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77.式典が終わって

 式典が終わって階段を降りたわたくしたち。全員が城壁の下に降りてきたので、わたくしは周囲を見渡した。


 ふとエリーゼ様をエスコートしたロナルド殿下が目に入ると、彼は何か言いたげな表情をしていた。気になって彼の方を見ていると、そのことに気づいたのか彼は口を開いた。


「エリーゼ嬢……それからフレッド」

「いかがいたしまして?」

「何だ?」

「私は明日、帰国の途に就くつもりだ」


 その言葉に衝撃が走った。といっても、国王陛下とアーシャ様は事前に聞いていたらしく。


「今朝言いだしたあれか。準備は進めておる。安心せい」


 そう朗らかに告げる国王陛下。あまりに強行軍ではないかとわたくしが疑問を口にすると。


「当初から滞在予定は今日までだったから心配はいらないよ。そうしないとチケットをとった公演に間に合わなくなる。彼女との婚約に不服があるわけではない……フレッド? その顔はどうしたんだ?」


 とまで返される始末だ。彼がフレデリク様の名前を出したので隣を見てみると、わたくしの婚約者は彼に呆れたような表情を向けていた。


「この通りだ。面倒くさいだろう?」


 わたくしはフレデリク様のその言葉に苦笑するしかなかった。とにかく、エリーゼ様とロナルド王太子の婚約が白紙撤回されるという、両国間に溝を生む危機は免れたわけである。


 このやり取りの後、馬車で王宮に戻ったわたくしたちは、今度は国王陛下夫妻と共にいつもの東屋でお茶会をすることになった。

 ちなみに、エリーゼ様たちもわたくしたちとは別に王宮内の一室でしばしのお別れのお茶会をしているらしい。


「それで、やっぱり貴方たちには揃いの衣装が似合うと思ったのだけれど……ここまでピッタリだとは思わなかったわ。ねえ、あなた」

「そうだな。フレデリクがここまで婚約者を愛するとは……かつては女性を寄せ付けまいとしていたというのに、いつからだったかの」


 やはり、国王陛下夫妻も両親と同じく親バカらしい。若干話がかみ合っていない気もするけれど、それでもお互い指摘しないのはこれが二人の日常だからなのだろうか。


 ちなみにわたくしたちはまだ着替えていない。デザインを発注したアーシャ様がゆっくり眺めたいとおっしゃったからだ。


 フレデリク様ははじめ嫌そうにしていたけれど「揃いの衣装」という言葉にものすごく頭を抱えていた。きっと先ほど言っていた自分がデザインしたかったとかそういうことなのだと思う。


 そこでふと思い出したように一通の封筒を差し出すアーシャ様。

 宛名はわたくしになっているが、これはアーシャ様からの招待状ということだろうか。そう彼女の顔を見ると、困惑が伝わったらしく封筒の中身について教えてくれた。


「それは招待状よ。家に帰ってから開けてちょうだいな」

「ありがとうございます」


 彼女の「家に帰ってから」という言葉に若干含みを感じたが、ここにはペーパーナイフがないのだからどのみち開封できない。ここはアーシャ様の言うことに従うのが最善だ。


 談笑が続き夕日が傾きはじめた頃、わたくしはいつものようにフレデリク様と共に馬車に乗ってリチェット侯爵邸への帰路についた。


「あの、フレデリク様。ベスは?」

「イェニーの使用人か。彼女ならリチェット侯爵家から来た予備の馬車でイェニーのドレスを持って先に侯爵邸へと帰ったとの話だ。私の手の者が付き添って帰ったから心配しなくていい」

「よかった……」

「私もそう思う。今ここには私とイェニーの二人きりだ」

「それがどうかしましたか?」


 もう王太子妃教育で何度も二人きりの同乗を繰り返しているのだ。はじめの頃こそ羞恥で悶え死ぬのではないかと心配したが、今となってはもう慣れ切ってしまった。


 というわけで、わたくしは彼が何を言いたいのかわからなかった。


「そろそろフレッドと呼んでくれないか? 演技ではなく。いつも」


 その言葉にわたくしは(きょ)を突かれた。もう彼から何を言われても驚かないつもりだったのに……今のわたくしはきっと、貴族令嬢としては目もあてられない顔をしているのだろう。


「昔は対等に接してくれていただろう。その頃に戻りたいだけだ」

「でも、あの時はまだ名前も知りませんでしたし」

「私がフレッドと名乗っていれば、様付けなしで呼んでくれていたのではないか?」

「そ、それは……結婚してからでは駄目なのですか?」

「本当は敬語もやめてほしいのだが……下町では言えたのだから、今も言えるだろう?」

「あの時はその……このようなドレスを纏っておりませんでしたし……貴方のことをフレッドなどと呼んでしまえば貴族令嬢として非常識と思われてしまいます」


 そう思われてはフレデリク様のお側にいることがかなわないのです、とわたくしは必死に取り繕ってみたのだが、そんな小手先の演技が彼に効くはずもなく。


「大丈夫だ。その時は私が親称呼びを許す非常識な王太子と思われるだけだ」

「それこそ本当にフレデリク様のご迷惑に……!」

「イェニーは周囲の者の言うことは聞くのに婚約者の私の願いは叶えてくれないのか……私はイェニーのことが好きだから婚約を解消するつもりはないが」

「もう、呼べばいいんですよね!? フレッド!」


 やけになってそう言えば、彼は今までに見たこともない屈託(くったく)のない笑みを浮かべた。


「やっと呼んでくれた」

「今までだって呼んだことあるじゃないですか」

「そうなのだが……貴女がその服装をしていると結婚してからも、それこそ執務室でも夜会でもきっとそう呼んでくれるのだと想像してしまってな」


 そうだ……わたくしはいずれ、彼の妻になるのだ。先ほどまでのやり取りで精一杯だったわたくしはとても大事なことなのに、結婚のことが頭から抜け落ちていた。

 というわけで、わたくしは本日何度目かわからない不意打ちを受けたのである。


 馬車がリチェット侯爵家に到着した頃には、もうすでに夕日が沈みきっていた。

 出迎えてくれたベスと共に彼のことを見送り、わたくしは一度自室へと戻る。さすがに、このフレデリク様とお揃いの、高価なドレスのまま夕食を取るのは気が引けたからだ。


 それに、アーシャ様から受け取った招待状の中身も気になってしまっている。

 そこで、着替えを持ってきてもらうのを待つ間に、受け取った招待状にペーパーナイフを入れる。


 そこに入っていた紙を見たわたくしは、非常に大きなショックを受けることになった。


「えっと、これは……フレデリク様のお誕生日会への招待状……?」



第二章は本話にて完結です!

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最終章の更新につきましては活動報告にも書きましたが、今年中を予定しております。

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