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76.フレデリク様の隣にいるために

 フランツさんに案内されるまま、わたくしたちは王宮の中をひたすら歩いた。もちろん、フレデリク様のエスコートを受けて、である。


 数日前のパーティー同様に手を腰に回されているが、昼間から人前でここまでする必要はないのでは、と思ってしまう。嬉しいけれど。


 到着した先は、一度も来たことがなかった南側の入口だ。


 見慣れぬ景色だからか、これから式典だというのに周囲を見回してしまう。そうしているうちに、目の前で立ち止まったフランツさんがこちらを振り向いた。


「……イェニー嬢。周囲の様子をご覧になるのはまた後日殿下と共にゆっくりと時間をとった際にしてください。予定がありますので」

「大変失礼いたしました」


 そう申し訳なさそうに軽く礼をすると、彼の呆れた声が聞こえた気がした。

 フランツさんはそのまま馬車の扉を開けると、わたくしたちに乗車を促す。


 フレデリク様の力を借りて馬車に乗ると、彼もまたわたくしの隣に腰掛けた。それを確認したフランツさんは外側から扉を閉めて御者台に座る。


「あの……フランツさんが御者台に乗るのですか?」

「その通りだ。今日は式典の日だから、平民を従者にするのがあまり好ましいこととされないのだ。安息日と同等の扱いだからな」


 わたくしたちの会話が一往復すると、馬車が動き始めた。南側の門に向かうらしい。


 突然、フレデリク様が城壁の一角を指した。彼の示した先に目をやると、固く閉じられた大扉の脇には人が上っていけそうな階段がある。


「今日はあそこから門の上に上るのだが……高い所は平気か?」

「もちろんですよ。木登りも得意ですし」


 彼は苦笑した。得意気に言ってみたものの、木登りは令嬢としてあるまじき答えだったなとひとり心の中で反省する。

 そんな気持ちを悟られたくなくて、わたくしは彼に同じ質問を訊き返した。


「フレデリク様こそどうなのですか?」

「私も平気だが……その、だ。以前も言ったと思うが、木登りをすることを(とが)めているわけではないからな? それに、北西の崖の上の聖堂に以前行ったではないか」


 そういえばそうだ。どうしてそちらではなく木登りを話に上げてしまったのだろうか。先ほどの比ではないくらいに恥ずかしい。


 そのままわたくしの心臓が大変なことになる──という直前で、馬車は止まってくれた。とても助かる。


「殿下、イェニー嬢。到着しました」


 扉を開きながらそう告げるのはフランツさんだ。わたくしは再び、先に降りたフレデリク様の手を借りて芝生の上に足を下ろした。


 周囲を見れば、そこにいたのは国王陛下にアーシャ様、ロナルド殿下にエリーゼ様とわたくしより身分の高い方ばかりだ。

 わたくしたちの到着に気づいたらしいアーシャ様がこちらに数歩近づいてくる。それにつられて、他の方々もわたくしたちに注目した。


「やはりわたくしの見立ては間違っていなかったようね……」

「母上。私とイェニーは将来を誓い合った仲とはいえ、これは」

「何か問題でもあって?」

「いえ。私も決定に関与したかったというだけです」


 アフタヌーンドレスは露出も少ないですし、と付け加えるフレデリク様。そういえばフレデリク様がアーシャ様からドレスのデザインに口だしを受けるのは普段、肌の露出が多いドレスに限られていた。


「義母が義娘のドレスを仕立てるぐらい、普通でしょう?」

「まあ、完全に誤りとまでは申し上げませんが……イェニーの魅力を引き出せるドレスを考案できるのはこの私です」

「まあ……!」


 アーシャ様のあのお顔は面白がっている時のそれだ。そこで話題が切れたと判断したのか、今度はロナルド王太子がエリーゼ様を伴ってこちらへとやって来る。


「私も君たちのようにエリーゼ嬢と何か揃いのものを仕立てようか……という冗談はここまでにしよう。フレッド、今回の件は助かった」

「謝罪は不要だ」

「えっと、不躾ながら質問してもよろしいでしょうか?」


 ルールを守ったつもりだったのにアーシャ様の視線が厳しくなった気がする。

 後で叱られるかもしれないけれど、ロナルド殿下が質問をしてもよいと承諾してくれたので、わたくしはありがたく甘えることにした。


「お二人は何についてお話を?」

「クローベル侯爵に対する処遇だよ。ここには王家の関係者か、将来王家の関係者になる人物ばかりだから話しても特に問題はないだろう」


 ですよね、エナトス王。そう彼が国王陛下の方を見ると、陛下は大きく頷いた。その様子を確認したロナルド殿下は、そのまま先ほどの話の続きを口にした。


「簡単に言うと、クローベル侯爵を外務大臣から罷免(ひめん)することになった。いや、爵位剝奪の方向で考えているんだ」


 罷免にとどまらず爵位剝奪とは。理由を聞けば、職権を乱用してエナトスから偽の情報を送り、両国の衝突を謀った罪。

 帳簿を改ざんして国に報告するよりも多量の武器を他国へと輸出し、脱税した罪などらしい。


「それから、六年前の事件もクローベル侯爵が裏で手を引いていたと考えた方が自然だけれど、こちらはまだ証拠が掴めていないんだ。アストランティアの次期国王として申し訳なく思う」

「ロディがそこまで思いつめる必要などない。たしかに私たちは襲われたのだが、このように無事だ。それに、そのおかげでイェニーとも会えたのだ。これでもクローベル侯爵には多少感謝しているのだぞ?」


 本気か冗談かわからないことを言うフレデリク様。それに対する反応は様々で、国王陛下は真顔だし、その事件の場に居合わせたであろうアーシャ様やフランツさんは頭を抱えている。

 わたくしと目が合ったエリーゼ様は苦笑し、華麗にスルーしていたのはロナルド殿下だけだ。


 そこで手を叩き注目を集めたのはフランツさんだ。


「皆様。そろそろお時間です」


 そう言われたわたくしは、国王陛下夫妻に続いてフレデリク様のエスコートで階段を上っていった。上るにつれて壁の向こう側から聞こえてくるざわめきが少しずつ大きくなってくる。


 壁の上まで到着すると、そこにはわたくしたちを一目見ようとしているのか、多くの民が集まっていた。


「皆の者! 静まれ!」


 わたくしたちに続いて上ってきたロナルド王太子たちが定位置につくと、国王陛下は大きな声を上げる。


 それと共に空に向けて放たれるのは空砲だ。話には聞いたことがあったが、実際に聞いたのははじめてだ。


 陛下が聞いたことがないほどの大声を張り上げたことで、みんなの声のトーンが少しずつ下がっていく。

 完全に、とはいかないまでも声量がかなり小さくなったことを確認した陛下は宰相閣下から書状を受け取り、式典の台本を読み上げはじめた。

 どうやら彼は先に城壁の上に上ってきていたらしい。


 やがて、隣国との平和の象徴として、ロナルド王太子とエリーゼ様が紹介される。彼らが婚約していたことは貴族たちに何年も前から伝えられていたようだが、二人が並び立って民の前に出るのはこれがはじめてなのだとか。


 前に出た二人は民に向けて手を振っている。それに呼応して、下の方から歓声が上がる。二人の婚約を祝福しているのだろう。

 しかし、そうしてわたくしたちが二人の様子を後ろから見ていたのは一分にも満たない本当に短い間だった。


「続いて、かねてより伝えておった我が息子にして次期国王のフレデリク・エナトスとリチェット侯爵令嬢イェニー・リチェットが婚約したことをここに宣告する。二人とも、前へ」


 視線がこちらに向けられる。わたくしはフレデリク様と顔を合わせ互いに頷きあうと、彼のエスコートで大勢の民の前へと向かった。

 もちろん彼の手がわたくしの腰に添えられた状態で、である。


 わたくしたちが彼らからよく見える位置まで歩み出ると、今度は先ほどの比ではないぐらいに大きな歓声がわっと上がった。


 ここから見ると一人一人は小さくしか見えない。多すぎて人数は数えられないけれど、その誰もがまぎれもなく大切な民で。


 そんな彼らに祝福されているのだから、俄然やる気がわいてくるというものだ。彼らはそれこそ、凶作ともなれば物語の双子のようにいとも簡単に亡き者となってしまうかもしれないのだから。


 もしかしたら、わたくしは彼らを守るために生まれてきたのかもしれない。フレデリク様と共にいるためにも決して彼らを見捨てるわけにはいかないのだ。

 双子に嫌悪感を抱いている者もいるだろうが、彼らとて大切な民だ。


 孤児院では双子のことにしか気が回らなかった。でもそれでは駄目だ。次期国王たるフレデリク様の婚約者として、それでは失格だろう。


 だから、わたくしはフレデリク様に相応しくあるために努力しよう。見識を広め、民のために生きていくフレデリク様を支えるために。


 そう決意したわたくしは淑女の仮面をつけることもなく、心からの笑顔で手を振った。


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