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66.あの夜の顛末

 正直に言うと帰りたい。それがこのお茶会に参加した感想だ。


 まさか両国の重鎮たちが参加するお茶会がわたくしのお茶会デビューになるとは思わなかったけれど、問題はそこではない。


「エリーゼ嬢。先ほどは本当にすまなかった」

「そうですか」


 そう。国王陛下夫妻を挟んで、わたくしとフレデリク様の反対側にはエリーゼ様とロナルド殿下が並んで座っているのだが──この二人の雰囲気がひどく険呑としたものになっているのだ。


 理由はものすごく単純で、ロナルド殿下がお茶会の会場までカトリーヌ様をエスコートしてきたからだ。


 カトリーヌ様はあのおじさんと血のつながりがあるだけはあって、整った顔立ちをしていた。

 髪の色は黒みがかった茶色なので、色はおじさんと若干色は違う。にしても、彼女は既婚者のはずだ。


 王太子殿下にエスコートされたことを夫に知られてしまっても大丈夫なのかとフレデリク様にこっそり聞いてみると。


「きっと侯爵殿はもみ消すつもりなのだろうな。彼の目的は自身の娘をロナルド殿に嫁がせることだと私は睨んでいる」


 という答えが返ってきた。なるほどと思うと共に、エリーゼ様のことがちょっと心配になってきた。


 クローベル侯爵もそうだけれども、婚約者がいる場でエスコートを引き受けるロナルド殿下も不安材料だ。しかも、エスコートされてきたカトリーヌ様がやつれた様子だったのも気になる。


 円形のテーブルに座っているわたくしたちの目の前にはあまり減っていない紅茶に、こちらもあまり減っていないお茶菓子の皿があった。


 唯一減りが早いのといえば、この国で一番の高級チョコレートぐらいだ。それも、ほとんどカトリーヌ様が口にしているらしかった。ロナルド殿下の相手をして疲れたのかもしれない。


 ちなみに、わたくしはそれとは別の、フレデリク様からはじめていただいたものと同じチョコレートをいくつか食べているだけだ。


「エリーゼ嬢」

「どうかしまして?」


 そして、向こう側のお二人は相変わらずだ。お茶会の前、以前は手紙をやり取りする仲だったとエリーゼ様から聞いたけれど、最近はそうでもないという話だった。


 もしかしたら、あの時の夜会のことが間違って伝わっているせいもあるのかもしれない。


「このようなことを尋ねるのは好ましくないとわかっているのだが……君は今年デビューしたと聞いている」

「ええ。それで? そのお話は好ましくない話題ではございませんよね?」

「その通りだな。その、そのだ。その夜会で君はフレデリク王太子との婚約が内定していたご令嬢に『婚約者の立場を譲れ』と言ったと聞いているのだが、それは事実なのかい?」


 そう言ってロナルド殿下はわたくしの方に視線を向けた。


 ああ、やはりあの件はねじ曲がって伝わっているらしい。噂には聞いてはいたけれど本当のことだったのか。


 でもそのような誤解が発生した理由が、誰かが裏で意図的に手を引いていたからではないかと思ってしまうのはロマンス小説の読みすぎだろうか。


 エリーゼ様はその言葉にごくりと(つば)をのみ込む様子を見せた後、彼の方を見て答えた。


「わたくしがあちらにいらっしゃるリチェット侯爵令嬢に、婚約者の立場を譲るように申し上げたのは事実でございます。しかし……国王陛下夫妻へはあらかじめその旨をお伝えしておりましたし、勿論冗談だとも言い添えておきましたわ。あくまで貴族たちを牽制(けんせい)するためですから。陛下から使節の皆様にもお伝えしたはずです」


 その言葉に頷く陛下。隣にいらっしゃるロナルド殿下は無言で頷いて彼女の話を聞いていた。

 エリーゼ様のお話が終わると、彼はそれを咀嚼(そしゃく)した上で彼女に問い返す。


「それでは問おう、エリーゼ嬢。君はなぜそのような、一歩間違えば醜聞(しゅうぶん)ともなりかねない愚行に出たのかな? 君はその危険性も何もかも理解していた筈だ。結局そのような事態に陥ることはなかったけれど、それで君自身の評判が地に落ちていたらどうするつもりだったんだい?」


 そう尋ねられたエリーゼ様は俯いてしまった。返答に窮しているのだろうか。


 とはいえロナルド殿下の言う通りだ。わたくしたちの婚約を盤石なものにするためと言っていた気がするけれど、そこにはエリーゼ様の利益が一切ない。

 もちろん、スメイム公爵家自体に直接の利益があるわけでもない。


 言い方が失礼かもしれないけれど、遠くの方で無心に最高級チョコレートを食べていたカトリーヌ様すら手を止めて二人の成り行きを見守る異常事態だ。


 やがて再び顔を上げたエリーゼ様は頬が上気していた。今のどこにそのような要素があるのかわからなかったが、答えを聞いたわたくしはすべてを理解した。


「その、ですね……フレデリク殿下は幼い頃から、どのご令嬢にも心を開かない方だったのです。ある日、理由を聞いてみると『好きな人ならいるが、彼女とは結婚できそうにないから』と仰っておりました」


 その言葉に今度はわたくしが赤くなる番だった。彼女はまだ十三歳。ということは、六年前にフレデリク様がアストランティアに行った頃はまだ七歳前後のはずだ。


 おそらく彼女が言っているのは六年前よりもこちらの話なのだろう。そしてもちろん彼女がすべてを口にするまでもなく、わたくしはそれがどういう意味なのか察してしまったのだ。


「そんな殿下がある日婚約を申し込んだというのです。お相手は今殿下のお隣に座っていらっしゃるイェニー・リチェット侯爵令嬢。わたくし、気になって調べてみましたの。そうしたら……」


 ロナルド殿下はやはり静かに頷きながら聞いている。大人の貫禄というものだろうか。

 先ほどの質問はちょっと大人げなかった気もするが、それはそれとして彼が耳を傾ける様子はわたくしの話を聞いてくれた院長先生を思い出す。

 本当にフレデリク様が彼にネガティブなイメージを抱いている理由がわからない。


「彼女は一度侯爵家を追われた身であり、その理由がこの国で疎まれている双子だったからだと知ってしまったのです。そうして、わたくしは決意しました。彼女を殿下の妃に据えるにはどうすればよいか、と」

「彼女がフレデリクの妻となることが君にとっての利益と言いたいんだね? でも、それではリチェット侯爵令嬢も納得しないのではないかな? そうだよね」


 突然こちらに問いかけが飛んできた。油断していたわたくしは一瞬ものすごい顔をしていたかもしれない。


 ひとまず、彼の言う通りではあるので同意する旨をお伝えした。すると彼は元通りエリーゼ様の方を見て先を促す。


「だそうだ。続きを聞かせてくれるかい?」

「簡潔に申し上げますと、わたくしはお二方が結ばれればよいと思ったのです。これまでたった一人だけを愛することを貫いたフレデリク殿下。そんな彼が物語のように美しい結末を迎えることができたら素敵だと思いませんか? 少なくともわたくしはそう思うのです」


 瞬間、彼女のエメラルドグリーンの瞳が生気を持ったように輝き出す。

 エリーゼ様はお堅い本がお好きなのではないかと勝手なイメージを抱いていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。わたくしやシェリー、ミアなんかと同じでロマンス小説が大好きなようだ。


 彼女はそこではたと自身の父親もこの茶会に参加していたことを思い出したのか、軽く咳払いをして続きを口にした。


「とにかく、わたくしはお二人が幸せな結末を迎えてほしいと思ったまでですわ」

「君自身が彼とそのような仲になりたいと思ったことは?」

「ございません。わたくしにとってフレデリク殿下は兄のような存在でしたから」


 それなら納得だ。わたくしは恥ずかしさを隠すためにカップに残っていた紅茶を一思いに煽った。


 すぐさま、後ろに控えていた方がお茶を注ぎ直してくれたので、軽く会釈だけして前を向き直した。

 ロナルド殿下がこちらを驚いた顔で見ていた気がするが、わたくしの奇行が目に入ったからだろう。


「なるほど……それでは君の言葉を信じることとしよう。エリーゼ嬢、これからもよろしく頼む」


 彼はそう言ってエリーゼ様の手の甲を手袋越しにキスしたけれど、わたくしはまだ二人の関係を応援する気にはなれなかった。


 理由は単純だ。二人の間には互いへの敬意こそ感じられるものの、本当にエリーゼ様のお相手としてロナルド殿下がよいのかが、わからなかったからだ。先ほどの不安要素も気になる。


 でも滞在期間はもうしばらくあるのだし、その間にお二人が愛し合える関係になればな、とは思うのだ。不安要素は当人同士の間で解決すれば、それで問題ないと思うことにした。


 ──と、このように二人の会話に集中していたわたくしは、反対側に座っていたクローベル侯爵とバナーク男爵がいつの間にか退出し、ひっそりと秘密の計画を練っていたことに気がつかなかったのである。


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