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3.「双子忌み」

 そこで目が覚めた。外には私の好きな色が、つまり青空と収穫間際の麦畑が広がっている。


 いつもならとっくに目覚めている時間なのに起きられなかったのは、きっとあれだ。夢の内容が懐かしくて、ちょっぴり寂しかったから。

 そんなことを考えてはいるものの、寝坊したせいでいつもの朝のルーティンは崩れていた。私は急いで階段を降りる。


「イェニーおはよう。よく眠れたみたいだね。昨日は深刻な顔をしていたから、よく眠れたようで何よりだよ」

「きょうは、イェニーのかわりに、わたしがやいたの!」

「イライザ、オレが焼いたんだ! だいたい、イライザはまだ竃の番を一人で任されたことなんてないだろ?」


 いつも通りの食卓に、私は笑顔を取り戻した。しかしその刹那、再び昨日の出来事が思い起こされる。

 手元のパンをちぎっては食べ、ちぎっては食べ。そうしていれば寂しさなんて忘れられると思ったけれど、そんなことはなかった。


 そうこう考えているうちに、一日が終わった。今日はいつもと同じような一日を過ごしたはずなのに、昨日のことが頭から離れることはない。

 私はどうすればいいんだろう? そう考えながらベッドを整えていると、部屋の扉がノックされる。


「イェニー、あけて! 本よんで!」

「イライザ、こんな時間にどうしたの?」


 ドアを開けると、そこにはイライザが一冊の本を抱えていた。


「字のべんきょうをしているの!」

「寝なきゃだめでしょ? 院長先生に怒られるよ。遅くまで起きている悪い子は森の悪魔に連れて行かれるぞ~って」

「そんなの、うそだもん! だって、ヤンがいってたの。イェニーが小さいときに、夜おそくまでおきてても、つれていかれなかったんでしょ?」


 それは、あの夜のことではないだろうか。でも、そこを突かれると私としても少々痛い。

 期待に満ちた、くりくりした愛らしい目で私を見つめてくる彼女。私は早々に降参した。


「それで、どの本?」

「これ!」


 彼女が差し出してきた本は、この国では誰もが知る──それこそ、遅くまで起きている子供たちを叱る話のように──有名な物語だった。

 正直、このタイミングでこの本はないでしょ! と言いたい所だったけれど、なんとかその衝動をこらえた。


 「双子忌み」にまつわる昔話の本を持ってきているが、こんな小さな子供に配慮とか言ってもまだ早い。

 倍くらいの年齢の相手の考えなど、小さな子供が知るはずがない。これで彼女が寝てくれるなら……ということで、私はイライザにその本を読み聞かせることにした。


 その昔話のあらすじをかいつまんで説明すると、こうだ。

 昔々、ある所にひとりの村娘がいた。彼女が老人に親切にすると、その日の夜、村娘は夢の中でお告げをもらう。どんな困難があろうとも、あなたの未来はよいものだ、と。しかし数年後、村は山火事に焼かれてしまう。


 しかし、幸いにも生き残った彼女は、災害を受けた地域を見回りに来た王子様に拾われる。その後、彼女は王子と結婚する、という傍から見ればありえない物語だ。それも、山火事が起きた地域に王子本人が見回りに来るとか、実にシュールだ。


「おしまい。さあ、もう寝る時間……」

「イェニー、もっとよんでよ!」

「寝なきゃだめでしょ?」

「だってそのおはなし、つづきがあるでしょ?」


 ばれてた。そう、物語はここで終わらない。

 今の私の気持ちでは全部読むのもちょっと辛いのだ。それに、イライザが眠れるかどうかも心配になる話だ。

 というわけで、私はきりのいいページを読み終えた途端、そのまま本を閉じてしまったのだ。


「しょうがないなぁ……イライザ、この本だけだからね? いつもみたいに他の本も読んでというのはなしだよ」

「わかった」


 普段よりは聞き分けがいいので、私は心を無にして続きを読むことにした。

 めでたく結婚した二人の間には、双子の女の子が生まれる。彼女たちは大事に育てられたのだけれどある日、かつて村娘だった王子のお妃様は夢で再びお告げをもらうのだ。


 それは、どちらか一方の子を手放さなければ、ふたりとも死んでしまうというもので。

 彼女は不安になったものの、夫である王子に相談することもなかった。でも、双子は飢饉(ききん)の発生した年に食べ物が足りず、死んでしまうのだ。


 私はシェリー──私そっくりのお貴族様──に出会ってしまい、このお話みたいな結末を避けるために見捨てられたのではないか、という不安を覚えた。

 帰った所で私は望まれた子ではないのではないか。だから、冷たくあしらわれるのではないかって。


 院長先生は断ることもできると言っていたけれど、お貴族様の命令は絶対だ。無理やり連れて行かれて辛い日々を過ごすことになるのではないか、と思っている。


 そういったことを考えていくうちに、私はこの物語を思い返すことすら苦しくなったのだ。あの出来事からまだ二日と経っていないのに。


 村で仲良しの幼馴染はこのお話について「恋は始まりも終わりも一瞬」なんて的外れな気がするコメントをしてけれど……それはともかく。私はこのお話の双子みたいに死んでしまうのでは、と怖くなってしまったのだ。


 ……という本を私が読み終えると、イライザは「おやすみ」という言葉と共に素直に自分のベッドに入っていった。


 いつもこんな風に素直ならいいのに、という思いが浮かぶが、もしかして私のことを思ってこの物語の読み聞かせをねだったのだろうか。だとしたらませすぎな気がする。


 部屋に戻り、ランプの火を消すと真っ暗になる。ベッドに潜り込み、これまでのこと、これからのこと、お話のこと……色々なことを考えたけれど、いつの間にか考える気力も失せ、私の思考はまどろみの中に消えていった。



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