67.密談と呼べない密談(クローベル侯爵side&ヴィクトーside)
今回は短めのサブキャラ視点2本立てです。
「まったく、次期国王ともあろう方々があのような様子では困るな」
「おっしゃる通りでございます、クローベル侯爵」
ここは王宮の一角。庭園を望める客間に、クローベル侯爵とバナーク男爵はいた。
現在もまだ茶会は続いているのだが、カトリーヌが体調不良を起こしたという嘘の報告を使用人経由でエナトス王に伝え、その場をこっそりと抜けてきたのである。
当のカトリーヌには彼女の監督者たるクローベル侯爵が別に用意された客間で休むよう言いつけてある。
彼女をロナルド殿下にエスコートするように頼んだ時点で怪しまれてしまったのだから、帰りのことを思うと先に退出させる方が賢明だったというのも理由のひとつだ。
ジュード・クローベル侯爵とウェルスト・バナーク男爵はフレデリクたちの予想通り、裏で繋がっていた。
表向きは武器を生産するクローベル家と、その材料となる鉄鉱石を産出するバナーク家という互いに利のあるつながりということにしてあるが、それはカモフラージュにすぎない。
本当は、その武器でこの国にクーデターを起こそうというのが彼らの考えだった。
「我が家はあの分不相応に優秀な若造のせいでこの通り。すっかり凋落してしまいましたからね」
「そうだ。その通り。だが、君がこの国を……後は言わずともわかるな?」
「エリック王の跡を継げる直系王族は現在フレデリク殿下のみ。対して、我が家は弟が遺していった子供たちのおかげで跡継ぎに困ることはない。三十年以上つきまとっていた呪いも役に立つというものだ」
「実質社交界においては亡き者にされたも同然だしな」と笑いながら口にする男爵。
ともかく、彼らの間ではこの国に革命という名の王権転覆を巻き起こすのは既定路線であった。
「ところで侯爵殿の方はいかがでしょう?」
「こちらも問題ない。私と貴殿の力を合わせてこの国の体制を改めた後は、私がアストランティアの大摂政となって新たに友好関係を築こうではないか」
侯爵は自分つきの使用人に持ち込んだワインを注がせる。グラスの一方を男爵に差し出し、もう一方は右手で軽く揺らした。
その紅色の液体を眺める様子はどこか恍惚としていた。
「このように」
と侯爵はワインが零れる一歩手前までグラスを傾け、再びもとに戻す。侯爵自身が自覚している通り、さすがに高価な絨毯をわざと汚すほど落ちぶれていないのだ。
「この国は斜陽もよい所だというのにまだ気づかぬとは……茹でガエルの方がまだ利口だろうて。貴殿のつけた帳簿の数倍は武器を融通しているのだからな。動き回った挙句我らが企みを阻止することもできないことを思うと笑いすらこみ上げてくるな……その絶望に染まる顔はどんな金品よりも価値がある。たったあれだけの肉塊が、この国一国の民の有する財産すべてに等しいのだからな」
侯爵は悪代官よろしく、昼間からワインを口にした。君も飲みたまえ、と言われた男爵は同じようにグラスの中身を仰ぐ。
この時、もちろん侯爵は計画の全てを口にしたわけではない。ボトルの中にワインが残るように彼もまた、みずからの腹の中に男爵にすら告げていない企みを抱えていたのである。
「決行はあの式典の日にしよう。異論はないな?」
式典。それは二年に一度、どちらかの国がもう一方に常駐の使節とは別に送り込んだ使節団を民が歓迎する行事だ。
今朝方エナトス王が言っていた貴族だけで行われる舞踏会とは異なるそれ。侯爵はまだ彼の口から直接聞いたわけではないが今年も行われることは確実だろう。
侯爵の言葉に跪く男爵。内心、侯爵のことを目の上のたんこぶに思いながらも恭順を示す様はあっぱれというか滑稽というか。もちろん、企みの大きさでは侯爵も負けてはいない。
(アストランティアとエナトス……両国を我が手の内に!)
まったく、人の欲望とは計り知れないものである。
☆☆☆☆☆
(はあ……フレッドの人使いの荒さは相変わらずだな。……あいつに期待した俺が間違いだった)
そう心の中でひとりごちたのはフレデリクの親友にして護衛騎士を務めるヴィクトーだ。
主たるフレデリクの婚約者イェニーの姉、フアナの婚約者でもある。
彼はつい先日とても、それはとても残念そうに「一週間の休みをくれてやる」とヴィクトーに向かって口にしたのだ。
一瞬、みずからにとって都合のいい願望が形になった夢かと思った。しかし、彼の顔を見る限りそうではないらしい。
彼は本当に嫌そうな顔をしていたのだ。夢ならばきっと、もっと穏やかな微笑みを浮かべていただろう。
昨日は婚約者のフアナと共についに念願の遠乗りデートに出かけることができたのだが……天国から地獄とはこのことだろう。
婚約者とイチャイチャしている自身の主にもこの苦しみを味わってほしい……とヴィクトーが思ってしまったのも仕方がないことだと思う。
そもそも、当初与えられた一週間の休みという約束が履行されなかったのだ。これは追加で一週間連続の休みを申請しても許されるのではないだろうか。
というヴィクトー自身の事情はさておき、目の前──正確には壁を隔てた向こう側の客間では、バナーク男爵がアストランティアのクローベル侯爵と、侯爵に用意された客間で密会をしていた。
バナーク男爵といえば、つい先日フレデリクに命じられてヴィクトーが数人の部下と共に強行軍で向かった先の領主だ。
その時、やけに武器の輸入量が多いなとは思ったものの、やはりというか帳簿は改ざんされていたらしい。
国に過少報告をするところまではよくある不正だが、自領の書類にすら少なめに書いていたのか。話を聞く限り裏帳簿すらつけていないらしい。これは最初から、徹底的に欺くつもりだったのだろう。敵ながらあっぱれだ。
そう。彼らは王国に騒乱をもたらそうとしている時点で敵だ。
アストランティアの貴族であるクローベル侯爵はともかく、バナーク男爵は間違いなく外患誘致の罪に問われることとなるだろう。
もちろん、現時点では何の物的証拠もないのだから捕えることはできない。
近日中にフレデリクは不正摘摘発のためヴィクトーを再びバナーク領に送り込むに違いない。そう思うと気が重くなる。
目の前で男爵に酒を勧める侯爵。それを見てフアナとゆっくり過ごしたいと思うヴィクトー。
もちろん、侯爵たちのように大事な会議のある昼間から酒を飲むようなことはしないが。
そう思いつつもヴィクトーは会話の成り行きを見守る。男爵が侯爵に礼をして退出していくと、侯爵は笑いを隠せない様子であった。
大笑いという言葉がぴったりの笑い声を高らかと上げる侯爵。
彼はそのまま部屋の中央に備えつけられたソファに深々と腰かけると、何事もなかったかのように船を漕ぎ始めた。
大した精神力だ。それともただ酒に弱いだけなのだろうか? 王国に害をなそうとしている相手とはいえ、少しぐらい警戒心を持てと言いたくなる。
一連の様子を観察してもうここにいても得られるものはないと確信したヴィクトーは、そのまま隠し部屋をひっそりと後にした。
──彼の不平不満のもととなる相手でありながらも、自身が最も敬愛する主、フレデリクに事の詳細を告げるために。




