41.二人でダンスを
第一章最終話です(おまけ除く)。
本エピソードが2022年10月6日の大改稿で一番大きく変わったお話…のはずです。
あっという間にたくさんの人が左右に退いていく様子は圧巻だった。その場に残っていたのは国王陛下とフランツさん、そしてエリーゼ様の父君、宰相閣下であった。彼らがこちらに向かって歩いてくる間、皆様に見習って、わたくしも淑女の礼をとった。
「よい。皆の者、面を上げよ」
国王陛下がわたくしたちの目の前で立ち止まり、そう告げた。それに合わせてわたくしをはじめ、会場の皆は一斉に顔を上げた。彼の声はホール中に響き渡るほどに澄んだ声で聞き取りやすかった。
「皆、此度は曖昧な話で混乱させてすまなんだ。リチェット侯爵には話を伝えてあるのだが、彼女への身の危険の可能性があったがゆえ、話を濁すしかなかった。彼女と顔を合わせた者も最小限にとどめておいたから、婚約者が決まっていないと思わせてしまったかもしれない」
「陛下のお心遣い、感謝いたします」
その声の主は、お父様だった。先ほどの陛下の話を聞いた限りでは、お父様もわたくしを守ってくれていたらしい。そんなことにはまったく気がつかなかった。
「そして、これは連絡の行き違いで侯爵には伝えておらんですまなんだが……今度の劇は余興……双子の娘と結婚する気になった愚息がためのものだ。というわけで王家及びにスメイム公爵家は此度の婚約を認める。ここも勘違いさせたならすまなんだな。……というわけだ。それでは続きを楽しんでほしい」
陛下が手を高く掲げて、指を鳴らした。すると、それを合図に楽団が音楽を奏で始めた。わたくしでも踊れそうなほどゆったりとした曲調に、これからはダンスの時間なのだと思い出した。
それにしても、とエリーゼ様の方を見やると「してやったり」という顔だ。わたくしが陛下やスメイム公爵親子が去っていくのを見つめていると。
「イェニー」
そう呼ばれたわたくしは殿下の方を振り向いた。彼は少し緊張した面持ちをしている。こんなフレデリク様ははじめてだ。
先ほどの庭園での一件同様、フレデリク様は膝をついてわたくしに手を差し出した。
「フレデリク様……?」
「私と一曲目を踊ってはいただけないだろうか?」
「……!」
そうだった。一曲目は夫婦や恋人に宛てられたものだとセルマ夫人が言っていた。わたくしたちは国王陛下に認められた婚約者だ。この曲を踊らないわけにはいかないのだ。
──婚約者。そう思うと、わたくしの口からは自然と笑みがこぼれていた。
「はい。喜んで」
わたくしは淑女の礼をし、立ち上がった彼の手をとる。
そのままわたくしたちはホールの中央へと移動し、向かい合わせになって踊った。
フレデリク様のリードはとても上手で。普段練習の時はいち、に、さん、し、ご、ろく、と頭の中で数えながらでないと踊れなかったわたくしが、そんなことを気にせずに踊ることができたのだ。
たんにフレデリク様とほとんど密着している状態だということで頭がうまく働かないからというだけかもしれないけれど。
しかし、逆にあのわたくしがよそ事を考えながら踊れるくらいなのだから、フレデリク様のダンスは天下一品、国宝級だと言っても過言ではないのだろう。ドレスの重さも、今は全く気にならなかった。
「フレデリク様、ダンスがお上手ですね」
「いや、苦手だ」
「え? でもこんなに上手なのに」
「それはイェニーが相手だからだ。他の女性はみだらな目を向けてくるからな……イェニーはそういうのがないから、とてもやりやすい」
「それでは、練習はどうやって? エリーゼ様とですか?」
「なぜここでエリーゼが出てくるのだ? ……ヴィクトーに相手をしてもらっている」
「でも先ほどはあんなに親しそうに」
「イェニーだけだと言っただろう? エリーゼは妹みたいなものだ。そもそも、彼女には幼い頃から婚約者がいる。だから先ほどはハッタリだとわかったのだ……父上と宰相にはしてやられた」
目の前のフレデリク様は溜息をついた。彼も聞いていなかったらしい。
わたくしはその言葉に曖昧な笑顔を返すしかできなかった。
しかし、それはそれとして、女性パートを踊らされるヴィクトー様のことを思うと、大変そうだな、と同情してしまうのだ。ということは、彼は男性パートより女性パートの方が上手だったりするのかもしれない。などと思っていると。
「イェニー……ヴィクトーのことを考えているのか」
「えっ、ふぇっ?」
彼はクツクツと笑う。どうしてわかったのか。以前のように顔に出ていたのだろうか。たしかに、ちょうど今ヴィクトー様の話をしたところだ。しかし、それだけでばれるとは、普通は思わないだろう。今日のわたくしはフレデリク様に心を読まれてばかりだ。
「今はダンス中だ。私のことを考えてくれないか……? 別に、いつでも私のことを考えていてくれと言いたいわけではないのだ。だが、今だけは」
「フレデリク様のことを……無理です!」
「何故だ!?」
なぜ、と言われても答えはひとつしかない。
「その、フレデリク様のことを考えると他のことができなくなって……わたくしが踊れなくなってしまいますので……」
「……! そうか、無理を言ってすまなかった。では、せめて私の方を見ていてはくれないか? 他の誰かに当たらないように気をつけておくから……頼む」
「…………っ」
そもそも、フレデリク様のことを見ながらフレデリク様のことを考えないだなんて、できる人がいるのだろうか。少なくともわたくしには無理だ。
身体が火照ってきた。いつもの羞恥に加え、運動をしているせいもあってか、とても熱い。これはもう身体がもたないかもしれない。
「わ、わかりました……善処します」
「ああ。頼む」
そう告げるフレデリク様は眩しいほどの笑顔で。こんな顔で頼まれたら断れるわけがない。今言われたばかりなのに、わたくしは彼の顔を直視できなくなってしまった。わたくしは早速ぼやく。
「フレデリク様がいけないんですよ……わたくしがダンスに集中できないぐらいに、素敵な方なのが悪いんです……!」
「はあ……これでは私がイェニーを困らせているみたいではないか」
「はい。わたくしはフレデリク様がとても格好よくて、困っています」
そうなのだ。彼はとても格好いい。それこそ、他の誰よりも。そんな彼がわたくしのために笑顔を向けてくれていると思うと、何だか落ち着かない。
熱くなった身体がそろそろ音を上げるのではないかというちょうどその時、一曲目が終わった。
わたくしたちはホール中央のダンスフロアから出て、飲み物が置かれている一角に移動した。
お酒もあるが、こういった夜会では節度を守って楽しむため、またお酒に弱い方もいるため、などといった理由から、度数の低いものが出される。
ちなみに、わたくしは村のお祭りで間違ってお酒を口にして大変なことになって以来、飲んでいない。
というわけで、わたくしはアルコールの入っていない飲み物が置かれたコーナーから葡萄の炭酸飲料を手に取った。
フレデリク様はお酒を持ってきたらしい。向かい合って互いのグラスを傾ける。
「乾杯」
カン、と小さな音が鳴る。わたくしたちは飲み終えると、グラスを使用人に返して会話に興じた。
「本日はありがとうございました……その、フレデリク様がいなければわたくし」
「私もイェニーがいなくては死んでしまう。それにしても、互いに相手を求めていたとはな……私たちは似た者同士のようだ」
わたくしはこくりと頷いた。庭園のあの時、フレデリク様が来なければ本当にどうなっていたかわからない。いなかったらと思うとぞっとする。
それに、フレデリク様がどうして孤児院にやって来たのかとか、彼から見たわたくしの話だとか、色々と新鮮だった。もちろん、恥ずかしくはあったけれど。
「イェニーが私と会っていない間にあった話について聞かせてはくれないか?」
「わかりました。それはまた今度でいいですか?」
「勿論だ。我々は婚約者……なのだから。楽しみにしている」
そう告げる彼の顔はとても赤くて。もしかしたらお酒のせいだろうか。それでも、わたくしのことを意識してくれているようで嬉しい。
「大好きですよ。フレデリク様」
「ああ。私も大好きだ。イェニー」
彼はそう告げると、わたくしの手袋の上に、優しい接吻を落とす。わたくしたちはこの日、互いに片想いだと思っていた初恋の相手と、両想いの婚約者となったのだ。
第一章の本編はここまでです。
お読みくださりありがとうございました。感想、評価などいただけましたら嬉しいです。
次話はちょっとしたおまけです。




