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6.シェリー、再び

「シェリー様だなんて他人行儀は悲しいわ……わたくしたちは姉妹なのだから、シェリーと呼んでちょうだい?」


 その馬車に乗って来ていたのはシェリー──私の双子の姉を名乗る少女──だった。今回は前回と比べれば驚きはしなかったのだけれど。


「その服装はどうしたのですか?」

「ああ、これ? 侍女のリリーに用意してもらったの。平民みたいな服装をって。どう? 似合っているかしら?」

「はい、とてもよく似合ってます」


 そう答えれば、シェリーは相好(そうごう)を崩した。

 しかし、これは本来おかしなことだ。国法により、平民の服とお貴族様の服は別と定められているのだという。

 「彼」に着替えを勧めた時に、あの黒髪従者のフランツさんが教えてくれた。


 もっとも、貴族の服を平民が着ることを禁じられているだけであり、お貴族様が平民の服を着るのは構わないのだとか。

 とはいえ、彼が止めて入ったのだから、それは褒められたことではないのだろう。シェリーがなぜ笑顔なのかがわからない。


「それで、どうしてシェリーはそんな服を?」

「その調子で今後もシェリーと呼んでちょうだいね。それで、理由だけれど……わたくしなりの謝罪よ、イェニー」

「謝罪?」

「だって、おかしいでしょう? 『双子忌み』なんて伝承がなければ、わたくしたちは離れ離れにならなかったし……イェニーにひもじい思いをさせなかった。どうしてわたくしじゃなくて、貴女だったの……」


 シェリーの顔が赤くなり、目元が涙で濡れる。

 今朝の私が横に並べば、そろいの人形のように映るかもしれない。そばかすがあるかないかみたいに、細かい違いはあるけれど……


 それはともかく。私にとって大切なのは、目の前の彼女の言葉に嘘偽りがないと感じられる、その一点だった。シェリーは続ける。


「ごめんなさい。わたくし、貴女のこれまでの生活を、ちっとも知らないのに……きっと知っていたら、こんなこと言えないもの」

「うんん、ありがとう」

「あ、イェニー。ここでわたくしが泣いていたこと、お父様とお母様には秘密にしてちょうだい? 貴族令嬢は泣いてはいけないと言われているから……」

「うん、わかった」


 六年前の一件からお貴族様の事情を少しはわかっていたつもりだったのだけれど、改めて()()()でしかなかったことを思い知らされる。


 それにしても、お貴族様は泣くことさえも許されないのか。そんなことを考えつつも、私は普段通りに「ただいま」を告げた。


 夕方、私たちとシェリーは一緒に食事を取った。

 彼女は私の隣がいいとのことだったので、いつもと席がずれているのがちょっとみんなに申し訳ない。


 そのすぐそばには彼女の侍女リリーも座っている。理由はわからないが、彼女は最初「後から食べる」と言ってはばからなかった。頑なに首を縦に振らなかった彼女にしびれを切らしたのか、結局シェリーが命令して今に至る。


「イェニー? このパン、少々硬すぎるのではないかしら?」

「牛乳に浸して食べるの。硬く焼いているのは、日持ちがいいから。余ったらご近所さんにおすそ分けしに行くの」

「イェニー、最後の夜だぜ。オレたちとももっと話すべきだと思うんだけどな?」

「ごめん、ヤン。何話そう?」

「んー……昔来たお貴族様の話とか?」

「ヤン、そんなことを話してどうするの?」

「あの日はイェニーが一番夜遅くまで起きてた日だったよな」

「そうだけど……」


 お貴族様の前で他のお貴族様の話をするなんて大丈夫だろうか? というか、秘密にするように言われていたような気がする。そこで一旦思考を切り上げ、シェリーの方を見てみると、食い入るような目をしていた。


「え。シェリー?」

「あら、ごめんなさい。わたくし、いつもの癖でつい……」

「いつもの癖……?」

「簡単に言うと領地のためになるように情報を集めたり……ということね。貴族の務めよ」


 シェリーが詳しく説明してくれる。

 お貴族様は単にふんぞり返っているだけではなく、私たちが暮らしやすいように様々なことをしてくれているらしい。知らなかった。


「時々イェニーが言うみたいな悪い貴族もいるけどね」

「あはは……」

「でも、わたくし達リチェット家は領民が働いてくれているおかげで生かされているのだから……恩を仇で返すような真似は決しないわ。貴女もその一員となるのだから、しっかりと覚えていなさい? まあ、その大変さをわたくし達よりも知っている貴女のことだから、わたくしは心配していないのだけれども」


 そこで彼女は話を一旦切ると、先程の他のお貴族様の話について、再び尋ねてきた。

 先方からは口外厳禁と言われているので、リチェット家の外には出さないという確認をした上で、私はその夜のことを話した。


「へえ……ペンダントのことを……お父様とお母様がイェニーのために選んだものだもの。貴族ならその価値を分かって当然よね。そもそも、貴女にそっくりなわたくしも身につけていることがあるくらいだし。それで、プラチナブロンドの髪に、黒髪黒目の従者ね。大体分かったわ。ありがとう」

「ううん。大丈夫。でも、秘密だからね」

「ええ」


 今日は院のみんなだけでなく、二人が加わったのでパンはすっからかんになってしまった。


 六年前の話をしたせいだろうか。夕食後、シェリーは私とたくさん話したがった。今の話題は「双子忌み」の昔話だ。


「イェニー、わたくしたちを引き裂いた物語のこと、どう思う?」

「あれは……」

「わたくしと同じなのね! わたくしはあの物語、好きではないの。だって、あの物語さえなければ、こんなところではなくわたくしたちはずっと一緒に……」


 そこでシェリーははっと話をとめた。院のことを悪く言うつもりはないのだと慌てる彼女。そんなこと、言われなくても彼女の表情を見ればわかる。


「わたくし、貴女が生きてくれていただけでも感謝しないといけないわね……お姉様失格だわ……」


 そう告げる彼女は、とても弱々しかった。


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