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73.危機

 それから四日後。とうとう国民──もとい王都に住む平民たちに隣国アストランティアと友好関係が続いていることを知らせる式典の日がやって来た。

 青々と晴れ渡る空が両国の未来を祝福してくれているようだ。


 式典自体は午後からなのだが、準備は早朝から始まる。

 というわけで、わたくしは今日も今日とてロマンス小説を開く暇もなくベスたちに磨き上げられた。そのまま王宮に着て行っても恥ずかしくないドレスに着替えさせられる。


 フレデリク様から贈られたドレスだから嬉しいのだけれど……向こうでもう一度着替え直すというのが二度手間なのでは、と思ってしまうのはわたくしが孤児院育ちだからなのだろうか。


 わたくしはいつものように、御者の方の手を借りて馬車に乗りこむ。

 彼に「ありがとう」と言うと御者のおじさんはいつもと違って一瞬動きを止めた気がした。


 続いて、ベスが乗車して扉を閉めると、馬車もいつものように王宮に向けて出発した……のだが。


「ベス。王宮に行く道って……」

「こちらではありませんね……お嬢様、もしもの時はわたくしが時間を稼げればよいのですが……」


 馬車は途中から普段王宮との往来に使っていない道へと入っていった。

 やはり、御者のおじさんはいつもと違う人だったのだろう。一瞬感じたあの違和感は間違っていなかったのだ。


 どうしてこのような時にかぎって無視してしまったのだろう。わたくしの目を欺いたのはともかく、ベスも気づかなかったということはかなりの手練(てだ)れだと思う。


「申し訳ございませんお嬢様。わたくしがよく見ていなかったばかりに……」

「気にしないで。わたくしも違和感があったのに言わなかったのだから」


 わたくしたちが互いに申し訳なさそうにしていたところで、突然馬車が停止する。


 外を見るかぎりどこかの貴族の邸の敷地だとは思うが、一体どこの家の邸だろうか。そう考えていると、馬車の扉が乱暴に開かれる。


 そこには大柄な男が一人。彼は片手を馬車の扉の縁にかけ、もう一方の手には何やら布切れを握りしめていた。


「おお! これが噂の未来の王妃サマってか! 全然そうは見えねえな……まあいい。嬢ちゃん、ケガしたくないなら力を抜いて今からオレの言う事に従うんだな!」


 グヒヒと下卑(げひ)た笑みを浮かべた男は、わたくしに抵抗する気がないと判断したのか馬車に足を踏み入れてきた。


 ベスも完全に怯えきっている様子だ。しかし、彼女には興味がないのか、気づいていないだけなのか。彼はわたくしの顔に布切れを押し当てた。


「本当は今すぐヤッちまいたいんだがよ、旦那がうるさくてさ」

「……! ゲホッゲホッ!」

「お嬢様────」


 最後に聞こえたのはベスの叫び声だったのだろうか。わたくしの記憶はそこで途絶えた。




☆☆☆☆☆




(あれ? ここはどこ? わたくしは……)


 わたくしが目覚めると、最初に感じ取ったのはひんやりとした、硬い感触だ。

 起き上がって周囲を見渡せば、そこはどこか薄暗い部屋の中らしかった。壁際に近づいてみると窓と思わしきものがあったが、いずれも雨戸が固く閉じられているのか開かない。


 壁づたいに反対側まで行ってみると、そこにあったのは扉だ。こちらも鍵がかけられているようだ。


 それにしても、どうしてわたくしはここにいるのだろうか……ひとまず気を失う前の状況を思い返してみると。


「そうよ! ベスは……?」


 そうだ。わたくしはどこかの貴族の邸の裏側で暴漢に襲われたのだった。

 しかし、特に拘束されていないしどこかが痛むということもない。おそらく状況からしてわたくしをここに閉じ込めたのはどこかの貴族なのだろう。


 ふと耳を立てると、外から幾人かの足音が聞こえた。よく聞き取れないが、彼らは何やら話しこんでいるらしい。


 やがて足音はちょうど扉を挟んだ向かい側で止まる。直後、わたくしひとりの暗い室内に光が差し込んだ。


「それでご令嬢は……ああ。もう起きていたのか。ずいぶんとお早いお目覚めで」


 何人か立っている男のうちの一人が口を開く。どこかで聞き覚えのある声だ。


 その男の顔を見ると、片目には眼帯をしている、茶髪の男性だった。彼はつい先日わたくしと夜会で会ったばかりの方に似ている。名前はたしか──


「バナーク男爵……」

「おや、名前では呼んでくれないのですか? 私はバナーク家当主のウェルスト・バナークです。どうぞ貴女様の婚約者様のようにウェルスト様、と」

「お断りします」


 その言葉に、彼は綺麗な顔に皺を寄せる。そんな彼の口から飛び出してきたのは罵声だった。


「この小娘……ッ! 私が手心を加えたからに慢心しよって……!」


 普通、貴族社会では親しくもない相手を名前呼びする必要はないと教えてくれたのは誰だったか。

 あの修道院送りになったおじさんといい、この家にはろくな大人がいないのではないだろうか。


 そんなよそ事を考えていると、彼はこちらが聞いてもいない過去を勝手に語り出した。


「何が違うというのだ! 私もお前も同じ双子だというのに! お前は両親に一度見捨てられた身でありながらこの国の王太子の婚約者となり、かたや私は見捨てられることがなかったというのに降爵されるとは……お前は私と同じで疎まれるべき存在なのだ。それに、そんな忌むべき存在を婚約者に据えた王太子も王太子だ! このままではこの国が滅びてしまう。いっそのこと、私が国王として厳しく統治せねばな……テロス。兵たちに合流せよ。敵はエナトス王家、王宮を壊滅せしめよとな!」

「はっ!」


 そう言ってテロスと呼ばれた男はひとりこの場を去っていった。男爵はきっと王家に歯向かうつもりなのだろう。わたくしを人質にとって。


 今の状況でわたくしにできることは何ひとつないのだ。しかし、気持ちだけは負けたくないと思ったわたくしは視線を目の前に戻した。わたくしと男爵の視線は再び交差する。


「敵は王家? ……いけません。争いになれば巻き込まれるのは民です」

「そのようなこと、百も承知だ。だがな、平民のぐずどもも双子を忌み嫌うのだから、いなくたっていい……人数が多少減ったところで、残りの奴らから多く税を(しぼ)り取れば私の生活には支障はない。なぜなら、私は次期国王なのだからな!」


 そう高笑いする男爵。双子だというだけで自分を除け者扱いしてきた者たちに罰を与えたい。そして国王になりかわりたい。きっとこれが彼の本心なのだろう。

 しかし、だからといって争いを起こすのは断じて違う。


「民は王の駒ではありません! それに、双子だったら何だと言うのですか? わたくしは双子は疎まれるべき存在であるとは少しも思っておりませんし、貴方もまた大切に扱われるべき存在であると思っています。それから……」

「ええいやかましい! これだから小賢しい女は嫌いなのだ……こうなったら引きずり下ろすまでだ! おいお前。先ほどは手柄だった。この小娘を殺す以外なら好きにしていいぞ……絶望を与えるためには生きて苦しんでもらわないとな」


 そう男爵が視線を向けた先を見れば、先ほどの大男がなめまわすような視線をこちらに向けていた。

 わたくしと目が合うと、彼の瞳はよりいっそう大きく開かれる。その様子にわたくしは本能的に身震いしてしまう。


「グヘヘ……旦那、本当にヤッちまっていいんですか?」

「ああ。彼女が傷物になれば婚約は解消……リチェット侯爵家の名も地に落ちるだろう」

「ありがてぇありがてぇ。こんな上玉(じょうだま)二度と味わえねぇだろうよ……」


 彼はわたくしの方に一歩、また一歩と近づいてくる。それに合わせてまたわたくしは後ろへと下がっていく。もちろん、永遠に下がり続けることができるわけもなく。


「諦めな嬢ちゃん……嬢ちゃんの男は来ねぇよ。なんたってオレらの旦那様は抜け目がねぇからな! ガッハッハ!」


 わたくしは壁際、先ほど確認した閉じた窓辺まで追い詰められてしまった。


 もうわたくしが逃げられないと確信したからだろうか。彼は余裕の表情だ。じっさい、どう動こうとも彼の魔の手からは逃れられそうもない。

 恐怖のあまりわたくしの足は言うことをきかなかったのだから、彼の推測は正しい。


「旦那様から聞いてなァ、あんた孤児院育ちなんだってな。しかも双子! 旦那様も言ってたけどよ、そんなあんたにはこっちの方がお似合いなんだわ……優しくしてやるから力をぬ……」


 もうどうしようもないところまで追い詰められたわたくしは、祈るように目を瞑って──しかし、予想していた感覚が訪れることは一向になくて。かわりに聞こえてきたのは。


「──大丈夫か、イェニー」

「フレデリク、様……?」


 こんな場所で聞こえてくるはずなどない、優しくて大好きな彼の声だった。


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