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70.ホール前にて

 ホール入口の側を見るとエリーゼ様とアストランティアからいらっしゃったロナルド殿下がいた。


 彼はフレデリク様と違ってエリーゼ様の腰に手をあてていないし、そもそも手を繋いですらいない。


「フレッド。待っていたよ」

「ロディ……こんなところでエリーゼと立っていたのか?」


 ロナルド殿下のことを愛称で呼びかけるフレデリク様。そのロディことロナルド殿下もまたフレデリク様と同じようにアストランティアの国章を胸ポケットの辺りにつけていた。


 銀色の髪も相まって、真っ白な服を着ている彼からはどこか神々しいものを感じてしまう。


 煌びやかなフレデリク様に対し、端麗な美しさを体現したロナルド殿下。黒と白の衣装を身にまとった二人はまるで対で作られた守護者の人形のようだ。


 エリーゼ様もまたこの夜会に相応しいドレスを着ていた。

 わたくしより年下というだけあって、その可愛さを引き立てるふんわりとしたデザインのそれ。

 重心を低めに落とす三層に分かれたティアードフリルのスカートや、髪につけたコサージュが彼女の華やかさを引き立てている。もちろん、流行の肩出しドレスだ。


「ここで待っていたと思う? いくらなんでもそれはないんじゃないか? 麗しのご令嬢を立たせ続けるなんて……フレッドはドレスの重さがわからないようだな」

「私も小さい頃にドレスを着たことぐらいはあるのだが」


 そりゃあなと肩を竦めながら答ええるロナルド殿下。意味がわからずフレデリク様に聞いてみると、貴族たちの間では七歳までは男の子に女の子の格好をさせる風習があるのだとか。

 初耳だったけれど、知らなくても大丈夫な話だから特に教えられなかったのだろう。


 でも、小さな子が着るドレスなんて今わたくしたちが着ているものに比べたら断然軽いと思う。そうフレデリク様に言えば、それを見ていたロナルド殿下はこらえきれなかったのか噴き出していた。


 それを気にも留めていないフレデリク様は、視線を廊下の遠くの方にやって「それなら」と切り出した。


「あそこの応接室で待っていたのか?」

「ご名答」


 ロナルド殿下はそう言って軽く拍手を送る。どうやら二人もフレデリク様と同様、どこかの部屋で休んでいたらしかった。

 そしてエリーゼ様に視線を移すと、彼女もまたこちらに視線を合わせてくれた。


「イェニーさん。どうやらフレデリク殿下と仲がとてもよろしいみたいね」

「な、ななっ……」


 そう言って目を細めるエリーゼ様。わたくしより年下のはずなのに、この生温かい視線はどういうことなのだろう。


 もしかして、わたくしがロマンス小説を読む時に自分より年上のヒロインでも応援したくなる気持ちに似た何かなのだろうか。


「そのお顔……図星ね」


 エリーゼ様はそうクスクスと笑った。どこかで聞き覚えのある台詞だ。それはさておき。


「フレッド。そろそろ入場しよう」

「そうだな。客人を待たせるわけにはいかない」

「客人って……僕も客人のはずなんだけどな」


 そう言ってロナルド殿下は俯いた。彼の素の一人称は「僕」らしい。


 そうわたくしが頭の中にメモをしている間にも、フレデリク様が視界の端で何か合図をしたようで、ロナルド殿下もエリーゼ様にエスコートを申し出ていた。


 ちなみに、会話の間じゅうわたくしの腰からフレデリク様の腕が離れることはなかった。


 そのまま、わたくしたちはホールの入口へと向かう。一旦閉じられていた大扉が再び開かれ、わたくしたちの到着をネームコールマンが高らかな声で知らせた。


 これは後で聞いた話だが、本来であればわたくしやエリーゼ様は家族と共に入場し、最後の招待客としてこの扉からロナルド王太子が入場。さらに別にある主催者側の扉からフレデリク様が国王陛下やアーシャ様と共に入場するという手筈だったのだとか。


 会場に入っていく中で、わたくしは軽く周囲に見渡してみた。

 ひとまずお父様とお母様、そしてクローベル侯爵と彼に付き添われているらしいカトリーヌ様ぐらいは見つけたけれど、お兄様やお姉様、シェリーはどこにいるのかわからなかった。


 あとしいて言えば、会場の端の方からものすごい圧力を感じてそちらに目をやると、そこにはひとり呆れ顔のフランツさんがいた。

 わたくしと目があった途端、溜め息をつくのは彼の癖になっている気がする。


 そんなわたくしの様子が横目に見てとれたのだろうか。フレデリク様がわたくしにだけ聞こえるような小声で話しかけてきた。


「イェニー。今もしやフランツのことを見ていなかったか?」

「はい。目が合いましたが……どうかしました?」

「いや。何でもない。忘れてくれ……ロディより幾分マシ、か」

「?」


 「忘れてくれ」の後に何やら呟いていたフレデリク様。何と言おうとしていたのかは教えてくれそうにないので、聞きだすのは諦めた。


 やがて、フレデリク様は国王陛下が座る椅子の前あたりまで到着すると、足を止めた。エスコートされているわたくしも彼に従ってその隣に並ぶ。

 エリーゼ様たちもわたくしたちより少し後方に立ち止まっていた。


 全員の入場が完了したからだろう。前回の夜会同様にファンファーレが吹き鳴らされた。

 それを合図に国王陛下の入場が宣言され、目の前の大扉が開かれる。中から出てきたのは国王陛下とアーシャ様の二人だけだ。それに合わせてわたくしたちは一斉に礼をとった。


「よい。面を上げよ」


 陛下のお言葉に、来場した貴族たちは皆それぞれに姿勢を正す。

 それを確認したからだろう。お二人はそれぞれの椅子に腰かけた。

 注目するようにという意味なのだろうか。陛下が軽く右手を上げて会場を正面、右、左と見渡す。


「皆の者。今日は急に集まってもらってすまなんだ。皆に先に触れを出した通り、今日は二年に一度のわが国とアストランティア王国との友好式典の歓迎パーティーだ」


 そこで陛下は一度言葉を切り、ロナルド殿下の方を向いたようだ。


「ロナルド殿。クローベル侯爵。近う寄れ」


 その言葉に、ロナルド殿下が前へと歩いていく。と同時に、クローベル侯爵のいた辺りの人垣が割れているらしい。ホールが静かだからか、衣擦(きぬず)れの音が前の方までよく聞こえてくるのだ。


 やがてクローベル侯爵が義娘のカトリーヌ様を連れて歩いていく様子が見えた。

 エリーゼ様はどこに行ったのかと軽く視線を動かすと、お母様ぐらいの年齢とみられるご夫人と一緒にいらした。きっとお母君なのだろう。


 そうして、ロナルド殿下と侯爵は国王陛下の御前で足を止めると、再び礼をとった。


 それが終わると、会場の端の方にいたのだろうか。アストランティアの使用人とみられる人物が侯爵に巻物を渡して再び端の方に戻っていった。

 侯爵が中に目を通し終わったのを見計らい、声を上げたのはロナルド殿下だ。


「エナトス王。父のアストランティア王より、書信を預かって参りました。侯爵」

「はっ!」


 侯爵は前に進み出て、閉じた巻物をこれまたこちらに近づいてきた宰相閣下──エリーゼ様のお父君──に手渡した。

 それを(あらた)めた閣下は、国王陛下のもとにそれを持って戻っていく。その間、侯爵は軽めの礼をとっていた。


 陛下もまたその書状の中身を確認すると、元に戻して宰相閣下に預け直す。それを合図に侯爵は背筋を元に戻し、国王陛下は再び声を上げた。


「民に開く式典は四日後に行う。今夜はその前祝いだ。皆の者、今宵は楽しんでくれ」


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