25.腕を引かれて
王宮に向かう当日。わたくしは改まった格好ではなく、孤児院から領都の邸に移動する時にも着たあのワンピースを纏っていた。
カジュアルな服装で来るようにとフレデリク様の手紙に書いてあったからだ。
以前行った時に見た様子を考えると、王宮なのにこんな衣装でいいのか、と思ってしまうのはしょうがないだろう。
最後に、お守りのペンダントをつける。装飾品としては地味だが、今着ているワンピースにはぴったりだ。それに、このペンダントはわたくしとフレデリク様を繋いでくれた、大事な子だ。
着替えさせてもらった後、わたくしは朝食の席についた。いつもとは違う服装をしたわたくしを見て、フアナお姉様は目を丸くした。
「イェニー!? あんた、どうしてそのようなはしたない服装をしているの!?」
「えっと、今日はこの服装で来るように言われて」
「どこに?」
「えっと、王宮です」
「王宮!? あんた、そんな格好で行ったらリチェット侯爵家が笑い者になると分かった上で言ってるの? ねえ?」
「フアナ、妹を苛めるのはやめなさい」
「でも……!」
「僕だって、家族や領地が大事だからね。本当にいけないことだったら、当然止めるよ。大丈夫、お父様を信じなさい」
「…………」
お父様が間に割って入ってくれたおかげか、お姉様は静かになった。彼女はそのまま席を立ち、何も言わず部屋を出て行ってしまった。
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朝食を終えたわたくしは一度部屋に戻った。ミアおすすめのロマンス小説を読み、予定まで時間をつぶす。
その後、馬車の準備ができたと使用人が告げに来たので、わたくしは玄関に向かった。そこには、予想外の人物が立っていた。
「フアナお姉様?」
「何よイェニー、わたくしがここにいて悪い?」
「いえ、そのようなことは」
お姉様は先ほど食堂で見た時と寸分違わぬ姿をしていた。派手なドレスに、濃い化粧という姿であるが、これはいつも通りだ。お姉様はボソッと何かを話した。
「……よ」
「え?」
「王宮に行くわよ。早く乗りなさい」
そう言うと、お姉様はわたくしの腕を引っ張り、そのままわたくしを馬車に乗せる。エスコートも何もあったものではない。
お姉様は女性だとか、そういう問題ではない。わたくしを座らせたかと思えば、そのまま馬車に乗り込んできた。もちろん、男性の手を取らずに、である。
後ろからわたくしたちの名を呼ぶ誰かの声があったが、お姉様はそれを気にも留めず御者に馬車を出発させるように呼び掛ける。直後、馬車が動きだした。
「ちょっと、もう少しスピードを上げなさい!」
「は、はい!」
街中だというのに、馬車の速度が段々と上がっていく。
「本当は馬で遠乗りに……何でもないわ。いえ、何でもないことはないわね。馬車が壊れたんですから」
「えっ?」
「わたくしが乗っていく予定の馬車が壊れたから、街中でわたくしたち一家を乗せて走っても大丈夫な馬車がこれしかないの! いい? そういうことよ? あんたのことを好きになったとか、婚約者が誰か気になるとかいうわけではないのよ?」
「はい、お姉様」
お姉様がそう言うのであれば、そうなのだろう。リチェット侯爵家にある馬車の数は知らない。
でも、少なくともシェリーが言っていた通り、お姉様はわたくしの婚約者が誰なのかは知らないのは事実のようだ。
まだ公式に発表があったわけでもないから、それは当然かもしれないけど。
お姉様が馬車を飛ばすように指示したためか、今日はいつもより早く王宮に到着した。
「それで、あんたはどの辺りで降りるの?」
「えっと、どの辺り……あそこ! 西棟の入口前でお願いします」
「何御者にそんな言葉使っているの?」
王宮の西棟の入口。そこには、二ヶ月ほど前と変わらない様子のフレデリク様がいた。
いや、服装だけはわたくし同様に、非常にラフな格好をしている。シャツの間から覗く身体は筋肉質で引き締まっているのが馬車の中からも見えて、とても色気を感じる。
彼の側にはお姉様の婚約者だというヴィクトー様も控えていた。こちらは以前見た時と同じ服装をしていた。
「! どういう、ことなの……?」
「お姉様、どうかしました?」
「そ、そう……あんたの婚約者って、王太子殿下なの?」
「そうですけど……」
途端に、お姉様は目に見えて不機嫌になった。
馬車が止まると、わたくしたちそれぞれの婚約者がいるちょうどその前で馬車を降ろしてもらう。
一瞬、フレデリク様の表情が歪んだ気がした。しかし、わたくしが次に見た時には満面の笑みをこちらに向けてくれていたので、きっと気のせいだろう。
「イェニー、会えて嬉しい」
「わたくしもです、殿下。でも、無理は」
「無理はしていない。いや、でも早く街に行きたいな。そうでないとイェニーと一緒にいる時間が短くなってしまう」
「……! そうですね。わたくしも早く行きたいです」
「フレデリク殿下~? イェニーの婚約者って、貴方でしたのね?」
「悪いか? 貴女の婚約者はここにいるだろう。二人仲睦まじく過ごすといい。我々は今日、街に行くことになっている。ではな」
そう言うと、フレデリク様はわたくしの腕を強く引っ張ってその場を離れていく。あわてて、わたくしは彼について行った。今日はよく腕を引っ張られる日だ。
「あの、フレデリク様」
「どうした?」
「腕が痛いです……」
「……!」
すまない、そう言って殿下はわたくしの腕を放してくれた。本当にすまなさそうな顔をしていたので、気にしなくても大丈夫だと伝える。
そのまま歩いていくと、わたくしたちはどうやら、小さな森のような場所に向かっているらしいことがわかった。




