻く。


「そうそう、一目見た妹のラルちゃんも可愛かったっスけど、アスのファンの方がちょっぴり多いって専らの噂があるという可能性も無きにしも非ずっスよ」

「妹の方が女の子してるから、そんな風に言われたことないけど……でも、みんながそう言うなら、そうなのかなぁ……」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがるアスを見て、男達はほっと息をついた。


「こうしてれば、普通に可愛いんスけどね……」

「分かる、分かる。金勘定に五月蠅くて面倒な性格だっつー評判があったにも関わらず、この界隈で人気はあったもんな。なんのかんので悪く言う奴がいないっつーか」

「アスが力の神による啓示と祝福を受けたことをバラして同行者を募ったときも、正直、下心ありの立候補だったっスよね」

「僕もその気がなかったとは言いませんが、もう諦めました。剣一本でヒドラの多属性ブレスを細切れにしたのを見たときに」

「水の魔王の奥の手だって、襲い来る水の砲弾を全部パリィして弾き返してたしな。やっぱ人間業じゃねぇわ」


 うんうんと全員が頷く。


「よーし、なんかやる気出てきた! 『風』の魔王は、ここから南東にいった山脈に居座ってるっていう話だったよね!」

「そうですけど……これから出るんですか? まだ、帰ってきて一日足らずですけど」

「そんなこと言ってて、ラルが立て続けに討伐に向かってたらどうすんの! ほら、行くよ!」


 愛用の剣を腰に下げ、自分の荷物をパッとまとめて、アスはさっさと部屋を出て行ってしまった。


「南東の山脈って、麓にたどり着くだけでもここから一週間は行きますよね……」

「ほら、愚痴ってねぇで、行くぞ。なんのかんの言って、アスには俺らのサポートが必要なんだからよ」

「力の神様も知恵の神様も、もっと性格と仲のいい双子を選んでくれればよかったのに……なんだってこのふたりが選ばれたんスかねぇ」


 不承不承、苦笑を浮かべて3人は荷物を担いだ。




「今のところ、互角といったところかしら? なるべく同じ条件下で、ふたりの祝福を受けた人間の、どちらがより多くの魔王を倒すことが出来るか――いやぁ、我ながら世界に優しい解決方法を思いついたものだわ」


 運命の女神がにこやかに言った。

 その様子に、力の神と知恵の神は憮然としている。


「魔法をすべて剣閃で断ち切るなど、人の力の限界を超えている。過剰加護……反則ではないのか」


 知恵の神が言葉を漏らす。

 それを見て、力の神がフッと笑った。


「我が祝福を受けた娘は、元気溌溂と次に向かったではないか。本当に限界を超えていれば、身動きを取ることも出来ないだろうよ。むしろ――」


 力の神は、別の画面の映像を見て息を吐いた。

 そこには、アスによく似た顔の、緑色のロングヘアをなびかせた乙女が映っている。


「むしろ、すべての攻撃を跳ね返す魔法を人間に教えたことこそ反則に思えるがな」


 知恵の神がやれやれと言わんばかりに首を振った。


「私は、我が『碧の乙女』に示唆を与えただけに過ぎん。謙虚、努力家、研究熱心……まったく、我が祝福を受けるだけあって、人の子ながら可愛らしいものよ」

「何を馬鹿な。俺の『蒼の乙女』の闊達な笑顔を見なかったのか? 陰気な魔法使いの娘などより、よほど可憐で可愛らしかろうが」

「なんだと!?」

「やるか!?」

「まぁまぁ、ふたりとも。このゲームをしっかり見届けましょうよ」


 目を血走らせるふたりの神を横目に、運命の女神はいくつも並べられた画面を見比べる。

 その中には、地上世界を支配せんと企む魔王達の姿も映っている。

 人間同士が争わぬようにと敵方として誕生させた命だったが、強さや人数の設定を間違えたらしく、随分長いこと人間達を窮地に追いやってしまっている。

 神々にとってはまばたきほどの時間だが、限りある命の者達が滅びを意識してしまうには十分な時が流れてしまった。

 近い内にバランスを整えなければ……と思っていたところに、今回の機会が訪れた。

 ふたりの言い争いが平和的に解決し、自分のミスも無かったことに出来る。

 我ながら名案だった、と運命の女神は微笑んだ。


「さて、と……今のところ1対1のイーブンね。次にリードするのは、アスとラル、どっちかしら?」




「ラル、平気? まだ、歩ける?」

「は、はひ……大丈夫です……」


 ぜいぜい肩で息をしながら答えるラルを見て、彼女に同行する魔女は苦笑した。

 動きやすいようにとポニーテールにまとめてあげたはずの緑色の髪も、どこか元気なくうなだれているように見える。


「飛翔の魔法なり、疲労回復の魔法なり、なんでも使って楽をしたらいいでしょうに」

「い、いえ……真に魔法を極めたくば心身を鍛えよ、という師匠の言葉を肝に銘じていますから」


 ラルはそう言って、幼少期から師事している魔女の体を見る。

 誰もがうらやむ体のラインは、この数年まるきり変わっていない。

 秘訣はと聞くと、師は「日々の努力よ」と妖艶に笑う。

 魔法を使えば美容整形も楽に出来るのだが、それは憚られた。


「昔から、頑固なところは変わらないわね。知恵の神の啓示と祝福を受けたからといって魔王討伐を申し出たときも、驚いたけど納得しちゃったし」

「アスに負けるわけにはいきませんから」


 ラスはきっぱりと言いきった。


「アスは、私が魔法の道を志したときから、ずっとそれを否定し続けてきました。魔法よりも剣の方が強い、なんて言って。でも、私は証明したいんです。師匠から教わった魔法は、絶対に剣なんかに負けないって」

「そう言って持ち上げてくれるのは嬉しいんだけど……」


 魔女は頬を掻き、ラルに聞こえない声で続ける。


「知恵の神の祝福を受けたあなたの魔法は、とっくに私のレベルを超えてるのよねぇ……」


 確かに、ラルに魔法を教えたのは自分だ。

 しかし、この双子の姉妹が天上の神々から啓示と祝福を受けたというその日から、愛弟子の魔法の力は自分を、いや、世界中のすべての魔法使いを凌駕してしまっていた。

 彼女の力なら、誰の力を借りずとも、魔王すら単身で封殺できてしまうだろう。

 事実、先日戦った『火』の魔王がすべての魔力を注ぎ込んで奥義を放ったときですら、ラルは涼しい顔で相手の周囲に強力な反射結界を構築し、自爆させて葬ったのだから。


「ま、ただ……放っておける感じでもないか」


 魔女はクスッと笑った。

 『碧の乙女』などと世間に名が知れ渡っても、目の前の少女はなんとも頼りない。


 双子の両親は魔物に食われ、二人は遠縁の厄介になった。

 姉のアスは高い運動能力を活かして早々に冒険者見習いとして家を出て、各地を巡り、魔物討伐に奔走した。

 一方、妹のラルは鈍くさく、親戚が営む街角の薬屋でこきつかわれる日々を送っていた。

 そんな彼女に非凡な魔術の才能を見出して弟子としたのが自分だった。

 数年間、共に森の奥で魔法の秘儀を研究してきたが、姉妹の経験値の差は大きいな、と魔女はことあるごとに痛感していた。

 ラルは今もぜいぜい言いながら、自信なさげに魔女を見つめている。

 魔法の腕前はともかく、誰かが旅をサポートしてやらなければならないのは、まだ確かなように思えた。


「可愛い子には旅をさせよ、とは言うけど、さすがにねぇ……」

「な、なにか言いました?」


 パッと顔を上げる可愛らしい弟子に、魔女は愛着を感じて苦笑する。


「まだまだ教えることはたくさんありそうだわ、と思って」

「め、面目ないです……」


 魔女は三角帽子をかぶり直し、愛弟子の背中をポンと叩いた。


「さぁ、進むわよ。北の雪原に巣食う怪物共を倒して、そのまま『地』の魔王をやっつけるんでしょ?」

「は、はひっ! 頑張りますっ!」




「ハッハッハ、見たか、あの情けなく歩く様を!」


 高らかに笑う力の神に、知恵の神はあからさまに顔をしかめた。


「あの調子では、魔王はおろか、『地』の魔王とやらにたどり着く前に病にでもかかってしまうのではないか。まったく、魔法なんぞを当てにしている者は、これだから頼りないのだ」

「あ……」


 運命の女神が声を漏らした。


「なんだ、どうした? お前も、あの『碧の乙女』を見て思うところでもあったか?」

「今、『蒼の乙女』が、魔王軍側の罠にかかったわね」

「なん……だと?」


 三柱の神々は、画面の一つを注視した。

 そこには、『蒼の乙女』アスが、風の魔法を複雑に組み合わせた結界で体を拘束されているところが映し出されている。


「おやおや、なんと無様な。魔法のひとつでも使えばあのような児戯に等しい結界など打ち破れようものを、腰の剣が抜けないのではどうしようもあるまい」


 クスクスと知恵の神が笑って続ける。


「今の代の『風』の魔王とやらは、情け容赦なく敵を殺す性格だったはず。5人の中でも苛烈を極めると自軍にさえ恐れられている輩に捕縛されるとは、これは剣の限界が見えたも同然だな」

「ぐぬぬ……」




「みんな、大丈夫!?」


 アスの悲痛な声が岩山に響く。


「これだけ峻険な斜面に魔法陣が描かれているなどとは露ほども思いませんでしたね……」

「四方八方からの強風によって身動きが出来なくなる風の魔法の罠っスか……こりゃ、ちと厄介っスね」

「まるっきり動けねぇし、さて、どうしたもんかな……」


 四人は懸命に体をよじらせて腰に帯びた剣を抜こうとするが、体はびくともしない。


「魔王および配下ってのは、こういう場合、飢えて死ぬまでほっといてくれるのかね」


 男の一人が呟くと、もう若い男が首を振った。


「いや、こういった罠は巧妙に仕組めば仕組むほど効果時間が薄れるものです」

「その通り。だからこうして、作動し次第命を頂戴しに出向くことにしている」


 唐突に聞こえた声がした方に、アス達は一斉に視線を向けた。

 そこに立っていたのは、邪悪な気を纏ったコート姿の男だった。

 その手には巨大な鎌を持ち、眼光鋭くアスらを睨んでいる。

 先に倒した水の魔王がそうであったように、その頭からは天を衝くような角が生えていた。


「ま、まさか……風の魔王っスか?」


 驚いた男の一人が呟くと、魔王は笑みを浮かべた、


「意外だったかね? だが、風というのは行き先が分からぬもの。先が分からぬからこそ面白いのだ。揺蕩い、流れる。その点において、我と水の魔王とは通じ合っていた。良き友と良き友であったのだ」


 風の魔王の顔つきが変わる。


「それを……我ら魔族の狩猟対象でさえあればよい貴様ら人間が歯向かい、よもや我が盟友を手にかけるとは、まこと、許しがたい。先日、水の魔王を屠ったのは貴様らで間違いあるまいな。女ひとりに男三人の、剣士の集団」


 風の魔王が鎌をかざし、大きく振り下ろす。


「ふぅ……」


 アスが小さく息を吐く。


「先が分からないっていうのは、確かに水をよく表してるね。だって、まさか、あんなに簡単に魔王を倒せるとは思わなかったもん」

「ア、アス……この状況で相手を煽るってのは、得策じゃねぇんじゃねぇかな」

「……その素っ首切り落として、山犬の餌にしてくれる」


 言葉が終わると同時に、四人を拘束している風の勢いが増した。

 所々が烈風と化して、露出している肌を裂く。


「痛てっ、痛ってーっスよ!」

「これは……かなり危機的状況ですね!」

「アス、大丈夫か!」


 三人の男の顔が苦悶に、風の魔王の顔が愉悦に歪む。


「聞けば貴様ら、術士をひとりも擁さぬ集団らしいな。そんなアンバランスな集団など、このようなシンプルな状態異常の罠で一網打尽にされるに決まっているだろうが」


 嘲笑する魔王の顔が、次の瞬間、驚嘆の一色になった。

 アスが何事もなかったかのように首を回し、その手には剣を握っていたからだ。


「女……貴様、一体何をした」

「ん? 喋ることが出来るってことは、口から空気を吐けるってことだし、口から空気を吐けるってことは気流を創れるってことでしょ。だからそれで小さな竜巻を生み出して、風の結界を破ったの」


 アスの言葉を聞いた魔王が、慌てて三人の男達を見る。

 しかし、男達は苦笑しながら首を横に振った。


「いやいや、そんな「人間にはそんなことが出来るのか」みたいに驚かれても、俺達には出来ないっスよ」

「口から竜巻を創るって、もはや魔法だろ、そんなの」

「あの、差し出がましいようですが、僕達への意識はすべてアスさんに向けられた方がいいと思いますよ」


 魔王の顔がハッとしたのは、剣閃によって首が胴体から切り離され、土に触れた後でのことだった。




「待て、待て、待て待て」


 決着が着いたのを見て、知恵の神が頭を抱える。


「口から気流を操って竜巻を起こすなんていうことが、人の身で出来ていいのか。もはや剣ではないのではないか」


 力の神は腕を組み、誇らしげに胸を張って応えた。


「何を言うか。剣を操るのは体、そして体の駆動こそ力の神髄。剣を極めれば、あの程度のことは出来て当然といえよう」


 それを聞いた知恵の神は、訴えるような視線を女神に送った。

 しかし、女神も苦笑して首を捻るより他になかった。


「ま、まぁ、剣の神の戦いぶりを思い出せば、あの程度のことは確かに大したことではないかもしれないわね。何せ、天地創造の時なんて、まばたきひとつで世界中に風を吹かせたわけだし」


 眉間に皺が寄りっぱなしの知恵の神の肩をポンポンと叩いて慰め、力の神が画面のひとつを指さす。


「ほれほれ、今度はお前の『碧の乙女』が地の魔王に接敵するぞ。しっかりと見届けんと」




「ようこそ、人の子の魔女達よ」


 ラルと師が雪原を超えた先でたどり着いたのは、大理石で建てられた絢爛な宮殿だった。

 敷地内はどこも強大な力を持つ魔物でいっぱいだった。

 門にたどり着くまでに数々の破壊的な魔法を用い、門をくぐってからはさらに攻撃的な魔法を唱え、宮殿に入ってからもそれは続いた。

 ラルによる絶対的な防御結界がなければ、命がいくつあっても足りなかった――と、師である魔女は寒さではない震えを何度も感じたものだった。


「よもや、五体満足でここまで至るとは、恐れ入った」

「同感」


 思わず、魔女は呟き、慌てて首を小さく横に振った。


「既に」


 地の魔王が口を開く。

 火の魔王と同じく、切り立つ角が天を衝いているが、体の見た目はまるで違う。

 火の魔王は赤黒いトカゲのような体表に黒曜石の鎧を纏っていたが、地の魔王の肌は岩肌そのもので、纏っているものはと言えば腰に何かの毛皮ひとつだけだった。


「大地の脈により、既に三人の魔王が死んだことが分かっている。火の魔王を討ったのは、貴様らか?」

「ええ、そうよ」


 魔女が頷き、言葉を次ぐ。


「これまで、このパンタシア大陸は貴方達魔族によって支配されてきたも同然だった。私達人間は、痩せた土地に追いやられ、糊口を凌いできた。でも、魔王さえ討ち果たせば、それも終わる」

「ふむ」


 地の魔王が、腰の毛皮を手ではためかせた。

 隠れた部分が露わになりかけて、ラルは思わず視線を逸らした。


「確かに、大陸で肥えた土地は我ら魔族が支配していた。では、それらを奪取した後はどうするのかね。つまり、絶望の谷については」


 ラルが魔女を見る。

 魔女は、こくんと首を縦に振った。


「既に調べはついているわ。むしろ、そこにいる者こそが元凶だと。谷の深い部分で生み出され続けている闇、それこそが世界中の魔物、魔獣たちの力の糧。そして、それを生み出している者こそ、最後の魔王、『闇』を司る者なのでしょう?」

「ほう……」


 地の魔王の顔つきが変わった。


「なるほど、なるほど。人にも賢しい者はあるようだな。おおむね正解だ、とだけ言っておこう」


 地の魔王はゆっくり立ち上がった。

 反射的に、ラルと魔女とが身構える。


「だが、賢しいのは、こと推察のみだったようだ。戦いにおいては、素人だったな」

「それは、やってみなければ分からないでしょう――ラル、やるわよ。風と水の魔法を合成して、先制を――あら……? 魔力が、練れない――?」


 困惑する魔女に、地の魔王がにやりと笑い、そして声をあげた。


「ハッハッハ、今頃気付いたのか! この玉座の間は、妨魔石をふんだんに使って造っている。魔法などを行使することは叶わぬぞ」

「師匠、妨魔石って確か――」

「――ええ。近くの魔力の流れを著しく阻害する希少鉱石よ。でも、これだけ広い部屋全体にその効果をもたらすほどの量なんて……」


 同様に表情を曇らせる魔女の様子に、地の魔王はさらに声を高らかに笑った。


「魔力を練れなくば魔法になるまい。戦士のひとりでもいればまだ戦いになったものを」


 重い足音を響かせながら、地の魔王が玉座から、二人の立つ場所へと歩み寄る。


「ラル……こうなったら、あなただけでも」

「いえ、師匠。大丈夫です。私を信じてください」


 この子がこんなにはっきりモノを言うなんて――

 魔女は驚いたが、打つ手も思い浮かべられず、愛用の杖を構えるしかなかった。

 だが、肉弾戦で敵う相手ではない。

 地の魔王はラルの前で足を止め、明らかに重そうな腕をぐっと上げた。


「我が宮殿で飼っている奴隷どもに、慰み者として与えてやろウボァァッ!?」


 一瞬だった。

 ラルがスッと腕を伸ばし、地の魔王の胸元に手のひらを向けた次の瞬間、岩肌の胸は大きく貫き砕かれ、直後全身が後方に吹き飛んだのである。

 ぽっかりと体に穴が開いた魔王は既に絶命し、カラカラと小岩が崩れて床に落ちた。


「ふう。よかった、うまくいって」

「えっと……ラル、あなた、何をしたの?」


 魔法は使えなかったはずだ。

 実際、今も魔女が魔力を練ろうとすると、うまく形に出来ずに拡散してしまう。

 師の戸惑いをよそに、ラルはにっこり笑って口を開いた。


「魔力を練ることが出来ないと分かったので、練らずにそのまま手から放出したんです。多少は拡散してしまいましたけど、接近してくれていたおかげで威力は上々でしたね」


 上々も何も、と魔女は魔王の亡骸に目をやった。

 堅固そうに見えた体は、焼きすぎたクッキーみたいにボロボロになって飛び散っている。

 自分が行使できるどんな魔法を当てたとしても、ああいう結果にはならないだろう。


「さ、師匠。この宮殿には奴隷がいるという話でしたから、解放しにいきましょう!」

「え、ええ。そうね」




「――いやいや、掌底で魔王の体に風穴開けるのは、もはや武術だろう」


 表情を引きつらせて言葉を紡いだ力の神に、知恵の神がふふんと鼻を鳴らす。


「我が『碧の乙女』の説明を聞いていなかったのか? 彼女は魔力そのものを手のひらから放出したのだ。紛れもなく魔術の一端だ」


 それを聞いた力の神が視線を送ったのは、運命の女神に対してだった。

 う~ん、と唸ってから、女神は画面を見る。


「乙女の手は、かすり傷ひとつ残っていないのよね。仮に彼女が掌底をぶち当てたとすれば、それなりに擦り傷くらいは出来そうなものだけど」

「ふっ、まぁ、そういうことだ。そのような傷の心配すら必要ないのが魔法だということが証明されたな」


 ぎりぎりと歯ぎしりの音が耳に入ってきたが、女神は意識して聞き流した。

 そして、ついに最後のひとりとなった『闇』の魔王が映っている画面を見る。


「さて、ここまでで挙げた星はふたつとふたつ……最後の一人を討ち取った方が優秀だった、ということになったわね」

「フン……まぁ、分かりやすくていいかもしれんな」

「確認しておくが、共闘になった場合、貢献度云々ではなく止めを刺した方のポイントということでいいな」


 知恵の神の言葉に、力の神が大きく頷く。


「まぁ、勝つのは俺の『蒼の乙女』に決まっているがな」

「ふっ、我が『碧の乙女』が魔王を討ち取るに決まっているさ」

「さてさて……その結果やいかに、ってところかしら。ついに永遠の命題、剣と魔法はどちらが強いかがはっきりするのね」


 ついでに私の懸念も払拭されて万々歳だし――と女神は微笑んだ。




 五大魔王が立て続けに討ち果たされるという、前代未聞のひと月が終わろうとしていた。

 その報せが巡ると、辺境や僻地で細々と過ごしていた人間達は驚喜し、英雄達の凱旋を待った。

 だが、その英雄達はいまだ人里に戻ることなく、大陸を中央で裂く『絶望の谷』と呼ばれる場所の入り口にいた。


「この下に『闇』の魔王がいるっていうのは、間違いないのね、ラル?」

「……」

「ちょっと、聞こえてんでしょ? 私の方がお姉ちゃんなんだから、返事くらいしなさいよ」

「……」


 目をつぶって頬を膨らますラルに、それ以上に頬を膨らませたアスが突っかかる。

 あたりには生き物の影が無く、ただ木々が鬱蒼としているだけなので、アスの声はよく響いた。


「まぁまぁ、アスもちょっと落ち着けって」

「そうそう、久しぶりの姉妹再会なんスから……ところでラルちゃんとお師匠さん、この下に魔王がいるのは間違いないんスか?」

「はい、間違いありません。私も師匠も、魔力探知をしてはっきりと感じましたから」


 ラルが深く頷く。


「ちょ、ちょっと! なんで私のときは――」

「はいはい。アスがしゃべるとこじれるから、ちょっと黙ってような」

「あぁ、もう、私も話に参加するってば――」


 屈強な男がアスを制止し、離れたところに連行されていった。


「……いつもすみません、姉がご面倒をおかけして」

「いえいえ、僕達こそ、アスさんにはいつも助けられて――いや、確かに面倒をかけられてはいますけれど――しかし、双子の姉妹なのに、全然違いますね。しっかりしてるっていうか」


 若い男の言葉に、魔女がクスクス笑う。


「あら、よかったわね、ラル。あなたが服の前後を間違えたり、靴の左右を間違えたまま一日を過ごしたり、フォークでスープをすすったりしていても、しっかりしているという評価が頂けて。今も三角帽子の前後が反対になってるけどね」

「え……? それ、素でやってたんスか?」

「し、師匠! 余計なことをお知らせしないでください!」


 ラルが顔を真っ赤にして帽子をかぶり直す。


「お互い、奇跡の双子の同行は大変だったみたいね」


 魔女がウインクをしてみせると、男ふたりは蕩けるような表情になった。


「いやぁ、全然……結果的にこんな別嬪さんとしゃべれたんスから、悔いはないっつーか」

「ま、まだ旅は終わってませんけどね。それで、崖の下にはどうやって行くんですか?」


 若者が谷の中央に目をやる。

 さっき崖の縁から下を覗いてみたが、どれくらい深いのかも分からないほどに暗かった。

 ロープを伝わせたとして、空を飛ぶタイプの魔物に襲われたらひとたまりもない。


「それは、飛翔魔法を応用して降りていくから大丈夫よ。もちろん、貴方達も運んであげる。いいわよね、ラル」

「……師匠がそうおっしゃるのでしたら」


 ラルは横を向いて口を尖らせた。


「ごめんなさいね、愛想が悪くって。この子、アスちゃんに先駆けて魔王を倒したいからって、私達だけで降ようと考えてたみたいなの」

「あぁ。それは、アスも同じようなことを言ってたっスから、分かるっスよ。なぁ?」

「ええ。アスはアスで、体捌きと受け身で崖を直下できるみたいで、僕達を置いて単身魔王の所に赴こうとしてましたから」


 魔女は驚きつつも、彼らに聞いたアスの活躍を統合して考えると、あながち強がりなどではないのだろうと思った。


「なるほどね……まぁ、私も含めて双子以外は戦力にならないかもしれないけれど、任せきりにも出来ないし。貴方達も、そうでしょう?」


 魔女の問いに、二人はもちろん、と力強く頷いた。

 結局、アスとラルは互いに不承不承、首を縦に振り、総勢六人の勇者は谷底へと降りて行った。

 そこからの戦闘は熾烈だった。

 地上よりも遥かに強力な魔物達が次々と襲いかかってきた。

 アスの剣とラルの魔法はそれらを容赦なく撃退していったが、双子以外の四人は猛攻に齷齪あくせくし、大きな怪我こそしなかったものの、魔王の居城と思しき宮にたどり着くころには疲弊しきっていた。


「みんな、大丈夫?」

「ああ、なんとかな」

「怪我はないっスよ。愛刀も、この通りピッカピカっス」

「僕も手持ちの投げナイフが残っているくらいですから、まだなんとか」

「……ラル、どうしたの? そんな顔して」


 魔女に声をかけられて、ラルは小さく首を捻った。


「そういえばアスって、昔から、わりと気遣いする方だったな、って」

「アスちゃんって、冒険者たちの間では吝嗇ケチで有名っていうだけで、色んな人から慕われているらしいわよ。実は優しい子だっていうのがちゃんと伝わっていてよかったわね」

「なんですか、その嬉しそうな顔は……」


 いたずらっ子のように笑みを浮かべる魔女に、ラルは頬を膨らませて応えた。


「さ、行くよー! ほら、魔女っ子さん達もー!」

「ふふ……二人の戦いに決着がついたら、久しぶりにしっかり話してみたら?」

「はぁ……」


 アスが先陣を切る形で、六人は宮殿を進んでいく。

 敵方の猛攻は不気味なほどに鳴りを潜めた。

 それぞれの足音が、殺風景な廊下に奇妙に響く。

 どれほどの時間が経ったか、黒い靄をいくつもくぐった先に、広間があった。


「来たか、招かれざる客達よ」


 目深にフードをかぶった影が、広間の中央に立っている。

 六人はそれぞれの武器を手に構え直した。


「四人の魔王を討ち、終にここに来た。この私――『闇』の魔王も滅することで、大陸を人間の手にしようという願い……なるほど、確かにこの、谷底の瘴気を上へとばらまく私がいなければ、それは叶うやもしれぬ」


 だが、と魔王は言葉を次ぐ。


「予言しよう。ここで私を打ち倒し、魔に属する存在を滅したとしても平和は束の間。すぐに、貴様ら人間は互いにいがみ合い、憎しみあい、相争うようになるぞ」

「なんでそんなことが言い切れるのよ。人間がみんな仲良く暮らしていける可能性だってあるでしょ」

「いや、妹と仲違い真っ最中のアスが言ってもな……」


 剣の切っ先を向けたアスに、魔王は笑って言葉を紡ぐ。


「分かるさ」


 魔王はフードをとって見せた。

 そこに角は無かった。

 色白な美丈夫が、微笑みをたたえて悠然と立っている。


「角が……ない? じゃあ、あなた、まさか人間……?」

「そうだ。いや、谷底の瘴気に蝕まれて変異している以上、人間ではないかもしれん。何せ、もう数百年も生きているからな」


 たじろぐアスに横に、ラルが並んで口を開く。


「やはり、古文書に書かれていたことは事実だったのですね。かつて大陸を統一した王が、家臣の反乱によって谷底に落とされ、今もなお生きていると」


 ラルの言葉に、魔王は深く頷いた。


「生かされたのは使命ゆえだと私は確信した」

「使命? 裏切った家臣たちに復讐して、人間を滅ぼすとか?」

「いや、違う。むしろ、逆だ。我が使命は、人間同士の醜い裏切りや闘争を引き起こさないために、この命を使うこと。つまり、目指しているのは人間社会の平和だ」


 アスとラルは、互いに横目で見て、同時に首を傾げた。


「分からぬのも無理はない。だが、理屈は簡単だ。人が団結するには、共通の敵があればよいのだ。かつて私が王国を統一したときにそうだったように。現に、いがみ合っているはずのお前達姉妹が、今こうして、我が前に並んで立っているではないか」


 アスとラルの後ろで、三人の男と一人の魔女がうんうんと大きく頷いている。


「さて……私の魔力は強大だが、神の加護を受けた剣と魔法の前では児戯に等しいだろう。お前達が望めば、私は死に、大陸は人間達の手に渡る。そして一時の平和と終わらぬ闘争を手にすることになるのだ」


 魔王は両手を広げ、姉妹を見据えて言った。


「どちらかが力を振るえば、終わると始まりが訪れる。さぁ選ぶがいい。」




「……」

「……」

「……」


 天上の世界で、三柱の神々が固唾を呑んで画面を見守っている。

 食い入るように、前のめりになっている偉大な存在達に、書類を届けに来た使いはどう声をかけてよいものか思案していた。

 しかしずっと待っているわけにもいかず、ついに声をかけることを決意した。


「あの」


「「「!!!」」」


 一斉に神々に振り向かれ、天上の使いは勢いよく首を垂れた。


「しょ、書類のお届けに参りました」

「あ、ああ、お前は俺のところのやつだな。分かった、後で目を通すから、まずはそこのテーブルに――」

「私はいいや」


 画面から響いたアスの声に、三人が一斉に振り返り直した。

 使いは仕事を進行させることの困難さをはっきりと感じ、そのまま無言で部屋を出た。




「ラルに譲る」


 アスは鞘に剣を収めながら、でも、と続ける。


「でも、魔王討伐の報酬はちゃんと折半にしてよね」

「え~っと……アス、それだと力の神様に叱られないっスか」


 う~ん、とアスは小さく唸ってからラルを見た。


「それは分からないけど……でも、元々、魔王討伐でもらえる特別報酬が欲しかっただけだし」

「特別報酬って……アス、どうしてそんなにお金にこだわるの?」


 ラルの言葉を聞いて、アスは露骨に顔をしかめた。


「やっぱり忘れてる。私が冒険者になって、たくさんお金を稼いだら、ふたりで暮らそうねって約束したのに。それなのに、ある日帰ったらラルが居なくて、聞けば魔女に弟子入りして出て行ったっていうし。私、ずっと報酬にほとんど手をつけないで頑張って貯金してたのにさぁ……」


 怒気がこもり始めた声に、ラルもムッとして口を挟む。


「ま、待ってよ! それってアスが旅立つ直前で一方的に言ってきたことでしょ! 私、そんな迷惑かけたくなくて、だから……」

「お父さんとお母さんが死んで、二人で生きていこうって約束したでしょ! 迷惑なわけない!!」


 暗がりの宮殿に、アスの声が響き、やがて沈黙が訪れた。


「それなら」


 沈黙を破ったのはラルだった。


「それなら、そう言ってくれればよかったじゃない。一言、そうだって言ってくれれば、私……」


 だって、とアスはぽつりと呟く。


「二人で暮らせる家が準備できたら、ラルを迎えに行こうと思ってたんだもん……」

「――でも、それならそうで、魔法のことを否定する必要はなかったような気がするんだけど」


 魔女が首を傾げて言う。


「それはその、勢いというか、売り言葉に買い言葉というか……」

「え? 違うでしょ、一方的にアスが言いがかりつけてきただけで、別に売り言葉なんて私言ってないし」

「違うよ、ラルが先に言ったんだよ。魔法があればなんでも出来るんだよ、って。それって、暗に、剣よりも魔法の方がいいよってことでしょ」

「それは捉え方の問題でしょ! アスって昔っからいっつもそう、自分では言葉足らずのくせに、人の言葉は拡大解釈して……!」

「何よ、言葉足らずって! それを言ったら、ラルだって昔っから……!」

「アスこそ――!」

「ラルの方が――!」

「――――!!」

「――――――!!」


 二人の言い争いがヒートアップしていく中、取り残された四人と魔王はどちらからともなくその場を離れ、距離を置いて顔を突き合わせた。


「……で、私はどうすればいいと思う?」


 バツの悪そうな顔をして、魔王が言葉を紡ぐ。

 三人の男と一人の魔女は、互いに顔を見合わせた。


「まさか魔王にそんなこと聞かれるとは思ってなかったっスね」

「喧嘩するほど仲がいいってオチでいいんじゃないかしら」


 魔女の言葉に、魔王はフッと笑った。


「それが真実であれば、魔の者がいなくなったとしても人間世界には平和が訪れるはずなのだがな……現実はそう甘いものでもあるまい」

「じゃあ、こういうのはどうです? 一旦、魔王様には退いていただいて、大陸を人間に委ねて頂く。そして、やはり人間同士の争いが絶えないようであれば、あらためて魔物や魔獣をけしかけて攻めて頂く」

「攻めて頂く、ってのは、なんかおかしな言い回しな気がするけどな」


 屈強な男が声をあげて笑うと、魔王もつられて声をあげた。


「こんな感情は久しぶりだ。お前達と話していると、突き詰めて考えこんでいた自分が莫迦らしく思えてくるな」

「言葉にした方がいいことはいっぱいあるってコトっスよ。あの姉妹なんて、その典型っスから」


 五人が姉妹の方を見ると、姉妹はさらに口喧嘩を白熱させている。

 見ると、アスは剣の柄に手を置き、ラルは杖の先に魔力を込め始めていた。


「待て待て待て待て!」


 慌てて止めに入った五人に引き離され、それぞれに相当な時間なだめられて、ようやく双子は長きにわたる喧嘩に終止符を打つに至った。




「――で、結局、どっちが勝ちなんだ?」


 力の神が、運命の女神を見る。

 その横では、知恵の神も同じ顔でじっと視線を送っていた。


「討伐した魔王の数は2対2、最後は勝敗つかず……だから、わかりやすく引き分けってことね。剣と魔法は互角だった、と」


 女神の言葉に、両脇の二柱の神々は大きくため息をついた。


「まったく、それなりに時間をかけたというのに、結果はこれか」

「結局、結論が出なかったではないか」


 呆れ顔になって立ち上がり、二人は部屋を出て行く。


「そもそも、途中のアレは魔法とは――」

「それを言うなら、アレこそ剣とは――」

「俺のアスの方が可愛い――」

「私のラルの方が――」


 並んでまた言い争いを始めたふたりの神を見送って、女神は優しく微笑んだ。


「まさに、喧嘩するほど仲がいい、ね。それにしても、今回の巡り合わせは時間がかかっただけあって、中々の出来栄えだったわねー」


 女神は画面に映し出されている人間達を見て満足そうに頷く。


「あのふたりが納得できるように、複数の運命の糸をたぐるのは大仕事だったけど……ま、その甲斐はあったわよね」


 アスとラル、二人の乙女が笑顔で映っている画面に、女神はウインクをした。




おしまい


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 ちなみに、作者の好きな技は「無双三段」と「水晶のピラミッド」です。


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