【2】ナギ
あの日。そう。あの家が燃えた日からどのくらい経っただろうか?
指を折って勘定してみる。ひぃ、ふぅ、みぃ……ああ五年か。もうそんなにも経ったのか。
あれからずっとアイツを探してきた。
時には妖退治の報酬に、時には異形達に直接聞いてみたりした。
そうして探し続けるうちに幾つか手がかりを見つけた。
特徴の似ている種族が一つ。鴉天狗である。
鴉天狗は全員が黒い翼を持ち赤い天狗の面を付けている種族で、風のように素早く天を駆け抜けるのだそうだ。
翁面については何も得られなかった事が悔やまれるが、悩んでいても何も変わらない。
地道に探していけばいつかは見つけられる筈だ。急がなくてもいい。
そんなこんなで私は今という国に居る。
宿代を稼ぐ為に妖を退治する為だ。
この国はこの大陸で最も妖が住み着いているとされ、様々な場所がある。
神々が住む迷いの森と呼ばれる神域や一日ごとに環境が変わり続ける危険区域などが最も著名なものと言えるだろう。
この国には他国からの沢山の冒険者がやってくる。
故に冒険者を集め様々な区域を調査する組織、《泡沫ノ夢》を作り人々はそこを経由し冒険へと出ていた。
私もまたそこに入って活動している。ここは宿もあるからだ。
いつもの通り私は長くなった黒い髪を揺らしながら中へ入る。家二つは入りそうな広い空間には、所狭しと人が跋扈していた。するとどこからか微かに声が聞こえた。
「おい…。『幽鬼』だ」
「あれか。なんでも妖退治の依頼しか受けない"血狂い"だっていう…。『何も武器を持っていない』と言うが、ほんとに持ってないとはな…」
「ああ。あんな軽装備で妖を殺っちまうような化け物だ。近づかねぇのが吉だぜ」
「しかし鬼と人の混血なんて初めて見たぜ」
『幽鬼』。それがいつの間にか付いていた私の異名だと言う。
理由は死んだ様な目で妖を斬るからだそうだ。
まぁどうせあの子以外と群れる気も無いから異名なんてどうだっていいが。
そう思いながら掲示板に貼られた依頼書を取る。
受付に行くと、着物を来た端正な顔立ちの女の子が居る。
「危険度伍の依頼ですね。十数人の亡者の葬送です。数が多いため複数人で向かうことを推奨します」
この黒髪はいつも通り依頼の概要を伝える。
危険度は拾まである。この依頼はそこそこ危険という事だ。
「ん。いい。一人で充分」
「了解しました。くれぐれもお気をつけて」
いつもの問答をして私は目的地へと向かった。
すると向かう途中で後ろから足音がする。
あぁまたか。
そう思い私は後ろを向く。
「ナギ!ついてくるなと言っただろう?」
すると木の隅からひょっこりと黒髪の女の子が顔を出す。森の中にそぐわない黒と赤の巫女服を着て、髪をポニーテールに結っているその女の子は、どこかバツが悪そうに言った。
「うぅ……ごめんなさい。ナツメが戦ってる所が見たくて……」
「ダメだ。危険度伍とはいえ危ないことに変わりは無い。それにそんな露出の高い服を着て。変な男にでもまとわりつかれたらどうする」
「もぉ!心配しなくても大丈夫だよ!それに、私に寄り付く人なんて居ないって知ってるでしょ!」
ナギは不貞腐れながらそう言う。
ナギは生まれつき特異な能力を有していた。
それはナギに大いなる力をもたらすと共に孤独をももたらした。
私と同じだ。
最初私はこう思った。そして共に親近感が沸いたのだろう。私達は直ぐに仲良くなり今に至る。
「私の力は制御出来ているし絶対邪魔しないから!!」
それから幾度かねだられては断ることを繰り返す内に疲れてきた私は折れることにした。
ナギが眩しいくらいの笑顔で右手にピースを作る。
……私には眩しすぎるな。
「ほら!早く行くよ!!」
ナギに腕を引かれて私は依頼された場所に向かうことにした。
そうして着いたのが《榊原》であった。
詳しいことは知らないが、ここでは昔大きな戦いがあったらしい。
そしてここでは人の気配がないのにも関わらずいつの間にか榊が供えてあることからこの名前がついた。
ここで死んだ霊が亡者となり出てきたのを黄泉の国と送るのが依頼だった。
「ナギ。今回の依頼は私しか登録していないから私だけでやる。だから見るのなら遠くからだ」
「うん!分かってる!」
そう元気よく言うと、タタタタタッと素早く音を立てて走って行った。
ナギが遠くへ行ったのを確認すると、私は後ろを振り向く。
ざっと20は居そうだ。
…まぁ。何人いてもやることは変わらないが。
そう言い私は思い切り脚を踏み込む。
まるで風と一体化したかのようなスピードでグンと体が押し出される。
そうして一気に近づくと同時に抜刀の構えをする。
すると、腰の付近に黒い粒子が集まりだし、刀の形をとり出す。
完全に刀の形をとったそれを抜刀し、私は亡者を一人斬る。
「ア゛ア゛ア゛ア゛…!!」低く唸り声をあげた亡者は、ほどばしる血潮と共に倒れた。
その唸り声を聞いた他の亡者達がぞろぞろとナツメの方へと集まる。
「はぁ……なんで亡者なのに血が流れてるんだ……ほら亡者共。最後に噛み締める味が鉄で申し訳ないがかかってきな」
刀を向け私は言い放つ。
言葉の意味を理解したのかは分からない。だが、亡者達はその言葉に呼応するようにナツメに向かって走り出した。
亡者に恐怖の感情を抱く者は多いらしい。奴らは笑いながら走ってくるからだ。
だから私も微笑み返した。
それと同時に足を踏み出しまた一人斬り、斬った亡者を踏み台にして奥の一匹を斬る。
時には脚を斬って、時には腕を、首を、一つ一つの動きが全て流動する風の様に繋がって動く。最初は白と赤で作られていた衣服は、血潮を被り赤くなっていった。
そうして15は斬った所だろうか。私はとあることに気づく。
「ん?これ十数匹どころじゃないな。んー……めんどくさいな」
そう言うと私は刀を逆手に持ち地面へ向ける。黒い刀の切先から黒い雫が一滴したたり落ちる。
すると雫が落ちた所から、黒が広がっていく。
それは染みのように広がり、奥に蔓延る亡者達へと伸びていく。
黒が亡者の真下へと広がった瞬間であった。
突如として無数の刀が飛び出し亡者達を貫いていった。
そうして亡者達が倒れていくと、黒は亡者達の体を飲み込んで消していった。
「はぁ…化け物相手ならいいが人の形をしていると…どうしても気が引ける」
ため息をつきながら独り言を呟いていると、遠くからナギがこちらに走ってくる。
その眼差しは羨望に満ちていた。
「ほわぁぁあ…!!!かっこいい〜!!流石ナツメだよ〜!」
「ふふっ、ありがとな」
そう言いながら私はナギの頭を撫でる。
「さぁ帰ろうか」
そう言い私達は宿へと戻ることにした。
《泡沫の夢》へと戻ると私達は同じ受付へと進む。
「ただいま」
「お帰りなさいませ。依頼の方は完了されましたか?」
「あぁ終わらせたよ。ただ…」
そうして私は事前に伝えられた数と依頼書の内容が合わないことを告げる。
受付の人が不思議そうに首を傾げる。
「おかしいですね……偵察隊が見に行った時は数は合っていたのですが……」
「ここ最近亡者や妖が増えてきているからな。気の所為かもしれないが、その力も増してきている気がする」
「そうなのですね。了解しました。上の方へと伝えておきます。いつも御協力感謝致します」
「ああ。では」
簡単に挨拶を交わし、私とナギは自分達の部屋へと入った。
現在部屋にいるのはナギと私だけで、貸切状態にしている。
《泡沫の夢》運営関係者の何人かは私達の事情を知っている様で、ここの部屋を貸し切ることを許してくれた。
避けられた者にとっては有難いことである。
「はぁ〜疲れたぁ…」
そう言い布団に入ろうとすると、ナギが近づいてくる。
「ナツメ…」
「ん?どうかしたか?」
「寒いから一緒の布団で寝ていい…?」
「あぁ、いいぞ」
そう言って私は右手でかけ布団の端を持ち上げる。するとナギが嬉しそうに笑いながら布団に入ってくる。
「ありがとう!むふー!ナツメ大好き〜!」
「そうか。ありがとな〜!」
そう言って私はナギの頭を布団の中でわしゃわしゃする。
今まで一人だった私にとって純粋な好意を向けられるのはとても嬉しかった。
それがナギであるならば尚のことだ。
そうしてわちゃわちゃと布団の中でじゃれた後、私達は身を寄せたまま眠りに落ちた。
百合っていいよね(唐突)