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64.報告会と来賓の到着

今回はちょっと長めです。

どこで切ればいいのかわかりませんでした…

 今日も今日とて、わたくしはフレデリク様の馬車に乗って王宮にやって来た。


 いつも通り王太子妃教育を受けている──わけではなく。今日はアーシャ様に昨日行ってきた孤児院の視察に関する報告をしていた。


 王宮内に数多くある応接室の中の一つ。紺色の絨毯に黒みがかった深紅の壁紙で彩られた室内は由緒正しきお屋敷のような内装をしていた。

 家具に使われた木材も暗い褐色をしており、唯一明るい色といえば椅子の座面ぐらいだ。


「それで、孤児院はどうだったかしら?」


 ヘレンがわたくしたちのお茶を用意して壁際に控えたのを合図にアーシャ様は話を切り出した。


「食料や備品等は十分に足りているとのことでした。子供たちも元気そうでしたよ」

「そう。支援がきちんと行き届いているようで安心したわ。時々文官や管理者が中抜きをすることがあるのよ……王妃ならともかく、まだ嫁いでもいない貴女の前なら本性を晒すと思ったけれども、杞憂(きゆう)だったみたい」


 そこで一度話を切ったアーシャ様はお茶を少し口にした。

 わたくしもそれに合わせて口をつける。いつものように産地を尋ねられるかと思ったがそのような様子はない。


 そもそも、これまでに飲んだどのようなお茶とも風味が違う気がする。


「これは……はじめて飲む味ですね。エナトス国内のお茶ではございませんよね?」

「……! その通りよ。先日到着したアストランティアからの使者が持ってきたの。勿論毒の確認は行った上で用意しているから安心して頂戴」


 アーシャ様は懐かしそうに目を細めている。彼女はアストランティアの元王女なのだと聞いたので、つまりそういうことなのだろう。


 しばらくすると「それで」と彼女は話を孤児院の方に戻した。


「あの孤児院には双子の子供がいたと思うのだけれど……」

「ジョン君とリサちゃんのことでしょうか?」

「あら、名前まで……そう。その子たちのことだけれども、周囲の子供たちは何か言っていなかったかしら?」

「やはり双子という点についてやり玉に上げていましたね」


 アーシャ様はわたくし話を頷いて聞いている。報告を進めていき、終わる頃にはちょっと暗い顔になっていた。ちょっと心配だ。


「アーシャ様……お顔が」

「あら。わたくしの顔に何かついていたかしら?」

「何でもないです」

「この期に及んで『ないです』ですって……?」


 わたくしはその瞬間、彼女が完全復活したことを悟った。これは小一時間ほどみっちりと叱られるコースかもしれない。そう心の中で頭を抱えていると、部屋の扉が叩かれた。


「入って頂戴」


 アーシャ様が入室を促すと、入ってきたのは女性文官だ。わたくしにとっては知らない顔だが、アーシャ様の様子から彼女とはよく知り合った関係であることが窺える。


 わたくしと目が合うと彼女は少しだけ纏う雰囲気が柔らかくなった気がした……がそれは一瞬のことで、アーシャ様の方を向き直すと彼女はたちまち仕事モードに戻った。


「ご報告いたします。アストランティアより王太子殿下一行がご到着なさいました」

「そう……報告、ありがとう。イェニーもいらっしゃい」


 そう言ってアーシャ様は立ちあがる。ヘレンもティーセットをテキパキと片付けはじめたので、わたくしに逃げるという選択肢は用意されていないのだろう。


 わたくしは促されるままに文官の方の後ろをついて行った。




☆☆☆☆☆




 到着した先は謁見の間だ。わたくしがはじめて国王陛下に会ったこの部屋には、すでに国王陛下やフレデリク様、フランツさんに宰相閣下そしてエリーゼ様と、国の中心的な人物が大集合していた。国王陛下以外は皆様玉座の周りに立っている。


 わたくしたちの到着に気がついたフレデリク様がこちらに向かってきた。周囲に()()()視線があるからか、距離はいつもより離れているけれど。


「イェニー。貴女もこちらに来たのか」

「はい。ほとんど流れでしたが……アストランティアの王太子殿下がいらしたのですよね?」


 フレデリク様はわたくしの言葉に首肯した。


 王太子殿下が来るとは聞いていたけれど、アーシャ様が昨日孤児院に行けなかったのは先に来た外務大臣に対応するためという話だった。なのになぜ? 早すぎやしないだろうか。


 そのことをフレデリク様に尋ねると答えは非常に単純なものだった。


「昨日母上がアストランティアの外務大臣に対応したのだが……その時に聞かされたのだそうだ。到着予定日が今日か明日頃だとな」

「それは……いささか急ですね。それに、今日か明日というのもおかしな話ですね」

「ええ。結局今日だったみたいだけれど……さすがにわたくしは元王女だったとはいえ、今はエナトス王家の者ですから。少々苦言を呈してしまったのも仕方がないと思わない?」


 アーシャ様は綺麗な紫の瞳を揺らしてわたくしに同意を求めてきた。もちろん、ここは首を縦に振る一択だ。


 貴族の間では事前の約束なしに相手のもとを訪れることはマナー違反とされ、それはアストランティアでも同様なのだとか。

 今回のように約束をしたとしても翌日というのは受け入れ側の準備の関係上、好ましくないのだ。


「おそらく、あちらは大国だと自認しているから我々は粛々と受け入れると思っての対応だろうな」


 とは、フレデリク様の談だ。わたくしは彼に気になったことを訊いてみた。


「ところで、その外務大臣の方はどちらにいらっしゃるのですか?」

「ああ。彼なら王宮内の客間で王太子殿下の到着を待っている」

「お名前は?」

「彼の名はジュード・クローベル。エナトスと国境を接する地域を所領としている侯爵だ」


 彼がそう言い切った途端、物音を聞いたわたくしたちは咄嗟に玉座の方を向いた。


 文官が国王陛下の側で耳打ちで連絡に向かった音だったらしい。彼が退出していくと、陛下がその口を開く。それを合図に、わたくしを含めその場にいた人物は皆国王陛下にひれ伏した。


「皆の者、今日は集まってもらってすまなんだ。そろそろ彼国の王太子殿下が到着するということだから各自皆、それぞれの位置についてくれんか?」

「……イェニー、こちらへ」


 国王陛下のお言葉を最後まで聞き終えると皆それぞれに移動し始めた。わたくしはフレデリク様に従ってついて行く。


 この時にエリーゼ様が一瞬「ごめんなさい」と口を動かしていた気がするが、何の話だろう。以前の夜会の劇についてならすでに手紙で謝罪してもらっている。


 ちょっと気になるものの、今は王太子殿下のご来訪への対応が先決だ。これからのことを考えれば、聞き出す機会はたくさんあるだろう。


 というわけでわたくしはフレデリク様の左側に立ち、お客様の入場を待った。

 ホールが水を打ったように静まり返っているのは、ここにいるのが皆高位貴族だけであればこそだろう。


 やがて扉の向こう側がだんだんと騒がしくなってくる。それから一分も待たずして謁見の間の近衛騎士は声を張り上げた。


「アストランティアよりロナルド・アストランティア王太子殿下、並びにジュード・クローベル侯爵閣下、ご到着です!」


 その声を合図に、わたくしたちの正面の大扉がゆっくりと開いていく。入室してきたのは二人の男性だ。


 一人は若く、もう一人はお父様と同世代か少し上くらいの年齢だと思う。若い方がエリーゼ様のご婚約者様のロナルド王太子殿下なのだろう。


 背はほっそりとしていて高いが、かといって身体つきは決して貧相ではなく引き締まっている。

 中性的な顔立ちには、輝くような銀の髪に神秘的な紫の瞳。うっかりしているとその雰囲気に呑み込まれてしまいそうだ。どことなくアーシャ様との血縁関係を感じさせる風貌というべきだろうか。

 おそらくフレデリク様より年上だ。実年齢は知らないけれど、少なくとも見た目についてはエリーゼ様とはそこそこ年の差カップルになると思う。


 一方、侯爵閣下は背丈こそロナルド様同様に高いものの、非常に恰幅のよい体型をしていた。

 白髪なのはやはりお父様より歳上だからだったりするからなのだろうか。大きな鷲鼻をしている一方、眼鏡の奥に映るアイスブルーの瞳はつぶらだ。

 といっても、顔全体に刻まれた(しわ)のせいもあってか難しい方に見える。


 彼らはこちら──正確には国王陛下の前へとまっすぐ進んでくる。さすが国の顔としての役割を任されただけはあり、はじめてこの部屋に入った時に周囲に軽く目をやったわたくしとは違い、きっちり正面を向いている。

 わたくしの方に視線が飛んでこないのがよい証拠だ。


 彼らは玉座の前で立ち止まり、礼をした。


「よい。我々は互いに行き来する仲ではないか」

「私は父の代理として来ているのです。それに、私はまだ即位しておりません。礼を欠くわけには……」

「……それでは面を上げよとでも言えばよいか? ……ロナルド王太子殿下。クローベル侯爵。遠路はるばるよくぞ参った」

「お言葉痛み入ります。エナトス王」


 その言葉に、ロナルド殿下は顔を上げる。一拍間を置いて侯爵も同様に国王陛下に顔を見せた。


 エリーゼ様の婚約者だというロナルド王太子は何も問題がなさそうな貴公子に見える。フレデリク様は意味深なことを言っていたが、正直言って何が問題なのかわからない。


 クローベル侯爵も愛想よく笑顔を浮かべている。とはいえ彼らもまたわたくし同様、淑女の仮面ならぬ紳士の仮面を被っているだけだろう。


「ロナルド殿下。クローベル侯爵には既に伝えてあるのだが……歓迎の夜会の準備がまだできなんでな。三日後を予定しているのだが、構わんだろうか」

「……。 ええ。問題ありませんよ」


 ロナルド殿下の陛下からの問いかけに対する返答までに少し間があったけれど、やはり何か思うところがあるのだろう。

 侯爵が彼の到着を前日に告げたことを知っているならば侯爵に苦言を呈したいのだろうし、それを知らなければこちらの対応を無礼に感じるはずだ。


 というわけで、わたくしの推測はあたらずといえども遠からずといった感じだと思う。


「さて、その代わりと言っては何だが……午後から歓迎の茶会を開こうと思うのだが、よいだろうか?」


 陛下のお言葉にロナルド殿下は受け入れる旨を示す。そこに、クローベル侯爵が口をはさんだ。


「エナトス王。発言をお許しいただけますでしょうか?」

「よい。申してみよ」

「実は、今回の案内役として貴国より我が家に迎えた義娘を連れて来ているのですが……」

「うむ。バナーク家から許諾を求められたことがあったな」

「それで……義娘を父親と会わせてやりたいのですが、バナーク伯爵を茶会に招いていただくことは可能でしょうか?」


 その言葉に陛下は考え込むように少し黙してしまったが、それは一瞬のことですぐに返答を口にした。


「そうだな……カトリーヌ・クローベルの参加を許可しよう。ただし、バナーク家には早馬を出すが、当主が登城するかまでは保証できぬ。そして、もう一点伝えておくと、バナーク家はエナトス貴族社会の秩序を乱しかねない行いの者を身内から出したため、男爵位まで降爵することになったのだ」

「そうでしたか……いやはや。寡聞(かぶん)にして存じ上げませんでした」


 ほんの少しだけクローベル侯爵が纏う雰囲気に恐ろしいものを感じたが、それはすぐに収まった。自身の義娘の実家の爵位が低くなりすぎたせいだろうか。

 それはともかく、この場はこれで一旦お開きとなったのであった。


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