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5.私の決意

 明日は約束の日だ。そう、シェリーが私を迎えに来ると約束の日なのだ。


 いつものように早起きした私はベッドから出るが早いか、大きく伸びをする。身体は縦に真っ直ぐ伸ばしているけれど、私の心は横に揺れていた。


 理由は単純だ。「双子忌み」の風習のせいだとはいえ、自分のことを見捨てたという両親のもとに行くことが怖いのだ。でも、彼らが私のずっと求めていた家族であることに変わりはない。


 つまり、今問題になっているのはシェリーの言ったこと──父母だという人物たちが私を待っているのか──が本当なのかという、その一点につきるのだ。

 もしそうなら、ずっと待ち望んでいたことが叶う。院長先生もそのことを知っているから、祝福してくれるに違いない。


 でも、それが嘘だったら? そう考えを思い巡らせながら歩いていると、いつの間にか私の身体は宙に浮いていた。


「!!! イェニー!!!」


 ヤンの声だ! そのことに気付いた時には、私は階段下の所で仰向けのヤンを押し倒していた。

 簡単にいえば、私は今ヤンの上に覆いかぶさっている。いつの間にか階段を降りてしまっていたらしい。


 それも、足を踏み外してしまうほどよそ事を考えながら、である。


「いてて……」

「ごめんね、ヤン。ところで、こんな早くにどうしたの?」

「最近毎日イェニーの様子がおかしいからな。いや、理由はわかっているけど……みんな心配しているんだぜ。あのイライザも」


 私たちは外に出る。今日も麦畑が綺麗だ。それにしても、院長先生だけでなく、ヤンにも心配をかけていたらしい。

 そして私が思っていたようにイライザにも。きっと他のみんなもそうなのだろう。

 ここは本当に心地よい所だと思う。みんなすごく優しい。


「オレ、イェニーがすっごく羨ましいんだ。迷っているイェニーにこんなことを言うのは、イェニーに悪いかもしれないけどさ……」

「どうしたのヤン? ヤンはお貴族様になりたいの?」

「お貴族様? お腹いっぱい食べられるのは嬉しいけどさ……いや、そうじゃなくて!」

「そうじゃなくて?」

「イェニーが院長先生から聞いているかはオレ、知らないんだけど。オレは隣の村から来たって話、知ってるよな?」


 その話は院長先生から聞いたことがある。私は頷いた。


「オレがなんでここに来たのかは?」

「ううん。それは知らない」

「オレの父さんと母さん、死んじゃったらしい」

「え?」

「とっても優しい父さんと母さんだったことは覚えてる。でも、なんで死んだかは分からないけどな」

「ああ……」


 色々と納得してしまった。時々、彼は私よりませている気がしたのだ。

 まだ十二歳だというのに。でも、孤児院というぐらいだ。ここはヤンのような子供が集まる場所なのだ。


 そう考えると、両親が健在である私は、本当ならここにいるべきではないのだろう。


「なんで死んだのかは知らないけどさ……でも、そのせいかな。イェニーをイェニーの父さんと母さんが迎えに来てくれるって聞いて、オレも迎えに来てもらえないかな、なんて考えてしまったんだ」

「早まっちゃダメ、ヤン!」

「いや、何があっても人間を殺すのはダメだって神様が言ってるのは知ってるぜ。でも、父さんと母さんが生きていたらなって……」


 山の頂上からお日様が出てくる。今日もいい日……のはずなのだけれど。


 私は何も言うことができなかった。今日の朝食当番はヤンだ。私はその後、いつもとは違って、孤児院から声が聞こえるまで、ゆっくりと日の光に照らされた麦畑を見つめていた。


 子供たちの元気な声と、こうばしい香りが私をいつもの食堂に呼び寄せる。

 ここでの食事はもう、今日の三食と明日の朝食、合わせて四食しかないのだ。だって、私は決めたから。


「ねえ院長先生、みんな。私、聞いてほしいことがあるの」


 いつもの席に座った私は、口を開く。すると、みんなの賑やかな声が止んだ。


 ヤンもイライザも私の都合を知っているのだ。他の子供たちだって知っていてもおかしくはない。両手を膝の上でぎゅっと握り、食堂のみんなに聞こえる程度に声を張った。


「私、決めたの。お父さんとお母さんの所に帰る」

「そうかい……それがあなたの答えなんだね?」

「うん。みんなと離れ離れになってしまうのは、寂しいけど……」


 途端に、イライザが泣き出してしまった。さっき私があげた声も今の彼女には敵わない。

 目頭が熱くなってきたなと思えば、私の顔の上を一筋の涙が伝っていった。


 せっかくの決意が揺らいでしまいそうで。私は弱音を吐かないように、コップの水を仰いだ。




☆☆☆☆☆




 水を飲んでから、どれくらい時が経っただろう。私にはわからない。しかし、気づいた時には私の心の中にあった弱音はどこかに行っていた。

 水と一緒にうまく飲み込めたようだ。目の前のイライザも落ち着きを取り戻しつつある。


「イライザ、みんな。ごめんね」

「いいよ、トクベツにゆるしてあげる」

「大丈夫だ、オレがみんなを守る」

「ヤン……」


 みんな私を応援してくれている。それだけでも、嬉しい。

 朝食を終えた私は、村の共同畑の様子を見たり、近くに山菜を取りに行ったりと普段通りに過ごした。そう、午前中までは。


 山菜をお土産に孤児院に戻ると、一台の馬車が停まっていた。旅商人のものかと思ったが、答えはすぐにわかった。


「おかえりなさい、イェニー」

「え!? シェリー、様?」


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