【1】託された物。遺された者。
聞いた話によれば、この世界には神がいるそうです。
会ってみたかったですが物語のように哀れで不運な者を助けるようなことはしないのでしょう。
ちょうど忌み子である私が救われなかったように。
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どうやら私は生まれた頃から忌み嫌われていたらしい。
奇妙な程早い成熟に透き通るような色白の肌、そして飲み込まれるような漆黒の髪。何より半分だけ鬼の血が通っている証拠である1つの右横に伸びた角が要因であったことは想像に固くない。
生まれた後で私は直ぐに捨てられた。
そこをたまたま通った老爺が私を引き取って育ててくれたそうだ。
それから暫くの間こんな私にささやかな幸せと平穏が訪れた。
何度も季節が流れた。17年経った頃だった。
私は背も髪も伸び大人になっていった。
……胸だけは成長がなかったけれど。
そんなある日のこと。私はいつも通り森を駆け巡り遊んでいた。影が短くなった時に、遠くから声が聞こえた。
「お〜いナツメや〜!畑仕事を手伝ってくれ〜!」
「はーい!」
大きく張った声で応答をし、私は声のする方向へと疾走する。
森を駆け巡る私の肌を草木が撫でる。
草を分け森の中を進んでいると不意に私の体に衝撃が走った。
何かにぶつかったのだ。
「いたたたたぁ……」
何にぶつかったのか気になり上を向くと私はギョッとした。
人だ。しかも女である。
町であるならばいざ知らず。このような家一軒しかない深い森の奥になんの用があることか。
端正な顔立ちに美しい黒い髪をしたその女は、黒と青に彩られた着物に身を包み、市女笠を着けていた。
女も少し驚いた表情を見せていたが、直ぐに落ち着きを取り戻したようだった。市女笠を傾けて私を見ている。
「あら?こんな所に人が居るなんて。しかも女の子じゃない。しかもそれは……鬼の角かしら?」
角のことを指摘された私は直ぐに角を隠そうとした。
「あら、別に良いのよ隠さなくても。私の友人にも鬼は居るもの。それよりも貴方。ここであったのも何かの縁よね。占いでもしていかない?」
「え?占い?」
私が不思議そうに聞くと、女はそれに応答する。
「ええ、貴方の未来を占うものなんだけれど。嫌だったら全然大丈夫よ?」
私は少し戸惑ったが、女は悪い人には見えなかったし、そのような術は見たことがなかったのでやってみることにした。
やると伝えると女は嬉しそうな反応をしていた。
「やった〜!最近人にも会えなかったから使う機会が無かったのよ〜。たまには使わないとね。それじゃ、私の手の上に貴方の手をかざして」
そう言った女の手の平に私は手をかざした。
すると唐突に女の手から青い光がでると同時に陰陽マークが浮かび上がった。
周りの景色がざわめき出した。
そのまま数秒が経とうとしている時だった。
「貴方は、数奇な運命にあるようね。ここから貴方は沢山のものを失う事になる。ただ、『2つの運命が混ざり合う事』がその運命に終止符を打つ唯一の方法のようね」
「どういうことです…?」
「さぁね。私にもそこまでは分からないわ。ただ、私から言えるアドバイスとしては心を強く持ちなさい」
「心を?」
「ええ。簡単そうに見えて難しい事よ。でも心を強く持てば自ずと運命は巡ってくるもの。頑張ってね」
「わ、わかりました…」
「うん。それでいいわ」
端正な顔立ちの女は眩しい程の笑顔を見せた。
するとまた遠くから声が聞こえた。
「ナツメー!!どこじゃー!!」
それは老爺の声であった。歳を召しているようには思えないほどに大きな声だった。
「あっごめんなさいお姉さん。私もう行きます」
「そう。また逢えるといいわね」
その声を聞き、一応お礼を言おうとふりむいたが、既に女の姿はどこにも無かった。
「あれ?」
辺りを見回しても目に映るのは鬱蒼とした緑だけだった。
探そうとも思ったが、呼ばれているのでやめておくことにした。
その日からまたいつも通り静かで平和な日々を過ごした。
とある日の事だった。私は夜に老爺に呼ばれた。何やら大切な話があるという。
「ふぅー。作業終わったよ。それで?話したいことって何?」
2階で作業を終え、階段を降りながら話を振る。
「おお。おつかれさん。話したいことと言うのはここの外、言うなれば世界のことじゃ」
「外?」
「ああ。わしも随分歳をとったからな。いつまで生きてられるとも限らんし、お前もいつか外に行くかもしれんからな。危険なことは全て知っておいた方がいい」
「危険?なにか危険なことってあったっけ?動物とか?」
「もっとまずいものじゃよ。それは闇に潜み奇妙な術を扱い人を襲う化け物。分かりやすく言えば"妖"じゃ」
「妖?そんなの本当にいるの?」
「ああ。おるよ。神もいる。それも各地にな。そして妖と言ってもその姿かたちや扱う術は様々じゃ。しかも一つ一つがとても強い」
「そんなのが外に?なんで私は大丈夫だったの?」
「もう数え切れんくらい前じゃがな。この近辺は名を世に轟かせたと言われている神主が張った魔除けがあってな。それのお陰でわしらは今まで無事だったんじゃよ」
「そうだったんだ…」
「わしもその頃に一つだけ覚えた術があるが…まぁ戦いには使えぬもんでな」
「え!?そうなの?」
「まぁいつか教えてやるからの。今日は遅いからもう寝なさい」
「分かった。それじゃ、おやすみ」
そう言って私は自身の部屋に入り眠りについた。
色々なことを一気に教えて貰ったような気がする。
にわかには信じ難いが妖や神のこと、老爺が実は一つだけ術を使えること。
何故今日になってこんなにも大切なことを教えてくれたのかは分からなかった。
……今思えば予兆だったのかもしれない
深夜私は私の顔を照らす赤色とオレンジ色の光で目が覚めた。
「…ん?…えっ!?」
辺りを見回すと私の部屋。いや私の家を炎が包み込んでいた。
「おじいちゃんは!?」
そう思い炎の間隙を縫うように家の中を進む。
1階に降りる所の階段から1階を見渡した時、私は初めて"それ"を見た。
7尺ほどの高身長に黒い翼を持ったその妖は何かを握りしめたまま下を向き何かを見ていた。
「おじいちゃん!!!」
その声を聞いたその妖はこちらを振り向いた。
思わず私はギョッとした。
翁面を付けた顔を直視していた。
するとその妖は舌打ちをした後、一瞬で黒い風と共に消えた。
唖然とする間もなく、私は直ぐに老爺に駆け寄る。
「おじいちゃん大丈夫!?」
「…うぁ…な…つめ?」
「何があったの!?」
「あいつ…突然襲ってきたのじゃ……」
老爺の体には明らかに赤黒い部分があった。
私は腹部に目をやると、血で染まった服が老爺に残された時間が少ないことを告げていた。
「早く治さないと!!でもこれじゃ…!」
「ナツメ、もう…いいから。聞きなさい」
「…え?」
「わしの術についてじゃ…わしは……自分経験や記憶をものに込めて人に渡す能力を持っていたのじゃ」
「記憶を込める?」
「ああ。そこの……戸棚に刀がある……それと横にある旅の用意を持っていきなさい」
「刀?」
「わしが昔使っていた刀じゃ。そこに…わしの経験を詰めた。お前を護ってくれ…ゴホッゴホッ…」
「おじいちゃん!」
「ナツメ。こんな所で…すまんな…。楽しかったか?わしとの日々は……」
私はその言葉を聞き本心で応える。
「とても楽しかった。本当の…家族みたいだった」
その言葉を聞くと老爺は優しく微笑んだ。
「……そうかぁ。……嗚呼。まるで…長い長い夢のようだった」
その言葉を最後に老爺は静かになった。
私は今にも泣きそうだったが、強く拳を握りしめ耐えた。
私は立ち上がり、戸棚を探した。
すると、黒い鞘と赤い紐が目立つ1本の刀を見つけた。
それを手に取ると、突如として自身でも知らない記憶が、経験が溢れ出した。刀など降ったことも無いのに、振り方も、扱える型も知識も全て分かった。不思議な感覚だった。
そして言った通りにあった振分荷物を身につけ直ぐに家を出た。
背中からは未だに赤色とオレンジ色の光が私を照り続けている。
「……許さない」
溢れる。決して耐えられぬ程の怒りが、憎悪が。
「アイツ。いや、人に仇なす妖…その全て!!絶ッ対に許さないッッ!!!」
燃え崩れる思い出を背にして私は歩き出した。
振り返ってはいけない。もし今振り返ったら、耐えられなくなる。
だから振り返らずに進もう。
あの女の人の言うように、この先が破滅であろうとも。
老爺の復讐のため。もっと言えば自身のためでもある。
…さぁ。旅の始まりだ。
新小説です〜!
満を持して…?投稿です!
これからもよろしくお願いします!