82.質問攻め
フレッドと招待状の話をした日──クッキーを久しぶりに焼いた翌日──から十日ほどたった頃。
ここ数日は朝方だけでなく昼間も過ごしやすくなり、秋の気配が漂い始めた。
今日は午後からエリーゼ様のお茶会に行く予定だ。
招かれているのはわたくしにシェリー、そしてシェリーの友達だというリュージュ伯爵家のご令嬢、メイ様だ。
メイ様と会うのは久しぶりで、わたくしがデビューした夜会で国王陛下に挨拶をした後、シェリーと間違われて以来だ。
もっとも、ロナルド殿下一行を歓迎するパーティーではシェリーと一緒にいたはずなので、本当の意味で会っていないと言えるのかは微妙だけれども。
「イェニー! 今日はとても楽しみね。わたくし、公爵家の方から私的なお茶会に招かれるなんてはじめてよ」
「わたくしも」
いつも通り家族が揃う朝食の席。隣り合って座っているわたくしたちはフフ、と互いの顔を見ながら笑い合った。それを見ていたのか、咳払いをするお姉様。わたくしたちは二人揃って
「シェリー、イェニー。あんたたち、招待してくださったのはあのエリーゼ様でしょう? くれぐれもリチェット家の品位を貶めるような粗相をしないようにしなさいよ」
いつも通りのお姉様に、再び顔を見合わせたわたくしたちは苦笑した。遅れて、お姉様の溜め息が聞こえてくる。
続いて「二人とも」とわたくしたちに声をかけたのはお母様だ。今度はわたくしたち以外の皆の視線も彼女に向いた。
「フアナの言うことには一理あるわ。イェニーはこのようなお茶会ははじめて、よね?」
「……は、はいっ」
「……楽しんでいらっしゃい? スメイム公爵家のご令嬢なら大丈夫よ」
お母様の言葉の裏には何かある気がするけれど、それが何なのかわからない。
とはいえ気にしても何も始まらないわけで。朝食を終えたわたくしたちはそれぞれに邸内で午前を過ごし、一台の馬車でスメイム公爵家のタウンハウスへと向かった。
☆☆☆☆☆
スメイム公爵家の邸に到着したわたくしたちは、早速公爵家の使用人の皆様に迎え入れられた。招待状を見せると、そのまま庭園へと案内されていく。
わたくしたちが通されたのは庭園の一角にある東屋だ。周囲には公爵家お抱えの庭師が整えたであろう、美しい花々が咲き誇っている。
東屋の方に目をやると、そこにはメイ様が腰掛けていた。ある程度の所から、シェリーはそんなメイ様に声をかける。
「ごきげんよう!」
「ごきげんよう。シェリーさ……ま?」
「?」
わたくしが彼女の言葉が詰まったことを訝しんでいると、クスクスと笑い始めたメイ様。そんな彼女から「本当に双子でしたのね」という言葉がかけられる。
そういえば二人で並んでいる姿を見せるのははじめてだ。
「イェニー様もごきげんよう」
「ごきげんよう、メイ様」
東屋には四脚の椅子と、円形のテーブルが置かれている。
王宮のものと比べると東屋の内外を隔てる垣根がなく、大きさも少々こぢんまりとしているといった違いはあるが、それでも遜色はないと言っていいだろう。
わたくしたちはそれぞれ、使用人の方に引かれた椅子に座る。席につくと、わたくしはメイ様から声をかけられた。
「イェニー様。遅くなってしまいましたが、ご婚約おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
そういえば、わたくしが彼女と面と向かって話したのはあのデビュタントの夜会が最初で最後だ。わたくしとフレッドとの婚約が正式に発表されてからは、一度も会っていない。
婚約。そう言われるだけで何だか面映ゆい。わたくしと彼の婚約は夢ではなく、本当に現実なのだと。
わたくしが感謝の言葉を告げていると、草を踏み分ける音が聞こえてきた。
そちらに目をやると、そこにいたのは案の定、エリーゼ様だった。わたくしたちは彼女に挨拶するために皆立とうとしたけれど、その彼女に制止される。
「そのままで大丈夫よ。皆様、ごきげんよう」
東屋までやって来た彼女はそのまま、わたくしたち同様使用人に引かれた椅子へと腰かけた。
それを合図に、どこからともなく現れた他の使用人の方々がテキパキとお茶やお茶菓子を準備していく。準備が終わると、エリーゼ様が口を開いた。
「皆様、今日は集まってくれてありがとう」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。シェリー共々、本日を楽しみにしておりました」
わたくしは感謝の言葉を告げる。家族関係でいえばシェリーはわたくしの姉だ。
しかしわたくしは王太子殿下の婚約者なわけで。このような場合は、わたくしが代表して挨拶をするべきだとお母様から指摘された。昨日の夕食のことだ。
わたくしに続いてシェリー、メイ様もエリーゼ様に感謝の言葉を告げる。一通り挨拶が終わると、お茶会が始まった。口火を切ったのは今回の主催者、エリーゼ様だ。
「イェニーさん。貴女、殿下とはうまくいっているのかしら?」
「えっと……うまくいっていると思いますけれど……どうしました?」
わたくしの言葉に楽しそうなエリーゼ様。彼女は質問を重ねる。
「さすがにキス、はしているのでしょう?」
そう告げられてフレッドとのあれこれを思い出してしまったからか、途端にわたくしの顔に熱が集まっていく。
わたくしは咄嗟に俯いてしまったので、エリーゼ様がどのような顔をしているか見えない。
とはいえ、彼女のコロコロとした笑い声と周囲の雰囲気からして、彼女が面白がっていることは間違いないだろう。
そう気づいたわたくしは、余計にいたたまれない気持ちになってしまう。もしかしてエリーゼ様はこの話がしたくて、わたくしたちをお茶会に招いたのだろうか。
それとも本題を最初に切り出すとは考えにくいから──などと現実逃避をしてしまったけれどきっと問題ない、はず。
「あら……やっぱりイェニーさんは殿下のことを心の底からお慕いしているのね」
「そんなことは……っ!」
エリーゼ様の言葉に、わたくしは思わず彼女の方を見た。そこにエリーゼ様からの質問がさらに重ねられていく。
「そんなことは?」
「あり、ます……」
ああ。顔が火照るように熱い。エリーゼ様だけでなく、視界の端に映るメイ様もどこか楽しそうな顔をしている気がする。
シェリーのいる方から聞こえてくるのは苦笑いだ。もはやいつものことで、慣れ切ってしまっているのだろう。わたくしが抗議の意味をこめてエリーゼ様を軽く睨むと。
「あら。ごめんあそばせ……慌てふためくイェニーさんが可愛くて、つい」
「か、可愛い!? そ、それはどういう……」
わたくしの言葉に頷くエリーゼ様。わたくしより爵位では上とはいえ、年下の彼女に可愛いと言われるのはどういうことだろう。
「イェニーさんもロマンス小説を読むでしょう? わたくし、わたくしよりも年上のヒロインを見ても彼女が恋をしている様子を可愛らしいと思ってしまうのだけれど」
「つまりわたくしはロマンス小説のヒロインのようなもの、ということですか?」
「ええ。少なくともわたくしは殿下とイェニーさんの恋物語の一端を見ることができて眼福ですわ」
そう言い終えると、彼女はさらに笑みを深めた。
そういえば、エリーゼ様はロナルド殿下とのお茶会でも、ロマンス小説が好きでわたくしとフレッドとの仲を応援してくださっているという話をしていた気がしなくもない。きっとこれが彼女の素の顔なのだろう。
余計に恥ずかしくなってしまったわたくしは、エリーゼ様に同様の質問を返す。
「で、ではエリーゼ様はロナルド殿下とどうなのですか? その、文通を……」
「ええ、もちろん。彼のことが気になるの? わたくしがわかる範囲でなら、教えて差し上げるわ。先日はじめて会ったばかりだけれども、ね」
「それでは……フレデリク様が、ロナルド殿下が面倒くさいとおっしゃっていたのですが……」
わたくしの言葉に、エリーゼ様は苦笑した。しかし、ひとたび口を開けば、彼女はそれまでとは別人のようにまくしたて始めた。
「おっしゃる通りですわ。彼、手紙への返事が速くて。以前どのような曲を聞いたかとか、どのようなオペラを見たか、とか」
「あはは……」
「一時期は文通も途絶えていたのだけれど、今ではすっかり元通り。おかげさまでわたくしの自由時間は手紙を書いているか、手紙に何と返そうかと悩むかのどちらかが……イェニーさん?」
エリーゼ様の指摘にわたくしははっとする。いつの間にかわたくしもまた、ロマンス小説のヒロインを見る目でエリーゼ様を見てしまっていたらしい。でも、お互いさまだと思う。
「まあ、あれよ。年上だけれども大きな犬を飼っているような気分、かしら」
「犬、ですの? とても素敵ですわ」
犬という言葉に飛びついたのはメイ様だ。彼女の邸では小犬を飼っているのだとか。
「イェニー。そういえばフレデリク殿下にクッキーを持っていくという話をリリーから聞いたのだけれど、どうなったの?」
わたくしはメイ様の話に頷いていると、突然シェリーから話題が振られた。わたくしが彼女の方を凝視してしまったのは仕方のないことだろう。
彼女は小さく「ごめんね」と口を動かしたけれど、この後わたくしが残りの二人から質問攻めに遭わされたことは言うまでもない。




