75.次期王妃の意見を
その後、いつもの部屋に連れてこられたわたくしはどんどん磨き上げられていく。
本来到着するだった時間より一時間半ほど遅れているので、みんな必死だ。着替えるだけなら十分に余裕があると聞いていたので、そのことを疑問に思ってベスに尋ねてみたのだが──答えを返してくれたのはヘレンだった。
「王妃殿下がご覧になりたいとおっしゃっておりましたので……」
王妃殿下はもう準備なさいましたと締めくくる彼女。
そういえば彼女はアーシャ様つきの侍女だった。彼女はわたくしが遅々としてやって来ないのを心配していたらしい。ちょっと申し訳ない。
「これなら問題ないでしょう」
そう満足気に頷くヘレンに、わたくしはいつものように鏡の前へと促される。
そこにいたのは、重厚な紺色の衣装に身を包んだ、大人びた少女だった。同色のリボン結い上げられた髪は今までにないほど輝いている。口に引いた紅などもいつもより濃いめだ。
それからしばらくの間は皆が急いでくれたおかげで何もやることがなかった。というか、時間が足りなくなったので、アーシャ様とは式典の後で、ということになったらしい。
そのためわたくしは部屋の中央のソファに腰掛けて時間を潰した。やがて、扉が開かれると、そこに立っていたのはわたくしの予想通り、フレデリク様だった。
わたくしは立ち上がって彼を出迎える。淑女の礼をとろうとしたが、手で制止されたのですぐに姿勢を正した。
つかつかとこちらに歩いてきたかと思えば、わたくしの頬をいたわるようにひと撫でする彼。
「似合っている。やはり母上にはまだ勝てぬな」
「あ、ありがとうございます? フレデリク様もお似合いですよ」
「そうか。これは母上が対になるように準備していたらしいのだが……イェニー?」
わたくしの言葉に相好を崩していたフレデリク様だったが、その顔は一瞬で疑問の色に染まる。
わたくしが俯いてしまったせいだろう。彼の話を聞いて、わたくしは彼の濃紺のジャケットがわたくしの着ているドレスと同色の生地でできているのだと思い至ったのだ。
わたくしは再び顔を上げ、笑顔で返した。
「その……フレデリク様とお揃いというだけで嬉しいです」
「私もだ。母上にはしてやられた」
そう言って肩を竦めるフレデリク様。アーシャ様もきっとほくそえんでいることだろう。というか、式典で会ったら確実に茶化してくるはずだ。
皆様口を揃えて厳しい方だと言っているが、彼女はとても優しい方なのだ。マナーやルールといったものに少々口煩いだけで。
そこでふと、彼はここに来た目的を思い出したかのように口を開いた。
「話は変わるが……イェニーに少々説明しておかなければならないと思ったことがいくつかあってな。少々長くなりそうだし座ろう。ヘレン、私の分の茶も頼む」
わたくしの横を通り過ぎて先ほどまでわたくしが座っていた場所の隣に腰掛けるフレデリク様。彼は自身の隣の座部をポンポンと叩き、わたくしを促す。
わたくしが座ると彼の紅茶が注がれ、続いてわたくしの飲みかけのカップも新しいものに交換された。フレデリク様がカップをテーブルの上に戻し、ヘレンが壁際の定位置まで戻ると、彼の話が始まる。
「先ほどは危険な目に遭わせてすまなかった」
「いいえ。もう過ぎたことですし」
「それでも、だ」
「わたくしはフレデリク様に助けていただけただけで、十分嬉しかったのですよ」
この言葉は本心からくるもので、偽りはない。はっとするフレデリク様は満更でもなさそうで、頬を赤らめて頭を抱えていた。
しかし、その様子をわたくしがじっと見つめていたことに気がついたからだろうか。
「ありがとう、イェニー」
彼は花が綻ぶようなほど満面の笑みでそう告げた。素直な感謝の言葉を述べられた時のなんと面映ゆいことか。
それから数分後、やっと落ち着きを取り戻したわたくしに、彼はこれからが本題なのだと告げる。
「まずバナーク男爵家の話だが……もう彼らは反乱を起こせないだろう。領地にあった武器はすべて接収したと先ほど伝書鳩を通じて連絡があった。今後領地及び家財の一切が没収されることとなるだろう」
彼の話によると、バナーク男爵家が謀反を起こそうとしたことは疑いようのない事実であり、彼らが何の罰も受けずに生きていくことはできないのだとか。
「一族郎党、と言っても当主と一切の不正を知らなかった息子しかいないのだが。処刑か国外追放かティーガの修道院送りか……イェニーはどれがいいと思う?」
本人は関わっていなくとも、誰かが大問題を起こせば一族が連帯責任をとらされるなんて。
前回のおじさんの時は降爵されたとはいえ、おじさん以外は普通に生活していた。
というわけで、わたくしにとってフレデリク様の言葉は予想外だ。貴族の世界は案外厳しいらしい。
「えっと……わたくしが決めるのですか?」
「語弊があったな。将来の王妃がどのような判断を下すのか聞いてみたかっただけだ。厳しい選択だと思うから無理ならばそう言ってくれて構わない」
意見を聞いてみたい。彼がそう願うのなら、わたくしに断るという選択肢はない。いつも彼にたくさんもらっているのだ。彼の望みもできる限り叶えてあげたい。
そう思ったわたくしはしばし考えを巡らせた後、答えを出した。
「まず、男爵は修道院送りが適切だと思います。彼は双子として生まれたことで被った不利益について思うところがあるようですから。ティーガには双子の弟さんがいたはずですし。とにかく、恨んだままではいけないと思うのです」
「そうか。それで息子の方はどうする?」
「その方はまったく知らないので本来わたくしがどうこう言うべきではないのかもしれなせんが……国外追放が一番だと思います」
その言葉に続きを静かに待ち続けるフレデリク様。促されているように感じたわたくしは理由を淡々と述べていく。
彼はまだ若いはずで、不正にも手を染めていないというのだからこれからいくらでもやり直しがきくはずだ。そう告げるとフレデリク様は微妙な顔をした。
「私としては二人とも処刑したいのだが。未来の王妃を連れ去った時点で、極刑は当然。後は処刑方法が変わってくるだけだ。むしろ、修道院送りになっているあのオックスも引きずり出して」
「ま、まあフレデリク様はそう思われるのかもしれませんが……わたくしはその処刑というのが一番生ぬるくて被害が深刻だと思うのです……!」
「理由を聞いても?」
訝しげな顔でそう尋ねるフレデリク様に、わたくしは自身の主張の根拠をかいつまんで話した。
「簡潔に申し上げますと、処刑は一番いけない選択肢だと思います。反省すらせず、神々の国に行くというのはちょっと許せないのです。それに、人を殺してはいけないという決まりもありますし、処刑人の方が可哀想です」
「可哀想、か。彼らは我々王族の命令で処刑を執行すれば、それだけで多額の金銭を手にすることができるというのにか?」
「それでも、です。だってわたくしは──貴族令嬢は貴族令嬢でも、院長先生にそう教えられて育ってきた孤児院育ちの侯爵令嬢なのですから」
わたくしがそう豪語すると、フレデリク様は耐えられないとばかりに腹を抱えて笑い出した。
失礼な人だな、と思いながらもそんな彼のことが好きすぎるのだから、わたくしもどうしようもない。ロマンス小説に書いてあった恋は盲目とはこのことだろう。
「わかった。そうしてもらえるよう父上には取り図ろう。貴重な意見だった」
そう笑顔のフレデリク様。わたくしも「よろしくお願いします」と笑顔で返す。
その時、扉が外から叩かれる。フレデリク様が入室を促すと、入ってきたのはフランツさんだった。
「殿下、イェニー嬢。そろそろお時間です。会場に向かいましょう」
タイトル回収をしてしまいましたが、本作はまだまだ続きます。
引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。




