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91.王都の孤児院、再び

 今、わたくしたちは馬車で孤児院へと向かっている。わたくしとシェリーはもちろんお忍びの服装だ。


 前回わたくし一人で行った時は、王宮から護衛──といってもやって来たのはフレッドだったけれど──が派遣されるという話だった。

 しかし、今回は王家の代役を務めるわけではないので、護衛は我が家持ちだ。そういうわけで、今日は御者台に護衛の方が乗っている。


 そう頭の中で状況を確認していると、シェリーに話しかけられた。


「ねえ、イェニー」

「何?」

「今日行く孤児院って、イェニーがいた所と様子は違ったのかしら?」

「うん。子供たちもたくさんいたし、勉強もよくしているみたいだったよ」


 王都の孤児院にいた子供の数は、多い。

 わたくしが住んでいた村よりも人口が多いというのもあると思うのだけれど、一人では面倒を見きれないのではという人数だ。


 ヤンにイライザに、と少しみんなのことを考えて思い出に浸っていると、シェリーの質問が続けて飛んで来る。


「ということは、イェニーは勉強をさせてもらえていなかったの……?」

「うーん……勉強を教えてもらうことはほとんどなかったけれど、かわりにのびのびと過ごしてはいたかな」

「そう……」


 その言葉を最後に、シェリーは俯いてしまった。思うところでもあったのかもしれない。


 そこから孤児院までの道のりは、街の喧騒(けんそう)がやけに鮮明に聞こえた気がした。




☆☆☆☆☆




 そうして微妙な雰囲気の中孤児院に到着したはずのわたくしたち。

 しかし、馬車を降りてからシェリーの方を振り返ってみると、彼女は先ほどまでの後ろ向きな雰囲気をすっかり霧散させていた。


 生粋(きっすい)の貴族令嬢である彼女にとって、淑女の仮面を被る(ほほえみをうかべる)ことなど、造作もないことなのだろう。


 今日はわたくし、ミア、シェリーそして彼女の侍女リリーに、護衛の方の計五人で滞在することになっている。

 とはいえ、護衛の方は敷地の入口で外を見ていてくれるという話なので、実質四人だ。


 御者の方は前回同様にちょっと遠くに馬車を止めて待ってくれているらしい。

 そう言いおいて去っていった馬車を見送ったわたくしたちは、孤児院の建物の方へと向かった。


 クッキーの材料はミアに抱えてもらっているのだが、重いものを持たせてしまい少々申し訳ない。


 そう口にすると、ミアは「いつものことですから」と明るい笑顔で口にする。

 言われてみればそうなのだけれど。彼女がこう見えて実は力持ちだと知っているのだけれど。それでも気になるものは気になるのだ。


「お邪魔します」

「おや……皆様、よくいらっしゃいましたね」


 そう好々爺(こうこうや)然とした笑みを浮かべたダレンさんが、わたくしたちを温かく出迎えてくれた。


 昨日のうちにアニーがこちらに向かうことを伝えておいてくれたおかげで、すんなりと迎え入れられた。

 そのアニーはといえば、わたくしの部屋を掃除することになっていたのでついて来てもらうことは叶わなかったけれど。


「どうぞお上がりください」

「失礼いたします」


 ダレンさんいわく、今子供たちは隣の礼拝堂で昔話の読み聞かせを受けているらしい。


「イェニーも本の読み聞かせを受けていたのよね?」

「うん。そうだけど……どうしたの?」


 突然シェリーから話しかけられたわたくし。彼女の方を振り向いて尋ねてみると。


「あのね……」

「うん、大丈夫だと思う。ダレンさんならきっと許してくれるんじゃないかな」


 わたくしはシェリーにそう返した。その言葉にシェリーはわたくしの前に出ると、淑女の礼をとった。それにダレンさんもまた礼を返す。


「お初にお目にかかります、ダレン様。シェリー・リチェットと申します」

「初めまして。ダレンと申します」

「……ダレン様。お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 シェリーの言葉に、ダレンさんは「何でしょう」と優しい言葉で尋ねる。

 シェリーは先ほどわたくしに言ったことを、深々としたお辞儀と共にダレンさんに伝えた。


「わたくしに子供たちへの読み聞かせをさせてはいただけませんか?」

「お嬢様がですか……働いていただく必要はないのですよ?」


 ダレンさんの言葉はそのまま捉えればよいのか、それとも初対面のシェリーの人柄を見ているのか。ただ少なくとも、相手の地位で対応を変えるような方ではない、と思う。


 シェリーがそれに答える前にダレンさんが続きを口にした。


「シェリー様は読み聞かせをしたことがありますか?」

「……ございませんわね」


 たしかに。シェリーは子供たちに読み聞かせをする機会などなかったのだろう。双子のわたくしはいなくなってしまったし、年下の弟妹もいない。


 それに、わたくし自身ここ数ヶ月の令嬢としての生活で年下の子供に読み聞かせをしたり、その練習をさせられた覚えがない。

 ということは、読み聞かせはきっと貴族令嬢にとって不要なことなのだろう。


 そうひとり納得していると、わたくしはダレンさんの視線がこちらを向いていることに気がついた。


「あの……どうしました?」

「イェニー様はかつて孤児院で生活していたとお聞きしたのですが……子供たちに読み聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「構いませんが……」


 そうシェリーの方を見ると、彼女は微笑みを浮かべて頷く。


 わたくしたちはここにクッキーを焼きに来たのではなかったか……と思い出して、ふとミアが材料を抱えていたことを思い出した。


 わたくしは彼女の方を振り向いて「ごめんなさい」を伝える。彼女は優しいから許してくれたけれど、やはり気になる。


 一連の流れを見ていたダレンさんが口を開いたらしく、聞こえてきたのは謝罪の言葉だ。わたくしは再びダレンさんの方に向き直した。


「私としたことが、気を回しそこねてしまいました。ミア様、材料を厨房まで運んでおいてもらえますか?」

「わかりました~。ではお言葉に甘えてそうさせていただきますね~」


 ミアが材料を置いて戻ってくると、わたくしはダレンさんに、先ほどのお願いへの返事をした。


「あの……読み聞かせのことなのですが、ぜひお願いします」

「……そうですか。それは助かります。では、ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」


 この時のダレンさんの笑顔は、それはとてもとてもよいものだった。「子供たちが喜びます」と言っていたので、何か裏があるわけではないと思うのだけれど。

 わたくしたちは外に出て行くダレンさんの後について礼拝堂へと足を向けた。


 この時のシェリーが淑女の仮面(ほほえみ)の下で少々思い詰めていたことなど、わたくしには知る由もなかった。


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