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93.孤児院厨房にて

 玄関に入ってすぐのところにいたのはジョン君だった。彼はわたくしたちと目が合うとすぐに逸らしてしまう。


「いや、ミア姉が他の奴に囲まれてて、それからクッキーを焼くって聞いてな。俺も手伝いたくなったんだ」


 そう斜め下を見ながら言うジョン君に思わずクスリと笑ってしまった。厨房へと足を進める中でも二人の話は進んでいく。


「え~本当~? つまみ食いしに来たんじゃないの~?」

「ち、違ぇし!」


 立ち止まったジョン君に合わせてミアもまた立ち止まる。

 ミアの方を見ると彼女がジョン君にジト目を向けているところだった。ミアの発言から考えて、彼には前科があると考えるのが妥当だろう。


 そう納得したちょうどその時。彼は前触れもなく、平身低頭といった姿勢で勢いよく床に自身の頭をつけた。


「俺にクッキーの焼き方を教えてくれ!」


 「ドゲザ」という呟きがシェリーから聞こえてきた気がするのだけれど、お願いとかそういう意味なのだろうか? 

 そんなふうによそ事を考えていたわたくしの方をミアが向く。


「あの~イェニー様~。ジョン君をクッキー作りに参加させても大丈夫です?」

「えっと……長いことしているミアがいいと思うなら大丈夫だと思うけれど」


 わたくしがミアに丸投げしてしまったせいだろう。彼女に必死に考えさせてしまったようだ。


 「ごめんね」と今更言うのも……そうわたくしが心配している内に答えが出たらしい。


「決めました。ジョン君、参加してもいいけど、つまみ食いはダメだからね~?」

「……そんなこと言われなくたって!」


 ジョン君が熱弁する。「つまみ食い、ダメ絶対」という条件で、彼も厨房に入れるということに決まったのだけれど。


 厨房の前に到着したタイミングでシェリーが口を開く。


「あの、わたくしは厨房にいても足手まといにしかならないと思うの。どちらにいればいいかしら?」

「シェリー様……でしたっけ? そっちの部屋で待っていればいいと思います」


 ドロシーさんが反対側の部屋を指さす。わたくしたちがジョン君たち孤児院の子供たちと共にクッキーを食べた部屋だ。

 たしかに、この部屋で待っているなら大丈夫だと思う。わたくしが彼女の言葉に追従するように頷くと、シェリーはこう言い残して部屋に入っていった。


「わたくし、何もできなくてごめんなさいね。わたくしもクッキーを焼けたらよかったのだけれど……」


 そう落ち込むシェリーに、わたくしはかけるべき言葉を見出せずにいた。彼女が部屋に入っていくのを見送ると、ドロシーさんが励ましの言葉をかけてくれる。


「気にしないで大丈夫ですよ。若い時は悩むものです」

「そう……ね。ありがとう」


 その言葉に明るい顔をするシェリーに、ちょっとだけ気が軽くなる。

 わたくしたちは皆で厨房に入っていった。




☆☆☆☆☆




 厨房に入ったわたくしたちは早速準備に取りかかった。


 わたくしとジョン君はここで調理するのははじめてなので、いつもここで調理している三人の指示に従って調理していくことになった。

 当然、ここでは身分など関係ない。厨房では料理長が絶対だ。


「──それはこっち! ミア、それ取って!」


 厨房に立つドロシーさんは、先ほどまでの様子からは想像できないぐらいにテキパキと指示を出している。

 どうやら、彼女は厨房に立つと性格が変わるタイプだったらしい。


 しかし彼女のおかげで、この厨房を使うのがはじめてのわたくしも迷うことなく作業を進めていけた。

 調理器具や材料の置いてある場所をはじめ、おそらくすべて把握しているのだろう。さすがここで何年もパンを焼いているというだけはある。


 クッキー生地を作る手順自体は前回わたくしがやったのと大体同じだ。


 とはいえ違うところもある。今回もチョコレートを入れる予定だったのだけれど「子供たちが味をしめるのでナシです」とドロシーさんに言われてしまったのだ。

 というわけで結局普段通りだというクッキーを焼くことになった。


 それぞれに自身の担当分の材料を混ぜているわたくしたち。

 わたくしの隣で一生懸命に混ぜているジョン君はボウルの中に集中していて、わたくしが見ていることに気づいていないようだ。もちろん手は止めない。


 そんなわたくしに話しかけてきたのはドロシーさんだ。


「イェニー、様あんた手際いいね」

「あ、以前邸で練習したので」

「今混ぜてるの見ててお嬢様にしては体力があるなとか思ったけど、そういうこと……」


 体力があるのは孤児院育ちだからだと思うのだけれど。ミアの方が体力はあると思うけれど。特に聞かれなかったので再びジョン君の方を見ながらの作業に戻った。


 それにしても、ジョン君がここまで必死そうな表情をするなんて。


 本人には失礼だとは思うけれど、作業前には想像もできなかったことだ。

 やがて、わたくしたちはそれぞれに手元の材料を混ぜ終える。腕が疲れたけれどナイショだ。


「ふう……こんなもの、かな」

「どれどれ……」


 わたくしのボウルの中を覗いたドロシーさんが満足げに頷く。


「うんうん。これなら大丈夫だ。で、ジョンはどう」


 続いてジョン君のボウルを見るドロシーさん。


「な、何だよ? これまだ形になってないから途中だろ?」

「そうだけど確認しただけ」

「ならいいけど」


 ぶっきらぼうに言い放ったジョン君にドロシーさんは何も言わない。たぶんわたくしよりも彼のことを知っているのだろう。


 というわけで、わたくしたちは引き続き手元のボウルから生地を引きちぎっていく。

 手元のボウルが空になるぐらいに生地を丸め終え、ついに生地を焼こうというというその時。


 ここにきてジョン君がドロシーさんの指示を拒んだ。


「それじゃあ、みんなのクッキーをこっちに……」

「嫌だ!」

「ジョン君~?」


 ミアに声をかけられたジョン君は、驚いたのか身体をびくりとさせる。以前わたくしが慰問に来た時のミアのように、彼女の方を向くジョン君はギギギっと音でも鳴り出しそうな様子だ。


「こ、これはな……」

「これは?」

「……く、クッキーだ」


 しどろもどろに答えるジョン君に(いぶか)しげな視線を向けるミア。

 たぶんジョン君にも何かあるのだとは思うけれど……ドロシーさんはそれをわかっていたのだろうか。


「……やっぱりね。わかってた。ジョンのだけ別で焼くということでいい?」

「お、おう」


 ということで、ジョン君の分だけ先に焼くことになった。火の入った竈に焼き皿ごと入っていく。その間、部屋の端の方で壁を向いていたジョン君にわたくしは声をかける。


「ジョン君」

「……何?」


 少し間を置いて返ってきた答え。やはりぶっきらぼうなそれに、わたくしは質問を重ねる。


「別で焼きたかった理由って、何?」

「……男はな、行動で示すもんだ」


 そう口にするジョン君は、自分に言い聞かせているようだった。


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